6.迷惑な来訪者
「ごめんねー、優奈ちゃん。でも今日は本当にありがとう」
優奈の目の前で、つぼみは可愛らしく微笑んだ。笑みを向けられ、今まで積もりに積もっていた不満が自身の中で霧散していった。
「もうこれっきりにしてくださいね」
心底疲れきった声でそう言った優奈は、艶やかな着物姿だった。
「うーん、それはどうだろうね。お母様次第かな……」
困ったように眉を下げながらも、頼まないとは言わない。
(きっとまた頼むつもりだ)
優奈はつぼみと一緒に家に入り、今日起こった事を思い返してうんざりした。
――異変が起きたのは今朝のことだった。
優奈が学校に行こうと朝食を取っていた時、ピンポンピンポンと玄関チャイムが激しく鳴らされた。
「優奈出て」
「え、私?」
「ほら早く、近所迷惑になるでしょ」
母に急かされ、渋々玄関へと向かう。
(まったく、不審者だったらどうするつもりよ)
「優奈ちゃーん。助けてー!」
優奈がドアを開けると同時に何かが突進してきた。その勢いを受け止めきれず、背中から床に倒れこんだ。
「……つ、つぼみさん?」
自分の上に乗っているのが人間だと解ると同時に、その正体も認識した。
――三千院つぼみ。優奈の父の兄の一人娘、つまりいとこに当たる関係だ。
年は優奈よりも二つ上の十九歳。今年の春高校を卒業をして大学に通っている、と優奈は聞いていた。
「ちょ……っ、つぼみさん、重い! 降りてください」
「ひどいわ、優奈ちゃん。重いだなんて……傷ついちゃう」
言いながらも、つぼみは優奈の上から退く。
「あら? つぼみちゃんじゃない。久しぶりね」
「こんにちは、おばさま。あ、今の時間ならおはようございます、ですね」
にっこりとつぼみは笑った。
「あー!」
時計を見た優奈が声を上げた。
「もうこんな時間! ……じゃあ、私学校に行ってくるから!」
食べかけの朝食がちらりと脳裏に浮かぶが、食べる時間はもうない。
すっぱりと諦めて、玄関に置いておいたカバンを手に取ってドアを開いた。
「待って優奈ちゃん!」
「うわっ!」
あろう事か、つぼみは優奈のローファーをつかんでいた。重心が前にずれ、優奈は見事にすっ転ぶ。
「何するんですか!」
じんわり痺れる手の平。間一髪手で支える事ができて良かったと思う。
「優奈ちゃんに頼みがあって来たのに、いなくなっちゃったら意味がないでしょ……だから……」
「わ、私は学校に行くので……」
嫌な予感がした。
このつぼみという人は、見た目は大人しく柔らかい印象だが、ものすごいわがままな人なのだ。こうと決めたら、相手にどんな事情があろうと巻き込んでしまう。
そんなつぼみに目を付けられて、優奈はどうやってこの状況を乗り切ろうかと必死で考えた。
「学校は明日もあるでしょ。でも私のお願いは今日しかないの。お願い、優奈ちゃん、協力してよ」
「今日という日は今日しかないんです。だから私は今日は学校に行きます。だから放して下さい」
「だーめ。高校なんて一日くらい休んだって変わらないわよ。高校を卒業した私が言うんだもの、間違いないわ。それに、私のお願いを聞いた方が、優奈ちゃんにとってもいい勉強になるわ、うん、なるに決まってる」
「それでつぼみちゃん、いったいどんなお願いがあって来たの?」
平行線が続く話し合いに、母がついに口を挟む。しかし、その内容がどちらかというとつぼみ側なのが釈然としない。
母の言葉を後押しと感じたのか、つぼみは軽く微笑んだ。
「あのね、優奈ちゃん……」
――お見合い、してみない?