7.つぼみタイフーン
「…………は?」
(今、なんて……冗談だよね?)
あまりにも、想定の範囲を超えた言葉に、優奈の体から力が抜けた。手からカバンがするりと落ちる。
「お見合いよ。お・見・合・い!」
「……遠慮します。さようなら。行ってきます」
落としたカバンを素早く拾いあげ、今度こそ学校に向かう……はずだった。
「待って待って待って。もう相手も決まってるの。今さら断れないわ」
腕を掴まれ、逃げられない。
「なんで私の知らないところで、お見合いなんて重要事項が進んでるんですか! 私は行きませんよ。行く義理なんてありませんから」
優しく言っていたのでは埒があかないと思い、できる限り強い口調でそう言った。
(これでつぼみさんも諦めてくれるはず)
しかしつぼみは笑顔だった。それも満面の笑みだ。
「そうよね。優奈ちゃんもそう思うわよね」
「どういう事ですか?」
「優奈ちゃんに行ってもらいたいのは、実は私のお見合いなの。お母様が勝手に決めてきてしまって……」
「だったらつぼみさんが行けばいい話じゃないですか。私関係ないですよね?」
「っんもう! 優奈ちゃんったら冷たい。私が行きたくないから頼んでるんじゃない」
(もー、そんなこと自分で解決してよっ!)
心底そう思ったが、言ったところで諦めるはずもないだろう。
優奈は諦めて、靴を脱ぎカバンを置いた。
「行ってくれるのね、優奈ちゃん! ありがとう!」
「話を聞く気になっただけです。行くと決めたわけじゃないですから、勘違いしないでください」
「ふふっ、可愛いツンデレさん」
どうやらつぼみの中では優奈が代わりに行くことがすでに決定事項らしい。
優奈はため息を吐いた。
「さ、行くなら早くしないとね。準備もあるし。……ではおばさま、優奈ちゃんを一日お借りしますね」
「はい、いってらっしゃい」
学校に送り出す時と変わらない口調で母が言う。娘がお見合いに行くというのに、たいして気にしている様子もない。
学校に行くことに対して気が重かったとはいえ、まさかお見合いが理由で行けなくなるとは夢にも思っていなかった。
優奈はつぼみに手を引かれ、通りで待っていた車に乗り込んだ。
車はつぼみの十ハ歳の誕生日にプレゼントされたものだが、つぼみはまだ運転免許を持っていないので今は運転手がついている。
「時雨に行ってください」
時雨とは三千院家がよく利用している和服屋だ。着物の販売から着付けまで、和服に関することはすべておこなっている。最近でこそあまり行かなくなったが、小さい頃は優奈も年に四、五回利用していた。
「優奈ちゃんはほとんど私とサイズも変わらないし、上手く化けさせることができるわ」
「化け……? ……つぼみさん、よく考えたら私が行くのってすんごくまずいですよね? お見合いってことはつぼみさんを指定してるんでしょうし……」
「んふ、細かいことは気にしないで。優奈ちゃんは私の代わりに出席してくれるだけで良いの」
お見合い相手が別人というのは細かい事ではない、と優奈は思った。けれどもう、一々反論するだけの体力と精神力が残っていない。
「優奈ちゃんなら、私の真似をすることができるでしょ。顔も似てるし、バレないバレない」
「似てるって言っても……」
似ていることは似ている。メイクの方向性が違うので今はまったく違う顔立ちだが、メイクをしていない時の顔は……おそらく親でも見分けがつかない。
「私が上手に作ってあげるから、優奈ちゃんはなんの心配もしなくて良いのよ。ノープロブレム」
やっかいなことに巻き込まれてしまった。
浮かれるつぼみとは対照的に、優奈は疲れた顔で息を吐いた。