第3話 トイレの花子さん
「やっぱ学園の不思議なことと言ったら、トイレの花子さんが基本だろ!」
「ベタだね……」
「目潰しっ!」
「ぎゃうっ!」
相変わらず、ヤンキーのツッコミは容赦がありません。
「でもアニキ! ほんとにベタだと、あたしも思います!」
「うむ! ベタで結構! ベタベタのべちょべちょだ!」
「べちょべちょは違うと思う……」
「鼻潰しっ!」
「ぎゃうっ!」
これはこれで痛かったのですが、目潰しよりはマシになった気がします。
「というわけで、ちらほらと噂に聞く、女子便所に行くぞ!」
「ヤンキー、言い方が汚いよ……。さっきはトイレの花子さんって言ってたのに、便所って……」
「歯潰しっ!」
「ぎゃうっ!」
……いえいえ、歯は潰れないと思います。
というか、歯に指をぶつけてきたヤンキーのほうが痛手だったのではないでしょうか。
「アニキ! 早く厠に行きましょう!」
厠って……。釘バット、あんたはいつの時代の人間ですか……。
ともかく、なにかに向かって一直線に突き進んでいるヤンキーを止めるすべなんて、私は持ち合わせていません。
単に女子トイレまで行くだけのことですし、躊躇するのも無駄というものです。
本当にトイレの花子さんがいたりしたら、さすがに怖いとは思いますが。
そんなことない……はずです。きっと……。たぶん……。
☆☆☆☆☆
「ここの女便に、授業中でもずっと閉まったままのドアがあるって噂だ!」
「ジョベンって略し方は、さすがにどうかと思うけど……」
「胸潰しっ!」
「ぎゃうっ!」
「すまん、潰れるほどなかった!」
「ひどい!」
推定Gカップのヤンキーから言われると、精神的ダメージが半端じゃありませんでした。
それはともかく。
確かに今は授業中だというのに、開いていないドアがひとつありました。
故障中で使えない、といった理由ではないでしょう。貼り紙なんかも見当たらないですし。
……なお、私たち3人は、授業はもちろんサボりです。
ヤンキーは、授業なんかよりも大切なことがある! なんて力説していましたが。
こんなことで、無事卒業できるのでしょうか。不安です。
「花子、いるか~? いるなら返事しろ~!」
ヤンキーは当然ながら怖気づくこともなく、大きな声を女子トイレ中に響かせました。
花子さん相手でも、さんづけなんてしない。それがヤンキーです。
返事は……ありませんでした。私はホッと安堵の息を吐き出します。
ですが、ヤンキーがそんなことで諦めるはずもありません。
閉まっているドアの下にある隙間まで視線を落とし、中をのぞき込んだのです。
トイレの床すれすれまで顔を近づけたので、ヤンキーの長い髪の毛は完全に床を這っている状態した。
ああ、もう、はしたない……というか、汚いです。
そう思っても口には出しません。
トイレの床についた髪の毛を顔面に巻きつけられたりなんて、されたくありませんからね。
「上履きが見えた! 中にいるのはこれで証明されたぞ! おとなしく出てこい、花子!」
それでも返事はありません。
「出てこないつもりか!? なら、ドアを蹴破ってやる!」
助走をつけ始めるヤンキーを、さすがに私は止めました。
「ダメダメダメ、器物損壊になるよ!」
「むぅ……そうだな……」
素直に蹴破るのはやめてくれたようです。
私の説得の賜物、というわけではなく、蹴破ろうとしたら自分の足のほうが痛いと気づいたのでしょう。
安心して手を離してしまった私も悪かったのですが。
次の瞬間、ヤンキーは勢いよく駆け出していました。
といっても、トイレのドアが蹴破られることはありませんでした。
ヤンキーは思いっきりジャンプして、ドアの上に身を乗り上げたのです。
うわぁ、すごい身体能力です!
勢い余って天井に頭をぶつけていたのは、ちょっとおバカっぽかった気がしますけど。
「いたっ! お前が花子だな!」
「ううう……はい、私が花子です……」
トイレの中から弱々しい声が聞こえてきました。
本当にトイレの花子さんがいるなんて!
もっとも、この学園の場合、それが当たり前とも言えるのかもしれませんが。
ただ、どうやらその考えは完全に間違っていたようです。
続けてトイレの中の花子さんから、こんな言葉が放たれました。
「私、1年4組の前澤花子です。お願いですから、ゆっくりトイレを済まさせてもらえませんか?」
涙まじりの声でした。
え~っと、これは……。
「ご……ごめんなさい!」
私は慌てて、トイレのドアからヤンキーを引きずり下ろしました。
☆☆☆☆☆
しばらくすると、ドアが開いて前澤花子さんが出てきました。
私たちに恨みがましい視線を向けています。
前澤さんは、当然ですが、学園の制服を身にまとっていました。
面識はありませんでしたが、上履きも指定のものですし、彼女がこの学園の生徒なのは間違いないでしょう。
話を聞いてみれば、前澤さんはおなかを壊しやすいようで、授業中にトイレに立つことも多いとのことでした。
クラスの人にでも聞けば真偽のほどはすぐにわかります。ですから、嘘ではないのでしょう。
「ちぇっ、ほんとに普通の生徒かよ! 不思議なことじゃなかった! 残念だゼ!」
ヤンキーは地団駄を踏んで悔しがっています。
ここまでわかりやすく悔しがる人なんて、なかなかいないのではないでしょうか。
悔しいです! のお笑い芸人さんくらいかもしれません。
「期待に添えられなくてごめんなさいね」
「いえ、前澤さんが謝るのは、おかしい気がします」
「いやいや、謝るべきだろ! なんとも人騒がせな!」
「どっちが人騒がせなんだか……」
『まったくよ……』
「どうでもいいけど、ヤンキー、髪洗ったほうがいいよ~?」
「ん? オレ様の髪が汚れてるだと? 仕方がない、パシリで拭くか」
「きゃ~~~! 制服にこすりつけないで~!」
「だったらアニキ! 顔面に巻きつけてやるのがいいと思います!」
「ちょっと、釘バット!? あなた、わかってて言ってるでしょ!」
「さて、なんのことやら~?」
「ふふっ、騒がしい人たちね」
『はぁ……騒がしすぎよ……』
「とにかく、残念な結果に終わったが、今回の不思議ちゃん探検隊の活動は、これにて終了だな!」
「アニキ、お疲れ様でした! 今回も大活躍でしたね!」
「そうだろうそうだろう!」
「なにも活躍なんてしてないじゃない……。前澤さん、ほんと、ごめんなさいね」
「いえいえ、いいわよ。でも、二度とトイレの邪魔なんてしないでね?」
「未来のことなんて、オレ様にはわからねぇな!」
「さっすがアニキ!」
「ちょっとは自重しろ~!」
『そうだそうだ、二度と来るな~!』
「ま……帰るとすっか。そろそろ授業も終わるし」
「やっぱりサボりたかっただけなのね、ヤンキー……」
こうして私たちは、トイレからぞろぞろと出ていきました。
前澤さんとはトイレの前で別れ、私たちは教室へと向かったのですが。
そこでふと気づいてしまいます。
トイレから出てくる際、私たちはごちゃごちゃと喋っていたわけですが。
なんか、私たち3人でも前澤さんでもない、別の声がまざっていたような……。
……………………。
……………………。
……………………。
忘れましょう。
私、怖い話は嫌いです。