魅入せよ我が音色、と原色斑男は言った
石畳が整然と敷き詰められた、どこか西洋の片田舎を髣髴をさせる街並み。それだけをみたならばどこかほのぼのとした雰囲気漂う空間であるのだが、行きかう人々はその街並みに溶け込もうとはせず、どこか異質な空気を放っていた。
しかし道行く人はそのことに疑問を抱きはしないし、むしろ溶け込もうという意識を捨て去っているかのようだった。
それも仕方のないこと。ここはそういう場所。
ここで有名になるために必要なものは実力であるが、実力だけで名前が売れる高みのごく一部にたどり着く者以外は目立ってなんぼなのだ。
当然地味であろとすることは出来る。しかし「ここは非日常である」という意識がどうしても拭いきれないためか、どうしてもそういう意識へと向かうのである。ゆえに必然といっていいだろう。
その中でも一段と目立つ男がいた。
色鮮やかと表現するよりも原色ばかりを寄せ集めたと表現するのが正しい、そんなけばけばしい印象を与える一応は燕尾服の形をした衣服を纏った男。その男は道の真ん中に陣取り、足早に向かってくる人物を待ち構えていた。
別段、約束がある訳ではない。しかし、この時間この場所で。毎日のように顔を突き合わせては〈奏闘〉している相手を待っていた。
そしてそれは今日も一緒だった。
「待っていたぞ、ファソラ・シド!」
ある程度まで近づいたところで、男はいつものように高らかに相手の名を叫ぶ。なんともふざけた名ではあるがこの程度はここではまともな部類であり、呼ぶ方も呼ばれる方もそしてそれを耳にする第三者も、特別な反応は示さない。
いや、正確には分かる程度の反応を示さなかったというべきか。
ここでは誰もが顔の大半を覆い隠す何かを身に着けている。原色燕尾服男は顔の全てを覆い隠す、ヴェネチアのカーニバルを連想させるやはりド派手なそれを。呼ばれたその人は真紅に模様が描かれたのフルフェイスメットの様なものを。そして道行く人の大半はのっぺらとした陶器を思わせる真白なものを。
そのために感情を表そうと思うなら全身を使うしかないのだ。
ファソラ・シドと呼ばれたその人は数歩離れた場所で足を止めると、原色燕尾服男に顔を向け、少し考えるように首を傾げた。
「おお、気付いたか。やっとポイントが貯まってな、欲しかった〈仮面〉をゲットできたのだ。
よって、今日こそは勝てる気がするのだ!」
男が高らかに宣言し、白の布手袋に包まれた手を空中で何かを操作するように躍らせる。それに応じるようにファソラも、こちらは革製の手袋に包まれた手を躍らせる。
『フリオーソさんの〈奏闘〉申請が、ファソラ・シドさんに承認されました』
するとどこからともなくたどたどしい合成音声がそれを告げ、二人の間に人程の大きさもある透明なメトロノームが映し出される。それと同時に、それぞれの足元に丸い文様が現れ、取り囲むように光の帯が現れた。
原色燕尾服男――フリオーソの周りにはその衣服そのものの原色で出来たそれらが、そしてファソラの周りには真紅のヘルメットに合わせたかのようなやはり真紅を基調としたライダースーツと合わせたような――真紅のそれらが。
足元の複雑な文様を表現するのは容易ではないが、フリオーソのそれは瓢箪の様な図形と十字を組み合わせたもので、ファソラのそれは様々な大きさの丸を不規則に散りばめたものが中央に描かれていた。
相対するかのように取り囲むそれは単純で、光の帯が五本。それが拍を刻むように緩やかに波を打っていた。
『〈奏闘〉モードは、得点差モード。拍数は八〇』
透明なメトロノームの上半分に、淡く輝く星屑を連想させる何かが音を鳴らしながら、どこからともなく流し入れられる。返したばかりの砂時計の様に半分程入った時だろうか、流入はそこで止まり、緩やかな拍を刻んでいた光の帯がメトロノームが拍を刻み始めるのと同時に合成音声通りの八〇の拍を刻み始める。
『――それでは、開始いたします』
合成音声は無情に告げ、シンバルを叩きつけたかのような音が響き渡った。その音と一緒に、メトロノームの中の星屑も緩やかに下に落ち始めたのだった。
先に動いたのはフリオーソだった。
僅かに首を左に傾げ左手をその前に出した姿勢で、右手を揺り動かす。そこには一瞬前まで存在しなかったバイオリンが形造られ、柔らかな音と共に光を生み出していた。
光は取り囲む光の帯へとぶつかり弾け、取り込まれそこに〈軌跡〉を刻む。低い音の時には下に、高い音の時は上に。
そうしてそこに出来上がるのは、紛れもない楽譜。〈奏者〉たるフリオーソの手に寄って紡がれた楽曲のもの。
決して易しい旋律ではないそれを、易々と奏でてみせるには当然「裏」がある。他の誰にも見ることは叶わないが、彼にだけは、どの指でどの弦を押さえるのか、そしてどのタイミングで弓を引けば良いのか――その全てが見えているのだ。しかし見えていればその音を奏でることが出来るのかといえば、答えは否。血の滲むとまでいかなくても、相応の練習が行われたことだろう。
