九月九日
「何だと……じゃあ、その三日月村事件に関する報道は嘘なのか?」
携帯電話に向かい、尋ねる吉良徳郁。すると、とぼけた声が返ってきた。
(ああ、そいつは間違いないよ。実際の話、あの事件だけは未だにあちこちで語り継がれてる。色んな噂が流れてるが……どれもみんなデマさ。ただ一つ断言できるのは、死刑になった市松勇次が真犯人じゃねえってことだけさ。これだけは間違いない)
電話越しにではあるが、自信満々に言う成宮亮。
徳郁は首を傾げた。その三日月村事件と、サン……いったい何の関係があると言うのだろう。
昨日、現れた奇妙な男。
その男はこう言った……サンの正体を知りたければ、旧三日月村の跡地に行けと。何かわかるかもしれない、とも言っていた。
そこで、徳郁にとって唯一の友人である亮に話を聞いたのだが……今一つ要領を得ない。そもそも、三日月村事件とサンに、いったい何の関係があるのか。まさか、サンが事件の真犯人だとでも言いたいのだろうか……。
だが、事件当時のサンはせいぜい五歳か六歳だ。幼児が、百人を超す人間を皆殺しにする……いくらなんでも、それは有り得ない。
では、サンと三日月村にどんな関係があったと言うのだろう?
「きら……どうしたの……だいじょうぶ……」
考え込んでいる徳郁の耳に、サンの声が聞こえてきた。顔を上げると、サンがこちらを見ている。彼女なりに心配してくれているようだ。
「ああ、大丈夫だよ」
そう言って、微笑む徳郁。その時、ふと思い付いた事があった。
「サン、一緒に外を歩かないか?」
徳郁の言葉に、サンは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そと……あるく……きらと……いっしょ……そと……あるく……」
サンと一緒に、林の中を歩く徳郁。後ろからは、クロベエとシロスケが付いて来ている。まるで、サンの忠実なる付き人のようだ……。
徳郁は不思議に思った。シロスケはともかく、クロベエは人に付いて歩くようなタイプではないはず。なのに今、とことこ歩いて来るのだ。
サンには不思議な力がある。クロベエとシロスケは、完全に懐いてしまった。古い付き合いであるはずの自分に対するよりも、ずっと忠誠心を持っている。
その時、サンが手を握ってきた。徳郁はドキリとしたが、サンはこちらの心境などお構い無しだ。ニコニコしながら手を握ってくる……その瞳には、自分への純粋な親愛の情があった。
徳郁の頬が紅潮する。耳まで赤く染まるのを感じながらも、彼はサンの手を握り返した。
「きら……やさしい……から……だいすき……」
たどたどしい口調で、語りかけてくるサン。徳郁はうろたえながらも、言葉を返す。
「あ、ああ……俺も好きだよ」
やがて二人と二匹は、河原にやって来た。シロスケは大はしゃぎで、川の周辺を走り回る。さらに今では川の中に入り、じゃぶじゃぶと泳いでいるのだ……。
一方、クロベエはサンの足元にいる。尻を地面に着け、お行儀よく前足を揃えた姿勢だ。尻尾を緩やかに動かしながら、サンの顔をじっと見ていた。
そしてサンは、ニコニコしながら周りを見回している。
「サン、楽しいか?」
徳郁が尋ねると、サンは嬉しそうに頷いた。
「うん……たのしい……みんな……すき……いっしょに……いる……たのしい……」
サンの操る言葉はたどたどしいが、それでも上手くなってきている。一日ずっとテレビを観て、そこから学習しているらしい。
ふと、徳郁の頭に疑問が生じた。サンは様々なことを知っている。風呂やトイレの使い方やテレビの電源を入れる方法など……それらの知識は、何者が教えたのだろうか。
さらに、その何者かはサンに言葉を教えなかったらしい。いったい何故、そんな偏った教育をしただろうか……。
その時、シロスケが川から上がって来た。ブルブルと体を震わせ、水滴を弾き飛ばす。
そして……わんわん吠えながら、濡れた体でサンにじゃれついて行った。
