《byebye,HappyEnd》
「…由香里さん………?」
健吾は息を切らし、由香里の名前を呼んだ。
確かめるように。或いは、しんじられないように。
(やっぱり、こんなところにいたのか…)
ここに居ない僅かな期待にすがっていた彼は、絶望した。
それを知ってか知らずか、由香里は蒼い空へ向けていた目を健吾に向けるため、ゆっくりと振り返った。
そうして、ゆっくり口を開いた。
「……誰だったっけ。そう。…健吾君だったね。」
「ジャック?…ジャックなの?」
「…そう呼ばれてたこともあったっけね。…あはは、……もう自分が誰だかもハッキリ分からないんだけど…」
そう呟くと、ゆっくり左手を上げた。
その手にはハサミ。
「…ゆ、ゆかりさん!?なにするつもりなん…」
「…ほら。」
ジャキン、という気味のいい音と共に、長い間伸ばし続けられて来た髪が切り落とされる。
ジャキン、ジャキンと、どんどん髪の毛が落ちて行く。
唖然とする健吾。
その表情を見ないまま、由香里…もといジャックはまた口を開いた。
「ほら……俺もこうしてただろ。…すっげえ髪みじかくしてて…切りすぎて笑われてたこともあったっけな………そう、……あの人も、あの人も…………あいつも………俺さえ居なかったら幸せに暮らしてたはずだよな…」
「…ちっ…ちがうっ…!!」
胸の痛みで掠れた声は、今の由香里には届かない。
ぼうっと由香里はつぶやき続ける。
「…そう。もし私さえ居なかったら…健吾君は怪我しなくて済んだ。……皆、あんなに辛そうな顔しなくて済んだ。………きっと、それは幸せなことだった」
「ゆ、ゆ……ゆかりさ、」
「だから、全部終わらせたいんだ。……ねえ、健吾君。昔、むかーしね、私におかあさんが話してくれたの。自分で自分を殺した人は天国にも地獄にも行けないって。……私さ、頭悪いけど、考えたんだ。すっごくすっごく考えて、考えて、考えて、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて…」
はあ、はあと由香里の息が響く。
健吾は、もうなにも話さない。
ただただ目を見開いて、由香里を見つめる。
「…きっと、きっとさ、あそこは…俺がいった場所は地獄だったんだ。………だから…もう地獄にも、天国にだって…行く資格なんてないし…行きたくないんだ。きっとあそこに行ったら、生まれ変わっちゃうの。またこんな風に、皆まきこんで、ひどいこと言って傷付けて…」
とんとんと歩く由香里。
「だからね…もう誰も不幸にしたくないんだ。……みんな、私を憎んでるでしょ?……あいつも、もういないし…ね」
今までずっと口を閉じていた健吾が、口を開く。
雑巾を絞るように、声を振り絞って。
「……あいつって…あいつって誰のこと…?」
健吾がそういうと、歩きながら由香里は言った。……優しい笑顔で。
「…もう、名前もわからないんだ。けど……俺なんかのそばにいてくれて…慰めてくれて、話を聞いてくれて、俺なんかに話をしてくれて………
そう、…綺麗な金髪で、
…綺麗な碧い目で、
…笑顔がすっごく可愛い
……すごく、綺麗な奴だった」
そう言うと、屋上の鉄格子に手をかけ、登り始めた。
「…由香里さん?な、なにしてるんだよ…ねぇ」
その声が届いているのかいないのか、由香里は鉄格子の向こう側にたった。
「……ね、ねえ、そんなところにいるとまるで…飛び降りるみたいじゃないか」
「見ての通り。その通りだね」
「…やっやめてよ!!ねえ…なんで、なんで君が死ななきゃいけないんだよ?」
「……わからないな、俺には」
「じゃあやめてよ…!!!ねえジャック‼︎‼︎」
「……ごめんな…こうするしかないんだよ」
そういうと由香里は…ジャックは、
ぱ、と鉄格子から手を離した。
由香里の目から雫が落ちると同時に、
それだけで支えられていた身体は、支えをなくしゆっくりと落ちて行く。
「あああああああああああああああああああああ…」
屋上に、健吾の悲鳴が響いた。
その悲鳴に掻き消され…
彼に向けた由香里の言葉は彼に届くことはなかった。
「…………ジミー、ごめんな…」
…………………………(DO NOT)HELP(ME.)