《俺》1
………無口。寡黙。
俺を形容するならこの言葉は必須、だったらしい。
…200年前。その国は戦争中だった。
物心ついた時には俺は既に道路で寒さに凍えながら、明日死ぬか、今日死ぬか。それとも生き残れるか。
そんな極限状態で生きていた。
『寒い。誰か助けて欲しい。』
…それをいったところで、どうなる。
誰も、聞いていないのに。
俺は、生きていくために金を持ってそうなやつを襲うようになった。
もちろん、簡単なことじゃあない。だからこそ1人でできない頃は他人にも協力を仰いだ。
襲われたやつにだって生活はある。
きっと、家族もいるのだろう。
それに、痛みだって感じる。殴られて痛くない訳がない。
それで良心が痛む。
俺は元々、典型的なお人よしで感情が表に出やすい性格だったらしい。だから抑えこめばそれだけ辛い。
『…でも抑えなきゃ生きられないじゃないか。』
その時の俺は、生きるために生きていた。
俺に、…正確には俺の身体能力に興味を持ったらしい軍人。
そいつにあって、俺の生活は全てひっくり返った。
尊敬できる上司。共に頑張っていける仲間達。
訓練は確かにそれなりにはキツかったが、必死こいてついて行った。
それでも、なにも抑え込む必要が無いことに喜びすら感じていた。
ここなら、生きていけると思えた。
だけど、現実は甘くなかった。
俺のいた国は圧倒的に劣勢であったがゆえに、訓練場にまで敵兵は攻め込んで来た。
その時、今まで俺が生きて来た世界はあまかったんだと…はっきりとわかった。
目の前にある、真っ赤な何かから。
元人間から。仲間だった何かから。
……助けてくれ!!!
…まだ、まだ死にたくない!!!
はっきりと伝わってくる。
俺は信頼していた先輩にすがりついた。
『家族がいるんだ』
『俺は強くならなきゃいけないんだ』
『家族が待ってるんだ』
そう語っていたそいつが、何を思っていたのかその時の俺は分からなかった。
だから、
そいつが利き手を負傷した俺を見捨てて逃げた時は。
そのまましばらく動けなかった。
実際動かなかったのは一瞬だっただろうが。俺は何年も経ったようにも感じた。
そして、あり得ない程の怒りが湧いて来た。俺を見捨てるなんて、許せないって。
そして俺も、必死こいて逃げた。
まだ、まだ、傷つけることはできても、殺す勇気なんてなかった。
…また、そいつに会うまでは。
逃げた先。森だった。
たくさんの敵。取り囲まれた中央にいるそいつ。
あぁ…
敵は目の前だ。
邪魔だな。俺がそいつを殺せないじゃないか。
邪魔だ。邪魔だ。
取り囲むそいつらを、次々と刺す、切る、薙ぎ払う。
取り囲んでいたそいつらが全員いなくなってから、目の前にいる元先輩が、恐れと安心がこもったような目を向け、ありがとう、と、いった。
笑顔で。
気づいたら、俺の手には誰のものだか分からない血や脂がついたナイフを握りしめ、膝をついてうずくまっていた。
目の前には、なんだか分からない肉片が散らばっていただけだった。
そして、よくみるとその中にはそいつの認識票があった。
それを眺め、ポケットに入れる。
しばらくして、立ち上がる。
『……これから、どうしようか』
ぼんやり考えながらでこぼこ道を歩いていると。
前方に、フードを被った人が見える。
敵か、味方か。
それが気になった俺は、声を張り上げた。
『待て』
と言うとそいつは、ビクリと立ち止まった。
そいつにゆっくり近付く。
随分とボロボロのフードを被っていた。
泣いているのか、雫がぽたぽたその間から流れ落ちていく。
キラキラと光るそれは、俺の手を伝い落ちて、足元へ吸い込まれて行く。
俺は何を思っていたのだろう。
相手次第では殺されていただろうに。
俺は、血や脂がついた手のまま、左手でそいつのフードを取っていた。
フードが取れ、はっきり顔が見えた。
それは、綺麗な碧色の瞳を持った癖っ毛の少年だった。
それが、俺と、ジミーの出会いだった。
最初の印象は、弱そうなやつだなあ、といった具合だった。