すると、クロベエが威嚇の唸り声を上げ、シロスケに前足の一撃を食らわす。
一瞬にして、その場の空気が変わった……睨みながら、威嚇の唸り声を上げるクロベエ。シロスケも鼻に皺を寄せて牙を剥き出しながら、クロベエを威嚇している。しかし――
「くろべえ……しろすけ……けんか……だめ……なかよく……するの……」
サンが言葉を発したとたんに、二匹の態度は変化した。その場に伏せ、大人しくなる。
徳郁は思わず苦笑した。
「サン……お前は、本当に凄いな」
二人と二匹は、河原に腰掛けた。クロベエとシロスケは、先ほどのいさかいが嘘のように大人しく伏せている。クロベエは喉をごろごろ鳴らし、シロスケは地面に顎を付けている。
そして、サンは川を見ながらニコニコしている。時おり手を伸ばし、クロベエとシロスケを撫でていた。
そんな一人と二匹を見ながら、徳郁はじっと考えていた。
このままずっと、サンやクロベエやシロスケたちと一緒に暮らしていたい。
もし願いが叶うなら……誰にも邪魔されることなく、静かに生活していたい。
・・・
魔歩呂市の繁華街……岸田真治と仲間たちはいつの間にか、十人ほどの男たちに取り囲まれていた。
面倒くさそうな表情で、周りを見回す真治。服装や髪型などはまちまちであるが……全員、どう見ても堅気ではない。しかも、何やら殺気立っている様子だ。ギラついた目で、真治たちを見ている。
「お前ら何なんだよ! 俺たちに魔歩呂市のガイドでも頼もうってのか! 団体さんよぉ!」
喚いたのは黄原大助だ。彼は身長は百七十センチほどだが、体重は百十キロある。しかも、その体は筋肉質だ。単純な腕力だけの勝負なら、プロレスラーとでも互角に闘える男である。その上、この中でもっとも頭が悪い。魔歩呂市内でも、トップクラスの知能の低さであろう……今も状況をろくに把握していないまま、ただ暴れだそうとしているのだ。
相手方は真治たちを取り囲んではいるものの、動こうという気配がない。ただ、ここに足止めをしようという意図が感じられる。
一方、立花薫は落ち着いた表情で、ゆっくりと相手を見回している。青山浩一と桃井亜紀の二人は、ポケットに手を入れたまま立っていた。何かあったら、すぐに動く構えだ。
その時――
「なあ、お前ら……そんなに熱くなるなよ。話し合いにきたんだろうが……」
低くドスの利いた声と共に、前に出て来た男……その姿を見るなり、立花の表情が一変した。
「お前、桑原じゃねえか……何しに来た」
「久しぶりだなあ、立花。相変わらず、でかい図体してるねえ」
桑原と呼ばれた男は、笑みを浮かべながら言葉を返す。奇妙な男だった……アクセサリーの類いは一切身に付けておらず、スーツも安物だ。髪型は七三、安そうな眼鏡をかけている。どう見ても、普通のサラリーマンにしか見えない。
しかし――
「おやおや、あなたが桑原徳馬さんですか。お噂はかねがね聞いてますよ。お会い出来て光栄です」
言いながら、大げさな仕草で頭を下げる真治。だが、他の四人はじっと睨み付けている。黄原などは、今にも襲いかかって行きそうな雰囲気だ。
桑原徳馬は、桑原興行の代表取締役である。かつては、広域暴力団である銀星会の幹部を務めていた。だが、冷酷かつ残忍な仕事ぶりか多くの敵を作り……やがて自身の経営する闇カジノの売上金が奪われたのが引き金となり、銀星会を破門された。
その後、桑原興行を立ち上げたが……手段を選ばぬやり方で、瞬く間にのし上がっていった。今や、あちこちの組織が一目置くような存在になっている。
「なあ、岸田さん……あんたと、ちょっと話がしたいんだよ。士想会の山田と橋本ってのを知ってるよな?」
「山田と橋本……誰でしたかね?」
首を傾げる真治……すると、立花が口を挟む。
「先日、うちの事務所に来た二人です。山田さんは、長髪で髭を蓄えた人ですよ……お忘れですか?」
