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第4話 激しい火の手は突然に

「火事だ~~~~~~~!」


 誰か男子生徒の大声が聞こえると同時に、けたたましい非常ベルの音が鳴り響き始めました。

 授業中で静かだった教室が、一瞬にして騒然となります。

 クラスメイトはみんな、慌てて椅子から立ち上がりました。


「みみみみ、みなさん、あわあわあわ、慌てないで、ください!」


 生徒たちに声をかける先生が一番、慌てまくっているようではありましたが。

 避難訓練なんかの連絡もなかった以上、イタズラか、そうでなければ本当の火事ということになります。

 そして、本当に火事だった場合には、緊急放送があるはずです。


「ただいま、3階、家庭科室で火災が発生しました。生徒のみなさんは教師の指示に従って速やかに避難してください。繰り返します――」


 なんと、本当に火事でした!

 生徒たちの声がより一層大きくなります。

 それに合わせて、先生の慌て具合も増加の一途と遂げます。


「あわわわわわ、ちゃんと並んで、みなさん、押さないで階段に、それから喋らないで、校庭が……!」


 先生、焦りすぎです。

 ただ、そんな様子は伝染してしまうものなのか、生徒たちのあいだにも焦りが生じ始めていました。

 ともかく、私たちは素早くドアを開け、順番に廊下へと出ていきました。


 他のクラスの生徒も一斉に出てきてごった返す中、急ぎ足で廊下を進みます。

 ふと隣を見ると、ヤンキーが並んで歩いていました。

 その手に握られているのは……。


「ヤンキー、どうして枕なんて持ってるの?」

「緊急時は手近にあるものを持って逃げてしまうもんだろ、人間って!」


 まぁ、その主張自体は、わからなくもないのですが……。


「それはいいけど、どうして学校に枕を持ってきてるの~? しかもそれが一番手近にあったって……」

「なにを隠そう、寝てたからな!」


 なんとなく予想してはいましたが、それにしたって、授業中に枕を敷いて寝ているだなんて……。

 よく先生に注意されませんでしたよね。

 ……あの気の弱い先生じゃ、ヤンキーを注意するなんて大それたこと、できるはずもないですかね。


「授業中に枕を敷いて寝てるなんて、さすがですね、アニキ! その堂々たる態度、見習いたいです!」


 そんなことを言っている釘バットに手には、目覚まし時計が握られていました。

 どうやらこの子も、しっかり寝ていたようです。

 目覚まし時計なんかより、ケータイのアラームを使ったほうがいいような気もしますが。


「ふたりとも、学校になにをしに来てるのよ……」


 思わずため息がこぼれ落ちます。


「そういうパシリこそ、パジャマなんて持って逃げてんじゃねぇかよ!」


 目ざとく見咎められてしまったようです。

 思わず手に取って持ってきてしまったことに気づき、体で隠すように抱えていたのですが……。


「お前こそ、パジャマまで着て、寝る気満々だったんじゃないのか?」

「違うもん! さすがに授業中に着てたわけじゃないもん! ただ、制服の下に着たまま来ちゃって、すぐに慌ててトイレで着替えただけだもん!」


 言いがかりをつけてくるヤンキーに、私は反論を返しました。

 もっとも、そんな言葉も余計なことだったと言わざるを得ないのですが。


「とすると、スカートの下からパジャマのズボンが見えてる状態で、登校してきたってことだよな」

「う……」


 そのとおりです。


「寝過ごしたから先に行けと言われてパシリを置いてきたが、待っててやるべきだったな!」

「ヤンキー、気づいたら指摘してくれるんだ」


 やっぱりヤンキーは私の幼馴染みで大切な親友です。

 と思ったのも束の間のことでした。


「いや、指摘せずにおバカなパシリの姿を存分に楽しむ! 当たり前だろ!?」

「当たり前なんだ……」

「さすがです、アニキ!」


 それにしても、火災が起きて避難中なのに、こんなに騒いでいていいものでしょうか……。

 あまりよくはないとは思いますが。


 ともあれ、私たちがパニックに陥ることなく、意外に落ち着いていたのは、周囲に炎が見えず、煙も充満していなかったからなのでしょう。

 ですが、そんな状況もすぐに一変してしまいます。



 ☆☆☆☆☆



 校庭まで避難すると、校舎から火が出ているのが見て取れました。

 そして、あっという間に火の手は広がり、校舎全体に燃え広がっていきました。

 本当に、一瞬の出来事でした。


 校舎は完全に焼け落ちる勢いです。

 炎の勢いは凄まじく、校庭にいても顔が熱いくらいです。

 火の粉も次々と飛んできています。

 火事というのは恐ろしいものだと、改めて感じました。


 それにしても、校舎が全焼してしまったら、今後の授業はどうなってしまうのでしょう。

 かなり大変なことになってしまいそうです。


 と、ここでふと気づきました。


 こんな大火事なのに、消防車の姿もなければ、サイレンの音も聞こえません。

 非常ベルが鳴ってから、すでに三十分近く経っているのではないでしょうか。

 火事の通報から消防車の到着まで、ここまで時間がかかるとは思えないのですが……。


 じっと、炎に包まれた校舎に視線を向けます。

 次の瞬間、校舎の屋上からなにやらピンク色の物体が伸びていくのが見えたような気がしました。


「え? なにあれ……?」


 困惑する私の目の前で、そのなにやらヌメヌメした感じのピンク色の物体が伸びきったかと思うと、今度はベロンと舐めるように校舎全体を這い回り始めました。

 その結果。

 ほん数十秒くらい経過したあとには、校舎全体を焼け落とす勢いだった炎は、あとかたもなく完全に消え去っていました。


「え~っと、これはいったい……」

「つまり、この学園の校舎自体が生き物みたいなもんなんだろうな。眠っていたらいつの間にか炎に包まれていて、仕方なく自分の舌を使って舐めることで消火した。そんなところか!」

「おお~、さっすがアニキ! 鋭い洞察力です!」


 え~? そんなのあり~!?

 っていうか、校舎が生き物で、なおかつあんなに大きな舌があるって……。

 しかも、その舌で火事の炎を舐め取るだなんて……。


 さすがに納得のいかない私でしたが。

 周囲に目を向ければ、生徒も教師も、何事もなかったかのように校舎の中へと戻っていくところでした。


 私もすぐに教室へと戻りましたが、校舎内のどこにも、炎に包まれた痕跡なんて残っていません。

 あれだけの業火だったにもかかわらずです。


「はっはっは! ここはそういう場所なんだって! 被害がなくてラッキー、くらいに思っておけばいいだろ!」


 ヤンキーの言葉に、


「うん、そうだね~」


 私は現実逃避気味にそう答えることしかできませんでした。


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