《俺》3
俺達は、いつから間違っていたのか。
幾度も幾年も考えてきたが、俺も『他』もいまいち頭がよろしくなかったせいなのか未だにその答えは出ない。
それでも、確かに歯車は狂って行く。
はっきりとわかる位歪んだ音を立て始めたのはきっとその頃だったはずだ。
俺達は、あの約束をしてから幾度も戦場に立ち、戦った。
俺は傷跡も増えに増えて、気付いたら俺は一等兵にまで昇格していた。
だから、最前線に立つことは少なくなった。お陰で俺は前ほどピリピリと神経を尖らせる必要は無くなった。
一方ジミーはというと、戦場に立つよりも頭を使う方が向いているので(と、俺が直々に上官に言ったため)武器の修理を指導したり、救護班へ手伝いにいったり、指示を回したりしていた。
俺の読みが当たっていたのか、ジミーの指示は非常に的確で、以前よりも俺たちは優位に立つことができるようになっていた。
俺達は一緒に行動することこそ以前よりほんのちょっとばかり少なくなったものの、それでも俺達は他の奴らより仲が良かった。
休憩の度にあいつのところに行った。
仲が良すぎるとからかう奴もいたけれど、とても楽しかった。
だけど、やっぱり戦うたび俺は傷を負う。
その度にジミーの笑顔は曇っていった。
いつ頃だったか。久々にあの場所でジミーと話していた。
『君…頑張りすぎだよ。力抜かないと体調崩すよ?』
俺の方を心底心配そうに見つめるジミー。
『…お前も、ここんとこずっと疲れてるだろ』
『え、僕は平気だよ、』
図星をつかれたように言葉を詰まらせる。
『…本当にか?』
『…うん……平気だよ?』
無理しているのに隠しているのがはっきりわかって、少しムッとしてしまう。
『…ねえ、君は辛くないの?』
俺の方を見ないで、何かを探すように下を向きながらジミーが尋ねた。
『俺か?……つか、何が』
『いや…何がって聞かれると…その、此処に居ることが、かな……』
此処に居ること?
『そうでもねえよ…』
誤魔化そうとしたのに、声色が暗くなってしまった。
『……辛そうに見えるよ。凄く』
それを知ってか知らずか、ジミーが俺に言う。
『……そうかもな』
そういうと、微妙にジミーが顔を上げた。
『…ねえ手を出して』
『…は?』
『いいから!…ね?』
突然の言葉に驚きながら、ジミーの方へ手を出した。
ふふ、と笑いながらジミーが、俺に手の中のものが見えないように、そっと俺の手を包む。
そして、そっと離れた時、そこには黄色い珍しい花があった。
『へへ、ほら…綺麗でしょ?』
『…本当だ、すげえ綺麗』
思わず笑みがこぼれる。
それを見たジミーもふわっと笑う。
『よかった。久しぶりに笑ってくれて』
いつも、あいつは笑っていた。
明確に暗くなったのは、僅かながらに優位であった俺達がまた劣勢に立ち、あいつとなかなか会えなくなった頃からだった。
そのくらいになると、もう俺の人生も終わりに差し掛かった頃だったか。
劣勢が続く中で、元の利き手であった右腕の傷が悪化し、それに伴いしばしば高熱も出るようになった俺は、しばらく戦線から外れることになった。
ジミーの、ほっとしたような苦しそうな顔は忘れられそうにない。
あいつの曇った笑顔は、次第に泣き顔へ移り変わって行った。
そんな顔は見たくなかったのに。
『…ね、約束覚えてる?』
『…あぁ、覚えてる』
『…そっか。よかった。』
沈んでゆく夕陽を見ず、俯くジミー。
かつての会話とは違い、暗い色の見える会話。
『………いつ、僕らまた戦うことになるのかな』
『……お前は、前線に立たせないから。大丈夫だ。それに俺達が此処まで来させない』
『君は、恐ろしいくらい、強いけど…たまに僕のために怪我するだろ』
『…そうだったのか?』
俺は驚き、ジミーの方を見た。
とても驚いたジミーの目が、俺の目とあう。
『……………………わかってなかったの?』
『……すげえ必死だったから。…意地で先に進めないようにしてた』
そういうと、嬉しいような悲しいような顔をしたジミーが少し笑った。
『そっか…えへへ、そうなんだ』
またしばらく、ぼうっとする時間が続いた後、ジミーがゆっくり口を開く。
『………ねえ』
『……ん』
『……約束通りさ』
『…あぁ』
『もし僕が捕まっても、もし君が道に迷って、離れ離れになっても、助けてくれるって、見つけてくれるって、いったよね…』