「ああ、思い出したよ……あのセンスというものを、爪の垢ほども持ち合わせていなかった人だね。名前は忘れても、あの致命的とも言える外見は忘れないな。日本人男性は、基本的に長髪の似合う顔の持ち主が少ないんだよな――」
「そんな話は聞いてねえんだよ、岸田さん。あんたのファッション論なんざ、俺には関係ねえんだ。いいか……その山田と橋本が今、行方不明なんだよ。ここにいる士想会の若い連中は殺気立ってるぜ……どういう事か、説明した方がいいんじゃねえのかい」
低い声で凄む桑原。その表情には、一切の変化がない。にもかかわらず、彼を取り巻く空気が一瞬にして変わる。さらに、後ろからまた別の男たちが進み出てきた。小山のような体格の巨漢とサラリーマン風の中肉中背の男、そして小柄で細身の男の三人だ。
すると、立花の顔つきも変わる。音もなく近づき、真治の横に立つ。
一方、真治は髪の毛が逆立つような感覚に襲われていた。桑原徳馬……こいつは、紛れもなく本物だ。いざとなれば、命を捨て凶気に身を委ねられる男。こういう男は本来、上に立つようなタイプではないはずなのだが……。
そして真治は、立花と出会った時の事を思い出していた。あの時も、今のような奇妙な感覚に襲われたのだ……髪が逆立つような感覚に。真治はすぐに立花に声をかけ、スカウトしたのだ。
その後、紆余曲折あったものの、今では真治の片腕となっている。
「桑原、山田と橋本はすぐに帰って行ったぜ。そいつらが今、行方不明なのは……真治さんには、全く関係ねえよ」
静かな口調で語る立花。すると、後ろに控えている巨漢の表情が変わる。
「桑原さん、だろうが! さんを付けろ! この野郎が!」
怒鳴り、前に進み出る巨漢……身長は立花と同じくらいだが、横幅はさらに大きい。凄まじい形相で、立花を睨み付ける。
だが……立花は冷めた表情で、その視線を受け止めている。巨漢に対し、怯む気配がまるで無い。
ふと、真治の頭に妙な考えが浮かぶ。この二人の素手喧嘩を見てみたい、という……だが、冷静な声が聞こえてきた。
「板尾、やめとけ……そいつは立花薫って名の、俺の幼なじみだ。俺と同じ施設で育ったんだがな……小学生の時に、地元の中学生三人を金属バットで殴り殺したんだよ。キレたら怖いぜ……」
そう言って、桑原はニヤリと笑う。
「岸田さん、そこの立花に免じて……俺は引き上げるよ。もともと、士想会とあんたらの揉め事に首を突っ込む気はない。今日は立花の顔を見に来ただけさ。だがな、一つ忠告しておく……士想会の連中は、完全にキレちまってる。近いうちに幹部クラスの人間が、この魔歩呂市に乗り込んでくるらしいぜ。手打ちの方法を、今のうちに考えとくんだな」
・・・
そのニュースを観た瞬間、高田浩介は衝撃のあまりスマホを落としてしまっていた……。
昨日、会って話をした山田謙一と橋本伸介……その二人が、交通事故で亡くなったらしいのだ。ニュースによると……車を走らせていた時、カーブを曲がる時にハンドルを切り損ねて大木に激突してしまったらしい。二人とも即死とのことである。
しかし……浩介はその報道を、額面の通りには受け取ることは出来なかった。何せ先日、山田はこんな事を言っていたのだから。
「近いうちに、この魔歩呂市には血の雨が降ることになると思います」
どうやら山田は……いや士想会は、何かトラブルの種を抱えていたらしい。この、魔歩呂市にいる何者かと。
確か……魔歩呂の狂犬、岸田真治と言っていた。
その瞬間、浩介はスマホを拾い上げる。
(いったい、何なんですかね……私はね、あなたの友だちでも何でもないんですよ)
スマホ越しに聞こえる刑事の松戸の声は、かなり不快そうであった。しかし、浩介は話を続ける。
「実は昨日、山田謙一と話をしたんですよ……その時に、岸田真治という人と何かあると言ってました」
(知ってます)
「えっ……」
松戸の声は、あまりにも冷たい。浩介は思わずたじろいだ。
