第6話 ヤンキーは綺麗好き?
放課後。
私たちはいつものように、校舎内を巡っていました。
メンバーは言うまでもなく、ヤンキーと釘バットと私。
不思議ちゃん探検隊の活動としての校内パトロールです。
……もっとも、適当にふらふらしているだけでしかないのですが。
「おっ?」
不意にヤンキーがなにかに気づいて声を上げました。
視線の先に目を向けてみると、そこにあったのは物置部屋。雑用倉庫として使っている、教室の三分の一ほどの大きさの部屋でした。
普段は鍵がかかっていて、勝手に入れないようになっているのですが。
今はドアが開け放たれています。
「汚い!」
ヤンキーの言葉どおり、そこはとても汚れていました。
物がごちゃごちゃと散乱し、床にはホコリも積もっているようです。
学園内の清掃は生徒が分担して行いますが、どうやらこの部屋は担当場所として割り振られていないようですね。
そういう場合、先生が掃除をするものでしょう。
実際、物置として使っているのは、先生方だけのはずですし。
私たちには関係ない。そう思ったのですが。
「掃除するぞ!」
突然の宣言。
「わっかりました、アニキ!」
当然ながら、釘バットは即座に同意を示します。
「ちょっと待って、ヤンキー! どうしてそんなこと……」
「綺麗にしないとダメだろ! だって妖精さんが現れるし!」
メルヘンチック発言が飛び出しました。
綺麗にしていれば、妖精さんが住み着いてくれると、そう言いたいのでしょう。
それにしたって、妖精だなんて……。
確かにこの学園にだったら、いてもおかしくない気はしますが。
「うちはよく現れるぞ! とくにオレ様の部屋に!」
「えええ~~~っ!?」
一旦は驚きましたが。
考えてみれば、ヤンキーの家は古くからある名家で、とっても広い庭のある大きなお屋敷なのです。
庭には多種多様な植物なんかも植えられていて、幻想的な雰囲気と言ってもいいくらいですし、妖精がいてもおかしくないのかもしれません。
ヤンキー自身も夢見がちな性格だったりするから、そんな妖精がふらふらと引き寄せられて、部屋にまで住み着いたのかも……?
私の思考はすぐに、そうやって納得する方向へと進んでいきました。
おかしなことが起こりまくる学園に通っているせいで、感覚がマヒしてきているのかもしれません。
それはともかく。
私たちは物置部屋の掃除を開始しました。
手近な教室から掃除用具を拝借して、分担して床を掃いたり棚を拭いたりしました。
散らばっているようなプリント類など、捨てていいのか判断できない物は、とりあえずダンボールの中にまとめておきました。
窓を全開にして、ホコリっぽい空気も入れ替えました。
どうして私がこんなことをしなければならないのやら。
そんなことを考えながらも、ヤンキーには反抗できません。
それに、自主的に掃除をするなんて、ヤンキーにしては珍しく褒められるような行動ですし。
と、突然ヤンキーの大声が響きました。
「出たぞ! 妖精さんだ!」
「えええっ!? 本当に!?」
私が駆け寄ると、ヤンキーはある一点を指差して言いました。
「ほら、そこ! 茶色い妖精さん!」
茶色?
怪訝に思いながら視線を向けると、そこにいたのは……。
ゴキブリ、でした。
……あっ、なるほど、そういうことでしたか。
「綺麗にしないとダメだろ! だって妖精さんが現れるし!」
というのは、綺麗にしておかないと妖精さん(つまりゴキブリ)が現れるって意味だったんですね。
ゴキブリって言葉を使うのすら嫌だから、妖精さんと呼んでいたのでしょう。
なんとも紛らわしい。
もっとも私も、その名前を呼ぶことすら嫌だという思いは同じなのですが。
「アニキ! あたしに任せてください!」
サカコソと動き回る妖精さんに怖気づいている私たちの目の前に、釘バットが颯爽と飛び出します。
そして、
ぷち。
踏み潰しました。
「って、ちょっと! 釘バット!?」
「にししし! 一撃です!」
「いや、それはいいけど、上履きの裏……」
「完全に潰れてます! ほら! なんか出てきた液体もべちゃ~って!」
釘バットはなぜだか嬉しそうに、上履きの裏側を見せつけてきます。
「きゃ~~~~っ! そんなの見せないで~~~~!」
釘バットは、さすがに上履きにこびりついた残骸だけは、雑巾で拭い取っていましたが。
慣れているのか、それ以降も何度か出てきた妖精さんを捕らえては、紙袋の中に放り込んでいました。
その袋の中でガサゴソとうごめく音が聞こえてくるたびに、私の背筋には寒気が走ります。
どうでもいいけど、どうして生け捕りにするのでしょう。謎です。
なんだかんだと騒がしくなりつつも、掃除は進めていきました。
やがて物置部屋が随分と綺麗になってきた頃……。
ふわっと、
なにかが床の辺りから浮かび上がったかと思うと、窓から飛び出していくのが見えました。
「あれ? 今の……」
またあの虫が出て、飛んでいったのかな、とも思いましたが。
ただなんとなく、茶色や黒とかじゃなくて、ぼんやり光っていて、蝶みたいな羽がついていたような……?
その光景を、ヤンキーも見ていたのでしょう。
嬉々とした表情ではしゃいだ声を向けてきました。
「なっ? なっ? やっぱりいただろ!? オレ様の部屋と同じだ!」
「ヤンキーの部屋のは、茶色か黒光りしてるやつでしょ!」
「今度パシリの部屋にもおすそ分けしてやるよ!」
「そんなのいらない!」
飛んでいったのが本物の妖精さんだったのかは、結局わかりませんでした。
「あら、あなたたち、お掃除してくれたの~? ありがとう~!」
不意に女性の声が響きました。
日本史の並木先生。先日、火事があったときに私たちのクラスで授業をしていて、激しく慌てふためいていた先生です。
先生の話によれば、この物置部屋の整理を申しつけられ、嫌々ながら掃除を始めるところだったようです。
ドアを開けたままいなくなっていましたが、トイレにでも行っていたのでしょう。
「先生! 妖精さんのおすそ分けです!」
「あら、釘宮さん、ありがとう~! 妖精さん~? ふふっ、本当はなにかしら~」
並木先生は嬉しそうに、釘バットが差し出した紙袋を受け取りました。
……って、あれは……!
物置小屋に大きな悲鳴が響き渡ったのは、言うまでもありません。