0,プロローグ
金に困った親が、労働力にならない子を売るのは良くあることだ。
特にライン大陸の中でも、ここコレーイ共和国では最もだった。
経済が立ち行かなく貧しい国。
そんな国で身寄りのない娼婦や襲われた女が孕み、為す術もなく産む。
生きていくのに必死な中、望みもしない子。
残酷な重荷を背負った彼女らが取る行動は大体決まって人身売買であった。
口減らしと生活に必要な金が同時に手に入るのだ。
そこに慈悲というのは存在しない。
買い手は労働を目的とした平民や戦力を目的とした国、はたまた性を目的とした貴族と様々である。
無論買い取られた子は奴隷扱いであり、人権など存在しない。
例え何をされようが、犯罪にはならないのである。
「さあ来なさい」
「や、やめて!」
今にも崩れそうにひびが入っている家で、一人の黒ずくめの男が女の腕を無理やり掴む。
娘は必死に抵抗するも虚しく両手を後ろに縛られてしまう。
それを見る母は、目の前で行われていることに目をそらし続ける。
原因が自分であるというにも関わらず。
「こ、これで本当にお金貰えるんでしょうね!?」
「ほら。受け取れ」
男が茶色い袋に入った大量の金を母に投げ渡すと、掴みそこなった中身がバラバラと床に飛び散る。
散乱した金を拾う母には目の前の金以外何も見えていなかった。
なぜ私がこんな目に、と娘の頭の中がぐるぐると回る。
目の前で行われているやり取りを理解できない。
17という歳まで一緒に生きてきて今更売りに出すなんてなにかの間違いだろうと信じたかった。
だが、今目にしている母は彼女が知っている母ではなかった。その姿はまるで金に飢える野獣だ。
(結局私に居場所なんてなかったんだ……)
助けて―と叫びそうになる思いを必死に堪える。
今まで買われていった子が皆目の前で助けを乞い、最後の最後で親に罵倒されて連れて行かれるのを目にしてきた。
そんな辛い思いは絶対にしたくないと理性で抑える。
口癖のように大丈夫と笑顔で言っていた母は幻影だったことを思い知った。
今までの努力は何だったのか。
たった一人の身内である母のためにと頑張り張り詰めていた気が緩むと、不意に眠気のような感覚が襲ってくる。
(そういえばもう何日もまともに寝てなかったっけ……もう頑張らなくてもいいよね?)
もう自分が目覚めることがないように祈りながら、その場で薄れていく意識を手放した。
「四番、覚醒しました」
目を覚ますと、眩しい無影灯の光が脳を刺激する。
無機質な部屋で、白い服で全身を覆っている者達が見下ろしている。
女はどういう訳か体が動かない中、目だけでその範囲を見渡した。
その体には数本の管が繋がれており、その先には複雑な機械に繋がれている。
腕や足は大の字に動けないようにしっかりと固定されており、口枷で声を上げることができない。
「では早速実験を開始する」
手にはそれぞれ気味の悪い色の液体が入った注射器やよく分からない器具が握られている。
(まさか……痛い痛い痛いイタイイタイイタイ!)
機械のレバーを上に少し上げると、熱くなるのを感じる。
それに加えて注射をされると、体全体がひどく痺れ出す。
なんとか痛みを紛らわそうと体を動かそうとするも、完全に固定された台はビクともしない。
「もう少し出力を上げて」
男の声が、別のもうひとりに指示を出すと、更に機械のレバーを上に上げる。
全身が燃えるように暑い。全身が溶けているようだ。
痛みで気絶していないのが不思議である。
外に漏れない声で必死にごめんなさいと謝り続けるが、待っているのは容赦のない繰り返される行為。
「そろそろ限界が近いようです」
「いや、まだだ。出力を10%上昇だ。こいつを試してみる」
彼らは彼女の漏れる声に聞く耳を持たずに新しい液体を取り出す。
機械のレバーのようなものを上げると、時間をかけながらゆっくりと注射を繰り返していった。
唯一動かせる目で必死に訴えるも、気にかける様子はまるでない。
こんなことならいっそのこと死んで楽になりたいと願うも、それすら叶う事はなかった。
「ふむ……まだ耐えるか。出力全開だ」
「ですが―」
「悪魔の血をあれほど投与したんだ。もう使い物にはならん。これはもう生贄だ」
自分が具体的に何をされているのか分からない状況の中、少なくとも更に苦痛を味わうということだけは理解できた。
何かが入ってくる。
全身が溶けていくような痛み。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
自分ではない自分へと変わろうとする何かに必死に抵抗し続けるも、次第に体力が失われていく。
「素晴らしい…!ここまで来てまだ息がある、それどころか意識がある!」
「数日様子を見る必要はあるがおそらくな。隷属の首輪をつけて牢に入れておけ!」
徐々に引いていく痛みの中、首に何かが付けられる感触がする。
拘束具を外されると、やっと解放されるのかという安堵は直ぐに裏切られ、千鳥足の状態で無理やり立たされる。
恐怖で抵抗する意思は完全に消えていた。
「大人しく付いて来い!」
あんな辛い思いをするくらいなら素直に従ったほうがいいと朦朧とする意識の中思う。死ぬことも許されない死以上の恐ろしい体験。
そのまま後ろを歩いていくと、地下牢のような場所にたどり着く。
それぞれ白く分厚い壁で区切られている個々の牢に入っている自分と同じような格好がした者を通りざまにちらりと横目で見る。
ニヤニヤと不気味に笑い続ける者、ブツブツと独り言を言い続ける者、ごめんなさいとひたすら謝り続ける者。皆同じ状況なのだと簡単に想像がつく。
「いいか?お前はただの実験体だ!少しでも逆らおうとしたらどうなるか分かるよな……?」
「……は、はいっ」
「ふっ、それでいい。今日からお前の名前は四番だ。覚えておけ」
失いそうになる意識が、その言葉で一気に覚醒する。
私の名前はそんなんじゃないと否定したくなるも、もはや何もない自分の名前などどうでもよかった。
そして改めて実感する。
私の地獄はここから始まるのだと。