(いいですか……ここは、ちょっと特殊な場所なんですよ。あなたも、昔ヤクザだったなら知っているでしょう。この魔歩呂市は、神居の一族が支配しています……私ら地元の警察ですら、あの一族には逆らえないんですよ。私の言っている事、分かりますよね……私が何を言わんとしているのか)
「じゃあ、あの二人はひょっとして……」
(私の口からは、これ以上は言えません。そんな事より、早いうちにここを離れるんですね。でないと、あなたも二人のようになりますよ)
浩介は、じっと考えていた。
昨日、山田と再会し言葉を交わした。あの時、自分は何も感じなかった。山田たちに死の危険が迫っていたにもかかわらず、自分は止められなかったのだ。ひょっとしたら、山田たちに忍び寄る死の気配に気付き、二人の命を救えたかもしれないのに。
目の前で、バタバタと人が死んでいく。さらには、怪しげな男たちが徘徊しているのだ……そんな中、自分はただ見ている事しか出来ない。
自分はいったい、何をしに来たのだろうか。
「浩ちゃん、もういいんじゃない……やれるだけの事はやったよ」
不意に、希美の声が聞こえてきた。浩介はそちらを向く。
「そうだな……もう、私の手には負えないのかもしれない」
思わず、浩介の口をついて出た言葉。そう、今回の件は今までとは違う。正直、彼にはどうすることも出来ないのだ。
こんな事は、以前にも一度だけあった。虐待されている少女の命を救うため、若い夫婦の元を訪れた。しかし、夫婦は聞く耳を持たなかったのだ。それどころか、話をつけに行った浩介を殴り倒し、二度と来るなと怒鳴りつけた。
その二日後、少女は遺体となって発見される。
犯人は、近所に住む中年男であった。少女は以前から、家に帰りたくないがためにあちこちに寄り道をする癖があり、犯人に目を付けられていたのである。
人ひとりの力など、本当に微々たるものなのだ。
そして……人ひとりの命もまた、いとも簡単に喪われてしまう。まるで、神がいたずら心で引き起こしたような出来事で、人は簡単に死んでいく。
浩介はこれまで、人の生死を数多く見てきた。生死を分けるもの……それは最終的には運だ。ほんの僅かな違いで、助かることもある。逆に、どんなに気をつけていようが……お構い無しに死が訪れたケースも見てきた。
たかが一人の人間に出来る事など、本当に小さなものなのだ。あるいは、その「小さなもの」でさえ、死神の手のひらで踊らされているだけなのかもしれない……。
「希美、まひる……私はね、自分が無力であると思いたくなかった。だから、この仕事を続けてきた。しかしね、よく分かったよ……私は無力なんだ」
「そんな事ない……浩ちゃんは、やれるだけの事はやったよ」
希美の優しい言葉。だが、浩介は首を振った。
「いや……助けられないのなら、何の意味もない。私はここで、あまりにも多くの死人を見た。さらには、助けられたかもしれない人と出会っていながら……その人の死を止められなかった。私は無力だよ。もう帰るよ」
そこで浩介は言葉を止めた。
そして、周辺を見回す。
「希美、君の言う通りだった。ここは、魑魅魍魎が蠢く魔界のような場所だ。私はもう、こんな所には居たくないんだよ……」
・・・
「ペドロさん……次は何をするんだ?」
車を走らせながら、尋ねる天田士郎。その言葉に、ペドロは肩をすくめる。
「彼女の居場所は、だいたい見当が付いている。しかし、今はまだ早い」
「早いって……それは、どういうことだよ?」
訝しげな表情を浮かべる士郎。
「言葉の通りさ。今はまだ、屠殺の時期ではない。家畜は肥らせてから肉にする……そう言う事さ」
ペドロの口調は淡々としている。この男には、感情の起伏というものが無い。さらに表情の変化も乏しく、何を考えているのか全く読み取れない。
いや、そもそも理解など出来ないのだろう……。
士郎はこれまで、裏の世界で様々な人間を見てきた。平気で他人を利用し、用が無くなれば始末する仕事師。さらには、その始末する人間の死体すら金に変えるヤクザ。奇怪な妄想に取り憑かれ、毎日のように廃墟をうろうろしていた狂人もいたのだ。
