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4.登校風景

 情けなくも、嵐は自分がそれほど行動力のある人間ではないという事を知っている。そんな自分が、あれだけの生徒の目の前でキスをする事ができるなんて信じられなかった。

 しかし信じるか否かなど問題ではない。現実に自分は優奈にキスをしてしまったのだから。

 嵐は頭を抱えて、身体を丸めた。


(うわぁー、どうしよう。どんな顔して会えばいいんだ……。普通の顔してなんて会えるわけないって)


 女装してなら上手くやれる自信がある。が、あんなに大勢の前で女装をやめると宣言してしまった以上、それももう無理だ。


「明日から……学校行きたくない」

「お、久しぶりだねー。嵐の学校行きたくない」

「前の時とは違う! 本当に行きたくないんだって」

「じゃ、行かなきゃいいじゃん。高校なんて強制されて行く場所じゃないんだしさ」


 颯は軽く言い放つ。

 不思議な事に、行かなくていいと言われると、行きたくない気持ちが吹っ飛んでいった。

 それにあの男――石橋涼がいる以上、学校に行かないのは心配である。


「……行く」


 嵐はそう宣言した。




 次の日。生徒たちがコソコソと話しながら視線を送る先には、ひとりの少年の姿があった。


(やっぱり目立ってる)


 いつも女装している人間が学ランを着ているというだけでも話題になるというのに、昨日の一件も上乗せされて大変な事態になっている。


「えー、あれって嵐先輩?」

「本人に見えない! 別人って感じ!」

「俺は前の嵐先輩の方が良かったなー」

「そう? 私は今の嵐先輩の方がかっこよくて素敵だと思うけどなー」


 女子は喜んでいる人、悲しんでいる人様々だが、男子は概ね嘆き声を上げている。


「嵐ちゃん……なんて変わり果てた姿に……っ!」

「知りたくなかった、現実なんて!」

「俺たちの嵐ちゃんを返してくれ……!」


 集まった人と人がもみ合い、今にも事故が起こりそうだ。


(これは僕にも責任があるし……一応注意しないと)


「君たち――」


 嵐が声を上げた瞬間、生徒たちは一斉におしゃべりを止め、注目した。視線の束が、嵐を貫いた。

 嵐の喉がきゅっと締まる。


(あれ?)


 声が出ない。ついでに発しようとしていた言葉も、頭からきれいさっぱり消えてしまった。

 注目されることなんて慣れていたはずなのに。なぜだろう。

 大きな緊張が嵐の体を狂わせていた。


「……」


 沈黙が続く。しかし視線の量が減ることはない。


(お、落ち着け。いつもの調子で話せばいいんだ)


「そ……そんなに一か所に固まってたら邪魔。よ、用のない生徒はさっさと教室に行きなよ」


 言い切った。詰まってしまったが、いつもと変わらない口調で言えた。


「あ、やっぱり嵐先輩だ」

「中身は変わってない……そりゃそうか」


 嵐の言葉を聞いた生徒たちは、ひとり、またひとりと動き出し、十数秒後にはいつもあまり変わらない登校風景になった。


「……ふぅ」


 いつもならなんてことはない、よくある出来事だ。それがただ女性ものの制服を着ていないというだけで、どうしてこうも緊張するのだろう。


「おはようございます。さすが与田先輩、見事なお手並みですね」

「……何?」


 馴れ馴れしく肩に手を乗せてきたのは、嵐が今(悪い意味で)一番気になっている男、石橋涼だった。


「何って、ただの挨拶ですよ。俺はおはようございます、ってきちんと言いましたけど、まさか先輩からの返事が、何? だとは思いませんでした。礼儀はセーラー服と一緒に脱ぎ捨ててきたんですか?」


 礼儀正しさの中に皮肉を混ぜてくるあたり、涼も嵐を強く意識していることがうかがえる。

 涼の不遜な物言いに、嵐の眉間にしわが寄る。


「俺が何って言ったのは、君の手の位置に対してだよ。俺たちは友達ってわけじゃない。仮にも先輩に対して、気安く触れるっていうのはどうかと思うよ、礼儀的に」


 礼儀的の部分をあえて強調して言った。

 今度は涼の眉間にしわがよる……ということはなく、涼は笑顔を作った。


「失礼しました。ちょうど良い位置に肩があったもので、つい……」


 嵐の身長は涼より十センチほど低い。しかし嵐が平均より低いというわけではない、正確に言えば平均をやや上回る一七五センチだ。つまり、涼が高すぎるのだ。


「へぇ。無駄に背が高いっていうのも大変なんだね」

「いえいえ。背が高いと満員電車乗でも周り見渡せますし、高いところにある物も軽く取れますから良い事の方が多いですよ」

「でも目測を誤って頭をぶつけたりするでしょ」

「……し、しませんよ、そんなこと」

「ふぅん、そう」


 図星か、と嵐は思った。自然と口角が上がる。


「こーらっ! そこの二人予鈴が鳴ったの聞こえなかったの?」


 突然掛けられた声に、二人揃ってピクリと体を震わせた。声の方を向くと、そこには元気の良さで人気のある体育教師・南花の姿があった。


「他の生徒たちは自分の教室に向かったわよ。あんたたちも早くしなさい。せっかく時間通りに着いてるのに、遅刻したらもったいないでしょ! 特に、与田君は三年生なんだから内申に響いたりしたら困るんじゃない?」

「すみません、先生。すぐに行きます」

「まったく、くだらないことで時間を無駄にした」


 嵐と涼は一度目を合わせると、互いに勢いよく反対の方に顔を背ける。

 嵐は三年生の、涼は二年生の下駄箱へと駆け足で向かった。

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