それ故に、この場を囲む聴衆からは感嘆の声が漏れる。それは対戦相手でもあるファソラも同様で、フリオーソの奏でる音に聞き入っていた。
星屑が残り半分を切った頃になって、ようやくファソラは組んでいた腕を解き、力強くその手を光の帯に叩きつけた。
腹の底から体を揺さぶるような、太鼓の音。
それはそれまでフリオーソの音に聞き入っていた聴衆を一気にファソラに惹きつけるだけに留まらず、フリオーソまでもを惹きつけていた。
バチを振るう様は踊っているかのようで、事実、現実とは異なり手の届かない高さにある音を響かせるためには高く跳ぶ必要があり、それは舞うと称するに相応しいものだった。
それでも負けまいとフリオーソは必死に音を奏でる。しかしフリオーソの音は、ファソラの引き立て役としかならない。
ならばと、無様な音だけは奏でて堪るかとそれまで以上に自分の音に集中する。元より音を外すなどという失態はしないが、より抒情的に、より感情を揺さぶるようにと音を紡ぐ。
最後の一音を紡ぎフリオーソが顔をあげると、やはり最後の一音を奏でたファソラと目があった――気がした。表情などわかるはずのないヘルメット越しにフリオーソを見、笑った気がしたのだ。
いつにない、ことだった。
表情などわからないこの世界でも、ファソラは喜怒哀楽のその全て表現しないことで有名な〈奏者〉だった。他のプレイヤーとなれ合う事をせず、淡々とコンクールに挑み勝利する。その態度が気に入らないと絡む者を、無情に叩きのめすことでも知られていた。そしてそんなファソラは、風変りな真紅のライダースーツとフルフェイスメットという格好も相まって有名になった。強者をあげろと訊ねたならば、必ず名があがる程に。
どういうつもりだと、フリオーソが声をあげようと口を開いたその時観衆が沸いた。
ファソラから顔を逸らしメトロノームを見やれば、そこにふたつの数字。それも下一桁までもが同じ数字が。
慌てて視線をファソラにフリオーソが視線を戻すと、ファソラが手で言葉を紡いだところだった。
――さようなら。ごめんね。
それは別離と、謝罪の言葉だった。
追いかけ、言葉をかけようとしたが――それは〈奏闘〉モードが終了したことで干渉出来るようになった観衆たちに阻まれた。よくやったと肩を抱いて喜んでくれる観衆たちには悪いが、フリオーソはファソラの残した言葉の意味を問いたくて、振り払ってでも追いかけたかった。
けれど真紅のその人は、観衆に紛れて消えてしまった。
仮想空間内で音楽を奏でることで競い合うゲーム、〈Battle of Music〉。プレイヤーは〈奏者〉であり、競い合う方法は〈奏闘〉。文字通り、奏でることで闘う。剣と魔法の世界が主流であった仮想空間体感ゲームに新風を吹き込んだ、アクション音楽ゲームとなった。
知らない者はいないだろうという程に有名になったゲームとなったが、その名を一躍更に轟かせる――事件が起こる事になる。
「囚われた者を助けたければ、私を倒すがいい!」
プレイヤーの一部を人質とした、死のゲームである。
To Be Continued...
ごめんなさい、続きません。
なろうで流行っているっぽい、ヴァーチャルでリアリティなゲームに閉じ込めらちゃう話を書こうと思って、RPG系ではないものを考えていたら……システムとかバトルシステムとか、細かく決めている内に挫折しまして。
でももったいないので短編でも書こうかと思って、こうなりました。
以下、登場人物メモ。
●フリオーソ/ヴァイオリン:原色燕尾服男。仮面はヴェネチア風。
→ヴァイオリン:擦弦楽器
・手話が出来たためにファソラと意思の疎通がとることが出来、それが縁で〈奏闘〉してもらっていた。
●ファソラ・シド/パーカッション:真紅のライダースーツにフルフェイスメット。
→パーカッション:
・デスゲームでは囚われの身になる……予定だった人。
・別に現実で声が出なかったり、耳が聞こえなかったりする訳じゃない。
以下、ゲームメモ。
●Battle of Music:バトル オブ ミュージック
→オンラインゲーム。ゲームの基本舞台はウィーンもどき。
→プレイヤー全員が仮面着用。意図はない。……多分。
→ネカマ&ネナベは基本的に不可。が、専用端末を利用して、端末を異性と共用すれば可。
●奏闘
→得点差モードの他にも、複数あり。
→楽譜は共用のものを使用。複数人で〈奏闘〉すれば、より豪華に!
●その他
→専用のスペースで練習したり、コンクールに参加することでポイントをゲット。そのポイントで衣装や仮面、楽譜を交換することが出来る。
→楽譜はクラシックが基本。一般の人が作ってアップすることは可能(審査あり)。
→視覚障碍者や聴覚障碍者、身体障碍者らも、健常者と変わらない五感や身体機能を得ることが可能。
→現実の身体能力は関係ないが、「出来るんだ!」という思い込みは重要。そのため、パーカッション等は元より運動神経が良い人が多い。
以上。