《彼と彼女》2
彼の言葉を頭の中で反復する。
『来週…出かけない?』
「……ふぁぁ」
あれからちょうど一週間たった。
今は、彼が来る時間が来るのを待っている。
『んー、…昼の十二時でいいかな!昼代勿体無いしw』
『ゆかりさん案外そういうのは考えれるんだね。w』
『え、それどういういみw』
3日前にした会話を思い出す。
こんなこと覚えるくらいなら単語覚えろよって由奈に言われそうだけど、こればかりは仕方がないので。
短針が指す数字は、11。長針は50分ちょっと過ぎをさしている。
昨日は割とぐっすり寝れたから、居眠りの心配はないし…今日ちゃんとご飯も食べたし!
完璧も完璧、大満足だ。
「…早く来ないかなぁ〜」
ぼそっとつぶやいて、時計を見つめ続けた。
「……ぉぉぉ」
小さな声が隣から上がる。
今私たちは。隣町のショッピングモール前にいた。
小さな頃からあの田舎町にいた彼はこういう大きな建物に入ったことはあまりないらしい。
冷房が苦手だから入りたくないともいっていたけど。
「あれ、あれなに?どうなってるの?」
「あ、あれは水を循環させてるんだと。水が上の方からぶしゃーって出て、落ちた水がしたに溜まってまたぶしゃーって」
「それどういうこと…」
自分の説明能力の低さがかなしい。
でも、なんとなくはわかってくれたようで、どことなく楽しそうだ。
いつも伏目がちな彼の目にいつもより光がさしているのを見ると、とても嬉しくなる。
まあ、あんま見つめてても気持ち悪いから噴水の方をまた見る。
「…綺麗だねぇ〜」
「うん。……でも僕は滝とかそういうのの方が好きかな。」
横目でちらっとわたしを見て、彼が呟いた。
「? そうなの?」
「…なんとなくねw君は?」
「そうだなぁ〜わたしも海とか好きだなぁ」
そういうと、彼は「そっか」と別の方向を向く。
…なんだか気まずい。最初の頃みたいだ。
「…森とか。僕は好きだけど君は?」
「…森か。」
しばらく言葉を選ぶ。
自然は帰るべき場所(中2か)って感じがして私も好きだけど…
「……森は、…なんとも言えないな」
「…!……なんで?」
「森に入るとなんか嫌な感じするんだよなぁ〜。なんか、ここにいたくないっておもうような。…でもなんか、逆に出たくないって気持ちも出てきてさ」
そういうと、健吾君は少し笑って「…そうなんだ」と言った。
その顔がなんだか優しくて、懐かしい感じが…。
…なんでだろう。
また頭が痛くなる。
「……りさん!ゆかりさん!!」
「えっ!?…あっごめん、ぼぅっとしてたwどうしたの?」
はっとなって、彼が話しかけていたことに気づいた。
「あのお店とか…何置いてあるのかな」
「あぁあの辺はちょっとした小物とか…」
「じゃああっちは?」
彼の目がキラキラしていて、子供みたいで、すっごく…
「…かんわいぃー…w」
「……!」
そこでまた我に返る。
「ごめんwかわいいなんて言われても嬉しくないわなw」
「……まあ、いやじゃあないけどさw」
必死に彼に謝る。
……それなのに心底嬉しそうな顔をしている彼が、意外すぎる。
「なんか、嬉しそうな顔w かわいいって、嬉しいの??ww」
「…えっ、僕そんな顔してたの」
あっ無自覚か。
天然か。おまいさんは。
「うん、かなり嬉しそうな顔だけどw」
「……あ、うん…そっかw 嬉しい…のかも」
ちょっと照れたようで、あたふたしている。
そして、ちょっと迷ったように。
「…えっと、あのさ、君って…」
「ん?どうした?」
何か問いかけようとした彼の顔が、わたしの背後をみて固まった。
「…っは、!?」
「……健吾く、!?」
彼がわたしを突き飛ばした。
その直後。背後で、ドォン!!!と音がする。
すぐさま振り返り、彼の姿がないことに気づいた。
ここはショッピングモールのど真ん中だ。
あり得ないはずだ。
ゆっくりと、顔をモールの噴水の方へ。
彼が、はしゃいで見つめていた噴水には…
なんで、ここに、
…トラックが?
…トラックには、真っ赤な何かが付いている。
さっきわたしがいた場所からずぅっと伸びた真っ赤なものととても似ている。
そして、トラックの傍に横たわる多数の…
人の山。
たくさんの人の声が右から、左から飛んでくる。
「危ないぞ!!!!」
「運転手は、運転手は何してる!?」
「だめだ、もう逃げた!!」
「うわぁぁあああああ!!!」
たくさんの声が混ざって行く。
『…なんで…なんで、こんな、こんなはずじゃ』
いつかの声が聞こえる。
『だってお前…そんな…。』
ーーーーーー体の、内側から。
「『嘘だ…嘘だ…』」
私の…手についているものの感覚が、皮膚を伝わって神経へ、神経から脳へと伝わって行く。
この感覚は…どこかで……
『…なんで…なんで、こんな、こんなはずじゃ…だってお前…そんな…。嘘だ…嘘だ…いやだ…いやだ…いやだ……!!!』
目の前が真っ白になる。ゆっくり頭が地面に近くなっていく。
「……あなた、大丈夫!?」
「はやく、こんな数の人が……」
「……………救急車………」
どんどん声が遠くなっていく。
どんどん意識が遠のく中で、最後に、
『せめてって願った願いって、大抵叶わないものだよ』
どこかで、そんな声が聞こえた気がした。