第5話 カエルが鳴くから帰りましょう
清々しくて気持ちのいい朝です。
スズメさんも鳴いています。
お天気がいいと、気分もいいものですね~。
私は今、幼馴染みのヤンキーと一緒に、通学路を歩いているところです。
「おっ、今日はパジャマのズボンは、はいてないんだな!」
「当たり前だよ」
「でも、パンダのパンツはしっかりはいてるんだな!」
「ぎゃ~~~! スカートめくるなぁ~~~~!」
ま、ヤンキーと一緒に歩いていると、清々しさなんてすぐに吹き飛んでしまうのですが。
……というか、ヤンキー、私が今でもお気に入りのパンダ柄パンツを時々はいているって、思いっきり気づいてた……?
バレないように気をつけていたつもりなのに……。
「はっはっは! パシリがオレ様に隠し事なんて、できるわけないんだよ!」
「む~……」
なんでも筒抜けなんて、親友でもちょっと嫌です。
とはいえ、今に始まったことでもないので、気にしないでおきます。
ニワトリを見習って、嫌なことはさくっと忘れる。それが私のポリシーです。
重要なことも記憶からこぼれ落ちてしまうのが、玉にキズですが。
「それにしても、爽やかな朝だな! 空気が美味い! 鳥たちも歌をプレゼントしてくれてるぞ!」
「そ……そうだね……」
普段は粗暴な感じなのに、たまにこんなことを言い出したりするんですよね、ヤンキーって。
妖精とか小人とかサンタクロースとか、いまだに信じているみたいですし。
ただ、平穏学園での生活に慣れてくると、それくらいなら存在してもおかしくないと思えてしまいますが……。
「う~ん、焼き鳥食いてぇな!」
「…………」
あまりにも唐突でした。
歌をプレゼントしてくれた鳥たちを、焼いちゃうつもりでしょうか。
もっとも、ヤンキーの頭の中では話が完全に切り替わっていて、つながってはいなかったと思いますが。
というか、そう思いたいです。
まぁ、それはともかく。
平穏学園の正門が見えてきます。
平日であれば毎日必ず目にする朝の風景――。
ごくありふれた日常――。
ともあれ、ありふれていない存在が、そこには待ち構えていました。
ゲコッ。
いえ、鳴き声は発しませんでしたが。
正門を通り抜けた先で私たちを待ち受けていたのは、カエルでした。ゲコゲコッ。
といっても、普通のカエルではありません。
毒々しい、真っ赤な色をしたカエルです。黒い斑点のようなものもたくさんあります。
しかも……サイズは超巨大。見上げるほどの大きさでした。
清々しくて気持ちのいい朝だったはずなのに。
禍々しくて気持ちの悪い朝に早変わりです。
「ふむ。カエルが鳴いたら帰りなさいという格言があったな。よし、今日はズル休みだ!」
「鳴いてないし、格言でもないし、ズル休みって言っちゃってるよ!」
回れ右して本当に帰ろうとするヤンキーに、私はそれが自分の役目とばかりにツッコミを入れます。
「うるさい! ごちゃごちゃ言うと脱がすぞ!」
「やめて~、私のパンダ~!」
さすがに本当にパンツを脱がされそうになったわけではないですが。
というか、そこまでされたら、いくら親友でも訴えます。
「これは、イチゴヤドクガエルですね! ヤドクガエルは基本的に毒を持っている種類のカエルですよ! デンジャーです!」
突然、解説を加える声が響きました。
我らが友人、釘バットです。
釘バットは私たちと違って電車通学なので、駅から歩いてくるため、通学路としては逆方向になるのです。
「おお、ごきげんよう、釘バット!」
「ごきげんよう、アニキ!」
ごきげんよう、アニキ、という挨拶は、どうもイメージ的にしっくりこないなぁ、と思いますが。
それは置いておきましょう。
「ごきげんよう。でも釘バット、どうしてそんなことを知ってるの?」
「にししし! あたしはこういう、動物とか虫とかに関しては、とっても博識なのです!」
「自分で博識って、あまり言わないと思うけど……」
それはいいとして。
イチゴヤドクガエルですか……。
じっと、真っ赤で大きなカエルを見つめます。
「パシリ、食べてみれば? お前、イチゴ好きだろ?」
「死んじゃうよ!」
「いや、ヤドクガエルには無毒の種類もいるらしいです!」
「ほら、大丈夫そうだ!」
「大丈夫じゃない~! たとえ毒がなかったとしても、精神的な意味で死んじゃうよ! それ以前に、こんなに大きなの、食べられないよ~!」
「だったらお前が、パクッと食べられるほうで!」
「それもヤだよ~!」
私は何度も何度も叫び声を響かせました。
ヤンキーはいつもいつも、私をからかって楽しむんですよね。
たまには反撃したいところです。
……反撃したら、さらに3倍返しどころか100倍返しが来そうなので、やっぱりやめておきましょう。
ところで、少々疑問に思っていることがあります。
この赤いカエルがイチゴヤドクガエルだというのは釘バットから聞きましたが、ここまで大きなサイズのカエルなんて、実際にいるものなのでしょうか?
見上げるほどの大きさなのですから、優に2メートルは超えているはずです。
アマゾンの奥地とかになら、巨大生物とかもいそうではありますが……。
「当然ながら、いるわけがないです!」
あっさりと、釘バットからそんな答えが返ってきました。
だったら、このカエルっていったい……。
そこへ、急いで駆けつけてくる男子の姿がありました。
そして慌てた様子で、こんな言葉をかけてきます。
「すみません! これ、僕たち生物部の展示品なんです!」
なるほど、展示用のカエルでしたか。
「なんだ、作り物なのか~。でも、すごくリアルですよね~!」
安心した私は、カエルにぺたりと手を触れます。
べちゃっ。
なにやら、柔らかくてひんやりした上、粘り気まであるような気持ちの悪い感触が、手のひらを通じて伝わってきました。
「いや、普通に生きてますよ。展示するための、生きた標本ですから」
「ええええ~~~!? っていうか、私、触っちゃった~!」
「ヤドクガエルの毒は通常、自然のエサから作られるみたいですし、このカエルは卵からかえして飼育したものなので、毒はないと思いますが……。念のため、よ~く洗ってくださいね」
「きゃ~~~~! 洗ってくる~~~~!
もちろん私は、すぐさま水道で手を洗いました。
それはもう、手の皮がむけるのではないかというくらい、念入りに。
手洗い場から戻り、生物部員さんに話を聞いてみると、逃げ出したカエルはどうやら普通のサイズだったようです。
「じゃあ、どうして巨大化なんてしたの~?」
私の疑問に、
「巨大化するくらい、この学園じゃ、よくあることだろ!」
「ありますね!」
「うん、あるある」
ヤンキーと釘バットだけでなく、生物部員さんまで一緒になって、さも当然そうに頷きます。
「こ……こんな学校、嫌ぁ~~~!」
私の悲痛な叫びを聞いて、巨大イチゴヤドクガエルは「ゲコッ!」と、なんだか笑っているような鳴き声を響かせるのでした。




