《彼女》1
夢だ。これは夢だ。そうわかってても涙が止まらない。
無様に膝をつき、無力であることを指し示すように腕を垂らす俺の目の前に横たわるは、少年。
かつて、俺が、大好きだった…
たった一人の、大切な、大切な友達。
大好きだった。誰よりも守りたいと思った。初めて人といて楽しいと思えた。
尊敬でもなければ、利用するでもなく、ただただ楽しいと思えた。
…それが今では、俺がかつて見てきた奴らと同じ…悲惨な姿。
はらわたはぐちゃぐちゃになり、かつて俺を慰めてくれた右手は吹き飛ばされ、綺麗だった瞳も血で赤黒く滲み、柔らかく心地よかった髪も、頭も右半分弾丸が盛大に当たって、全身が歪み、ひしゃげた、彼の姿が。
俺の口から、掠れた声が漏れる。かつての友の顔に、雫が滴り落ちる。
『…なんで…なんで、こんな、こんなはずじゃ…だってお前…そんな…。嘘だ…嘘だ…いやだ…いやd
じりりりりりりりり!!!
「……………ぶっは」
相変わらず不快な音を鳴らす目覚ましを手のひらで無理やりおさえ込んで、涙と汗まみれになって飛び起きる。
ぼうっとしながら強引に停止させた目覚ましの短針を眺め…
私の頭はある結論を導き出した。
春も終わりに差し掛かり、ようやく不快極まりなかった鼻水も止まり、夏休みをエンジョイするためになんとかして赤点を免れようと必死で勉強したというのに…あぁ、これは非常にカッコ悪い。
…いやそういう次元の話でもない。これはーーー
「かんっぜんに遅刻じゃねーかばかやらあぁぁぁ!!!」
今年で17になる(自称)レディはパジャマを乱暴にそこらに放り投げ、叫んだ。
あぁやっちまった!!
明日朝早く起きて学校行って勉強すればいっかーとかそういうこと考えた時に限って、いっつも変な夢みるんだよなぁ。
でもいつも起きたら忘れる。忘れるくらいなら見せないで欲しいものだ、まったく、けしからん。
申し訳程度にそこらにあったチョコを口に放り込み、バッグに急いで教科書を突っ込み、駅に向かう。
あー。もう。
どうしてこの道ってこうもグニャグニャのボコボコなんですかねぇ。
整備ぐらいしてくれないかなぁ…
まあそもそもこんな辺鄙なところから工業高校に通う決断をした私も私だが。
…でも、なんで興味もないのに工業高校に入ろうと思ったんだろう。就職率よかったからだっけ?
…あれ、でも夢、あったんだけど。声優になりたいって。工業に関係ないよなぁ。
…ってそんなこと考える余裕!!ないじゃん!?
頭から生まれた余計な疑問を振り払い、いつも通り、整備も満足にされていない道を棒のような足で走る。
駅は走って5分くらいだからチャリで行けばよかったなぁと心底思ったが、今から家戻っても意味がない。
こんなことに走り出して2分程で気がつくとは、バカだとしか言いようがない。
あー…だめだわー…本当田舎きつい。電車が三十分に一回しか来ることがない段階でもうダメだわ。都会ラヴ。まじ羨ましいよねぇ…
くだらないことばかり考えていると、駅が前方にぼんやり見えてきた。
…電車が止まりかけているのも同時に見える。
頼む…!!間に合えよ…間に合ってくれよ…願わくば漫画みたいにここで私以外の時が止まってくれても構わないから…間に合ってくれ…!!
