《お前》2
今ではもう見慣れてしまった田園風景。
健吾君と歩いた道。
それを私は今、たった独りで駆け抜けて行く。
…急げ…急げ…
此処までずっとずっと走り続けて来たためか、胸が痛む。喉も、足も、あらゆる所が悲鳴を上げる。
流石に休憩しないと…
そう思うのに、足は止まってくれない。
町の小さな市役所前まで来て、時計をちらっと見る。
5時半…
流石に帰らないと。
それに健吾君ももしかしたら意識が戻っているかも。
戻って、確認しないと。
そう思うのに…
『君…頑張りすぎだよ。力抜かないと体調崩すよ?』
『え、僕は平気だよ、』
『…うん……平気だよ?』
…君が頭にちらついて、走るのが止められなくなる。
『…ねえ、君は辛くないの?』
…何が?
『いや…何がって聞かれると…その、此処に居ることが、かな……』
…そうなのかな。
『……辛そうに見えるよ。凄く』
うん、……自分じゃわからないから、気付けなかったや……
『…ねえ手を出して』
『いいから!…ね?』
その瞬間フラッシュバックのように、花を私の手のひらに包ませて、微笑む少年が脳裏に浮かぶ。
『へへ、ほら…綺麗でしょ?』
…あぁ、この景色、
【××××】の景色だろう…?
「…っひ」
また頭が痛くなる。
あまりの痛みに、その場にうずくまってしまった。
でも、こんな所で道草食ってる場合じゃない。
「……う」
重い頭を持ち上げ、ゆっくりと歩き出す。
もう、陽は沈み始めている。
『…ね、約束覚えてる?』
『…そっか。よかった。』
『………いつ、僕らまた戦うことになるのかな』
『君は、恐ろしいくらい、強いけど…たまに僕のために怪我するだろ』
『……………………わかってなかったの?』
『そっか…えへへ、そうなんだ』
『………ねえ』
『……約束通りさ』
『もし僕が捕まっても、もし君が道に迷って、離れ離れになっても、助けてくれるって、見つけてくれるって、いったよね…』
『ごめん、ごめん…うん、わかった』
『……約束…忘れないで』
ゆっくり歩みを進めて行く。
まだ空は青空色が所々残っていて、それが一分、一分経つごとにゆっくりゆっくりオレンジに染まっていく。
…草原って意外と、近くにはないもんだね…
はあ、と生温い息が漏れた。
その時。
「……ゆかり」
優しい落ち着いた声が聞こえた。
「………ゆな…?」
「……へえ、そんなことが…」
「…信じるのか?」
「疑う理由もないし…それに」
「?」
「悪友だし。ずっと前からねw」
「……ありがと…すまん」
「……?」
「…じゃあ、ごめん。話付き合わせて…それじゃ、行かなきゃいけない所があるから」
「…う、うん……ねえ由香里…?」
「…?」
小さくうつむいた由奈の口から「…変な気起こさないでね」とだけ聞こえた。
「…うん」
小さく頷いて、再び歩き始めようとする。
夕暮れにしては傾き過ぎたくらい傾いた陽のせいか、先ほどよりもえらく冷たくなった息が吐き出された。
「…公園」
え?
歩き始めてすぐの私の後ろで、由奈がぼそりと呟く。
「…この辺りで、草原みたいな場所でしょ?」
「…あぁ」
「…公園しかないと思う、よ」
あぁ、そういえば。なんで私は今まで気づかなかったんだろう。
「…ありがとう、本当に…ッじゃあ、いかなきゃだから!」
「…!由香里待って!!!」
どんどん由奈の声が遠くなって行くのに、私はそれどころじゃないくらい興奮していた。
やっと、君に会える…!
やっと、やっと、やっと…
五分ほど走り、夕日の色も薄くなったくらいの頃に、公園に着いた。
[結局全部、知っちゃうんだね…私も]
「…ッは」
[それは…それが幸せだったからじゃないのか?]
「… あぁ」
[…違うんじゃないかな。きっと…]
…薄緑の大地に、仄暗い夕陽。
それで、全部。また…
……思い出しちゃった。
[幸せだとかそんなの関係ないから…ずっと忘れてるなんてそんなの俺が許さないから]