それから、ぶるぶるとふるえているそいつに、
『…お前の敵じゃない。いきたいならついてこい。』とだけ言って、ポケットから真っ赤に染まった認識票を取り出し、そいつの手に持たせた。
なんで助けたんだろう。と、我ながらとても疑問ではあったけど、それをその時気にする余裕もなかった。
その時はただ、この金髪の少年をいかにして守るかで必死だった。
なんとか、味方の基地にたどり着いたとき、
『………あの、助けてくれてありがとうございます。僕はジミーです…』
小声でいった彼を、彼の声を。
……何百年経っても。今でも覚えている。
しばらくは、俺も話せるような状態でもなかったが、そいつがかなり頻繁に話しかけてくるうちに、少しずつ話せるようになっていった。
その度にだんだんなついてくれているのがはっきりわかった。
…基地の近くにある草原。そこは綺麗でかつ、誰もなかなか近寄らない場所。
なんで誰も近寄らなかったかなんて、その時の俺でもわかった。
……かつて俺の仲間が死んだ戦場だったから。
足下の雑草をちぎりながら、俺は何と無くジミーの方を見る。
『僕の名前…覚えてる?』
『…ジミー…だったっけ?』
『…あっ覚えてくれてたんだ』
『………まあ』
『そっかぁ』
へにゃっ、と笑ってみせたそいつが、なんだか…
『…綺麗だな』
『え?』
『や。お前。なんか笑ったの綺麗だったなぁって。』
そういうとちょっと赤くなるジミー。
コロコロと変わる表情を見る度、落ち着くのを感じる。
あぁ、こいつといると楽しいなあと、戦場に来てから初めて思った。
『あ、そうだ…!ねえ、君の名前、まだ僕聞いてないよね』
『…俺か。俺の名前は、…知らない。』
『…名前、無いの?』
『……多分。覚えてない…。だからずっと、新聞で見た名前で切り抜けてた』
『えっと…うーん…じゃあ、ジャックとか…どうかな』
木の棒で流暢な字で『Jack』と書かれていく。
『…じゃっく?』
『うん。ジャック。カッコイイと思うよ!』
『……そうか。……お前がそう思うなら。』
『!』
『…いいと思う。ジャック』
そういうと、とても驚いたような顔をした後、…ジミーの表情が緩んで…
『……君、やっと笑ってくれた』
それから、一週間も経たない内にジミーにとっては初めての肉弾戦が始まった。
『ひぃぃぃいい…』というジミーの声が聞こえる。
銃声でかき消される筈の声がはっきり聞こえた。
なんでそんなにでかい声を出したのか。
自分とジミーの周りにいる奴らを刺しながら、切り払いながら考える。
…そうするとすぐに答えは出た。
…そういや一般人だもんな。訓練もうけてないわけだし。
こええか…。当たり前か。
そういう結論に至った俺は、ジミーの腕を引いて、周りにいる邪魔な奴らを薙ぎ払い、その場から近い森に行き着いた。
…正直森はいい思い出はない。
早く早く離れたいと、あせっていたのだろうか。
俺は後ろで『うわっ』と声が聞こえるまで、走り続けていた。
後ろを振り返ると、ジミーが頭から転んだのか泥がついた顔をこすりながら、ゆっくり立ち上がろうとする…
が、相当疲れたのか、うまく立ち上がれないようだった。
『…すまん。急ぎ過ぎた。』
そう言って慣れない作り笑いを浮かべ、手を差し伸べる。
『あ、ありがとう…。あ、でもその、作り笑いはしなくていいと思うけどなぁ、……強がってるように見えちゃう』
……涙目なのに笑っているおまえも、大概強がってるよな…。
その時、そう言えなかったのはなんでだったんだろうか。
その時の俺には、わからなかった。
不思議な奴。笑顔が綺麗な奴。俺の名付け親。
ーーーーーーーそして、俺のたった一人の友達。
俺の人生は、ジミーを中心に大きく変わり始めた。
ーーーーーいい意味でも、…悪い意味でも。
No.1 『ジャック』
・前髪を二、三本残したまま適当に切った髪型。ザンバラで寝癖があちこちたっている。茶よりの黒髪
・お人好しを捨てきれない。生き残るため感情を押し殺している
・ジミーに他人からみたら恋愛感情と誤解されるレベルの友情を向けている