またくだらないことを考える私の目は、電車が止まり、扉が開いたのをはっきり見た。
間に合え間に合えと全速力で走る私の目は電車ばかり捉えて…
………右の方から走ってくる車にこれっぽっちも気がつけなかった。
「危ない!!!!!」
後方から声が聞こえて、咄嗟に右をみる。
突然のことに動けなくなってしまう。
…うわあ。最悪だ。
あれ、当たったら痛いよなぁ、痛いよねぇそりゃあ。うん、わかるよバカでも。あの速度だもんな。
思わず目を閉じてしまう。これはもうまにあわないだろうなぁ。
ーそう思った時、左腕が勢い良く引っ張られ、私は3、4歩程後ろに下がった後、尻餅をついてしまった。
そのあと、車が目の前をかすめていく。
私もしかして…助かったのか。
「あいででで…で、」
ようやく声が出て、周りの状況が正確にわかった私は、同時にいやなことまで思い出してしまった。
「……でんしゃ…あぁぅああああ……」
これでもう完全に遅刻だ。
事故にあうと悟った瞬間よりも全身から血の気が引いていくのを感じた。
「…よかったね。」
後ろから男にしては少し高めの、聞いたら懐かしいような心地いいような気分になる声が飛んできた。
…うん。とりあえず今の状況じゃなかったら「はい」っていっただろうけどなぁ。
「よ!く!なぁぁぁい!!!」
思い切り立ち上がりながら叫んでしまった。
しまった。と思い勢い良く後ろを振り返る。
そして目の前に座る少し涙目になってしまった見覚えのある少年を…思わずジロジロ見てしまった。
思わずだし、下心はないです。たぶん。
彼は…たしか。私のクラスメイトではなかったか。
「ッッああああごめん!!助かったよ!!ありがたいよ!!」
「……ごめん、電車。乗り損なったね。あの時僕がさけばなかったら事故にもあわないで電車も間に合ったかもしれなかったのに。ごめん。」
何度も謝る少年が指す先に、駅が見える。すでに電車は軽やかに過ぎ去った後だ。ちくしょう。
「大丈夫だって。気にしないでw…むしろ君は大丈夫だった?立てる?」
慣れない作り笑いで彼に向かって手を差し出す。
……その瞬間、彼の瞳が揺れた、ような。
……気のせい?
「ありがと…ごめん」
普段私はたまーにいつも一人で居る彼が気になって話しかけるが、そのたびイエスかノーのような答え、もしくは理由のよくわからない謝罪をしてくる。
最初、私は嫌われているのかなぁ。なんてさみしい気分になったが、そうでもないらしい。
でも、そっけない会話程さみしいものはない。だからあまりこの頃話しかけてはいなかった。
……先ほどすぐに彼がクラスメイトであるとわからなかった理由はそこにあると思いたい(願望)
だからさっきの会話は嬉しい限りとしかいいようのない大収穫だ。
彼が素直に私にお礼をいってくれたのを確認して、うんうん。と心の中でガッツポーズする。
さらに欲張らせてもらうなら…こんな時ぐらい作り笑いでも笑って欲しいんだけどね。
あぁ、感傷に浸っているのも結構なんだけどね。…今更だけど。
「…君も大遅刻だよね」
「…うん。」
漫画のように風が二人の間を、びゅう、とかすめていった。
あぁ…目覚ましはうるさいわ、テスト勉強はまともにできないわ、電車には間に合わないわ、事故に遭いかけるわ、…風は冷たいわ。今日はつくづく運が悪いなぁ……。
………それからのことは予想はつくと思うけど。
結局私も彼も、2限目からしかテストは受けられなかった。強面の先生に自覚の話をたっぷりとされた。まあ話なんて右から左状態だけど。
先生の話も終わって、友達に「大変だったねぇwww」なんてにやけがおされ、嫌ヅラ返しつつ窓際の前から2番目の席に座った。
友達にチョップしたり、だべったりはしゃいだりして、和気あいあいと休み時間をいつも通り過ごす。
2時間目を知らせるチャイムが鳴り響き、比較的おとなしく席についた私は、国語、と大きく書かれた再生紙に、書き慣れた私の名前を書いた。
『吉田由香里』
No.4 吉田 由香里
・髪は肩よりやや長め、前髪をピンで留め、後ろ髪をゴムで結んでいる
・見た目からは大人しめな印象を受けがちだが、印象とは真逆(本人談)
・眉毛が太いことと、背中にやや大きめな傷のようなシミがあるのがコンプレックス