そんな士郎から見ても、ペドロのようなタイプの人間は、これまで見たことがない。士郎は改めて、世の中の広さを感じた。このような怪物が存在するとは、想像もしていなかった。
「それより……昨日のあれだが、どういう事なんだよ?」
士郎は静かな口調で切り出した。
「昨日のあれ、というと……二人のヤクザを殺した事だね。仕方ないのさ」
ペドロの口調も淡々としている。士郎は軽い苛立ちを感じた。
「仕方ない、か……俺には訳が分からねえよ。あんたは突然、二人のヤクザを殺した。だが不思議な事に、今日になって、そいつらは事故死と報道されているらしい。あんたの指示には従うがね、少しは事情を説明してくれてもいいんじゃねえのか」
「そうか……いいだろう。村田春樹が、旧三日月村の跡地から何者かを逃がしたのは教えたね。その何者かは今、魔歩呂市のどこかに潜伏している。俺には大体、予想がついているがね……彼女はまだ、言わば幼虫の状態だ。幼虫でも、素手で人間の首をへし折るくらいの殺傷能力はあるがね」
ペドロは笑みを浮かべながら、静かな口調で語る。
士郎は、じっとペドロの顔を見つめた。嘘をついているようには見えない。正直、信じられない話ではある。
「その彼女ってのは……放っておいたらどうなるんだ?」
士郎の問いに、ペドロは首を振った。
「わからない」
「わからない? どういう事だ?」
「俺も見たことがないんでね。ただ、極めて奇怪な形状へと変化するらしい。成虫、とでも呼ぶべき存在にね。実に興味深い話だよ。俺も一度は見てみたいものだ」
ペドロの表情が、微かに変化した。感情らしきものが、その顔に見え隠れしている……士郎は黙ったまま、話を聞いていた。
「はっきり言ってしまうと……俺を雇った人間は、彼女が成虫になった状態のものを見たいらしいんだ。死体となっていても構わない、とにかく成虫の状態を……という要望でね。しかし、彼女を元の場所に連れ戻したいと思う者たちもいるんだよ。彼女が成虫に変わる前に連れ戻す……それが彼らの目的さ。俺とは、完全に利害が対立している訳だよ。だから、奴らの捜索を撹乱させなくてはならないんだ」
「だから、あの二人の首をへし折ったのか……」
士郎の言葉に、ペドロは頷いた。
「そうさ。俺は、彼女が成虫になるまで待たなくてはならない。しかし、この魔歩呂市を支配する者は、彼女をさっさと連れ戻したい……我々は今、非常に厄介な立場にいるんだよ。君が協力してくれて、本当に助かる。首尾よく成虫になった彼女を引き渡せば、君にもそれなりの額を支払えるはずだ」
「成虫、かよ……」
思わず苦笑する士郎。もはや、自分の理解を完全に超えている。ペドロの存在自体が、ホラー映画に登場する超人的な殺人鬼そのものなのだ。
なのに、その口から成虫ときた。さらには、魔歩呂市を支配する連中までもが絡んでくるとは……。
「という訳でだ、士郎くん……俺たちはしばらくの間、奴らの妨害をする。そして、彼女が幼虫から成虫へと成長するのを待つんだ。いいね」
ペドロの言葉に対し、士郎は頷くことしか出来なかった。今まで、様々なものを見てきた士郎……だが今回の件は、自分の理解の斜め上を行っている。
「わかったよ。その成虫とやらを引き渡せば、あんたは日本から出て行ってくれるんだよな……それなら手伝うよ……」
そこまで言った時、士郎はある事に気づいた。
「なあ、その成虫とやらはどんな奴なんだ?」
「まだ未確認の情報なんだが……三日月村の村人を全滅させたのが、その成虫らしいんだよ」
ペドロの答えを聞き、士郎の眉間に皺が寄る。
「おいおい……そんな化け物を、俺とあんただけで仕留められるのかよ?」
「さあ、どうだろうね。まあ、やれるだけやってみようじゃないか」
ペドロの口調は、あくまでも平静であった……。