『…あぁ、絶対見つける。…信じられないか?』
『……少しだけ、疑ってたり…』
『酷いな』
そういうと、ジミーがからかうようにへらっと笑った。
『ごめん、ごめん…うん、わかった』
ゆっくり俺の方を見ながら、ジミーが言った。
『……約束…忘れないで』
俺はジミーからたくさんのものをもらい成り立っていた。
暖かい会話。救われたような気持ち。
それらにはっきりとした形がなくても、俺は、あいつに、それらのものに支えられて生きていた。
だからこそ、俺はそんな甘ったるく、心地いい生活が突然この会話を最後に終わってしまうことなんて想像だにしなかった。
あり得ないと思った。
敵襲が来たのだ。前衛部隊総崩れという最も俺が恐れていたことが起こった。
俺は、いつも通り、逃げる道を選ぼうとした。
左の手でナイフを握り、もう感覚もほとんどなくなってしまった右の手をあいつに握らせると、走り出した。
だが、その時だけは、何時もと違った。
こちらに性能のいい銃は行き渡っていなかったこの時代。
『……ジャック!!後ろ!!!』
もちろん、単騎なら相手にできても、集団では俺のできる対策などなかった。
すると、なぜかぐいっと何かに引っ張られ、俺は後ろへ倒れ込んだ。
その反対に、ジミーが目の前へと出た。
ジミーが俺を引っ張ったのだと、わかった瞬間。
引き金の引かれる直前。
まだジミーと、たくさんの仲間が立っていた。
『あ…あ…』
俺の口から、掠れた声が漏れる。
こんな時に、あの場所でしたたいしたことない会話が思い出される。
ゆっくり近付く度に、あいつの姿がはっきり見えてくる。
はらわたはぐちゃぐちゃになり、かつて俺を慰めてくれた右手は吹き飛ばされ、綺麗だった瞳も血で赤黒く滲み、柔らかく心地よかった髪も、頭も右半分弾丸が盛大に当たって、全身が歪み、ひしゃげた、ジミーの姿が。
血がまだどくどくと溢れるジミーの額を震える手で撫でる。
かつての友の顔に、雫が滴り落ちる。
『嘘だ…嘘だ…』
現実を見ているのに、口から出てくるのは逃避のみだった。
『…なんで…なんで、こんな、こんなはずじゃ…だってお前…そんな…。嘘だ…嘘だ…いやだ…いやだ…いやだ……!!!』
現実を受け止めきれないあまり、注意散漫になっていた。
俺の背に、大きな刃がせまっているのに、俺は気付くことはできなかった。
どすんという音がするより先に、鋭い痛みと熱さに、倒れこむ。
もうその熱さで何も考えられなくなり、最後にあいつに向かって腕を伸ばした。
腕に力が入らなくなり、白く白くなっていく。
俺が最期に見たのは、あいつの虚ろな紅い瞳だった。
俺は、次に気付いた時真っ暗な場所にいた。
『気付いた』と言うには少々強引だが。
なぜなら、体があるのかもわからない、立って居るのか座って居るのか歩いて居るのかもわからない、目が開いて居るのかすらわからない場所であったため。
俺は自身が気がついて居るのかすら曖昧だった。
『…どこだここ』
ぼんやりと呟く。
『…ジミー?…どこだ?』
名前をよんだ瞬間、最期に見たものを思い出し、ゾッとした。
『…おれ、しんだのか……?』
ここが、噂に聞いていた地獄なのだろうか?
それとも、万が一にも天国であるのか。
『…………とりあえず、あいつを探さないと』
そこから、俺は良くわからない場所で動き回った。
感覚はないから実際動いたのかわからないけれど。
…それから、何もいないことに、暇つぶし程度に20000秒数えるまで動き回って気づいた。
そもそも其処には、昼も、夜も、朝すらなかったのだ。
200ねんたったか、はたまた2ねんもたっていないのか。
おれは、かんがえることすらやめた。
ひたすらおもいだす、くりかえす。
あいつとしたやくそくをせめて、わすれたくなかった。
おぼえていたかった。
『……約束…忘れないで』
…忘れたくない。俺の【せめて】がこれだった。
『せめてって願った願いって、大抵叶わないものだよ』
その声を聞いた瞬間、次に気付いた時、【俺】は何も覚えていなかった。
ずうっと、そうして願いなんて叶わなければよかったのだろうに。
幾度も幾度も、【俺】のことを思い出す。
幾度も繰り返した。
[今回はどうなるのかなぁ]なんて悠長な考えすら浮かんで来る。
それでも、俺は諦められない。
だから。
ずっと忘れて居るなんて、俺は絶対に許さない。