第2話 学園長さんの秘密
「さて、不思議ちゃん探検隊としての最初の仕事だ!」
「べつに仕事ってわけじゃないと思うけど……」
「デコピン!」
「はうっ!」
余計なことを言うと、おしおきされてしまいます。
というわけで、ヤンキーのデコピンを食らった私は、口をつぐみます。
「さすがアニキ! 幼馴染みでもまったく容赦しない姿勢! あたしも見習いたいです!」
「はっはっは、そうだろうそうだろう!」
「…………」
釘バットがヤンキーを持ち上げ、気分よくさせています。
狙ってやっているわけじゃなく、本気で思っていることを言っているだけ、というのがすごいところですが。
なんというか、ツッコミくらいは入れたい場面でしたが、懸命に堪えます。
赤くなった額に再びデコピンを食らうのは、いくら私でも避けたいですから。
デコピンどころか顔面キックすら食らうことのある私ですけど、だからといってデコピンならOKとはさすがに思えません。
「ま、とりあえず、最初だからな……」
「小さいことから、って感じ?」
「デコピン!」
「はうっ!」
質問すらさせてもらえませんでした。
「パシリは黙って聞いとけ! パシリのくせに生意気だ!」
ジャイ○ンとのび○くんの関係みたいです。
まぁ、無駄に波風を立たせる必要もありません。私はお口にチャックします。
「まずは、学園のトップの秘密をあばく!」
「おおっ、さすがアニキ! いきなりボス戦ですね! 漢らしいです!」
「うむっ! 不思議ちゃん探検隊として、ボス戦は避けられないのだ!」
「……どうしてそうなるの?」
「デコピン!」
「はうっ!」
私のお口のチャックは、そっこうで壊れる不良品でした。
ともかく、話の続きを聞いてみます。
どうせどんな展開になろうとも、私は巻き込まれてしまう運命にあるとは思うのですが。
ヤンキーは大きな声で、こう宣言しました。
「校長はハゲだと決まってるのに、うちの校長はハゲてない! ということは、言うまでもなくヅラのはず! それを我々は確かめねばならないのだ!」
「おお~! そうですね! さすがアニキ、冴えてます! まさに不思議ちゃん探検隊のファーストミッションに相応しいです!」
「はっはっは、そんなに褒めるな、照れるじゃねぇか!」
「いや、あの、うちの学校の場合、校長っていうか学園長だし、そもそも女性だから、ハゲってことはないと……」
「デコピン!」
「はうっ!」
問答無用で黙らされます。
「早速、校長室に行くぞ!」
「合点でさぁ、アニキ!」
「……一応言っておくと、学園長室だよ~」
「どっちでも同じだろ! 細かいことは気にするな!」
「…………」
デコピン覚悟で進言したのに、反論はあったものの攻撃はされませんでした。
それはそれで、なんだか物足りないと思ってしまった私って、ちょっとおかしいでしょうか……。
☆☆☆☆☆
「たのも~~~~っ!」
ヤンキーが学園長室のドアを蹴破る勢いだったので、私が先回りしてドアを開けたところ、開口一番、こんな言葉が飛び出しました。
ある意味、想像どおりではあったのですが。
「いや、道場破りじゃないんだから……」
反射的にツッコミを入れてしまいます。
デコピンは来ません。代わりに蹴られました。
両腕は偉そうに組んでいる状態でしたから、これも想定内でした。
……想定内でも避けられない。私の反射神経の鈍さを物語っているのかもしれません。
「ん? なんですか、あなた方は」
さすがに困惑顔の学園長さん。
「オレ様はヤンキーだ!」
その名乗りは、いろいろマズいと思いますが……。
「そしてあたしは、釘バット!」
「ごめんなさい、私はパシリです……」
「3人合わせて、不思議ちゃん探検隊だ!」
釘バットまで名乗ってしまったため、私も続かざるを得ませんでした。
平穏無事な高校生活さん、サヨウナラ。
そもそもうちの学園の場合、平穏学園なんて名前ながら、普段からして全然平穏ではないのですが。
そのせいで、不思議ちゃん探検隊なんてグループが結成されてしまったわけですし。
「それで、この私になんの用ですか?」
この状況で、ここまで冷静に対応できるというのは、とてもすごい人なのかもしれません。
もっとも、学園長さんの威厳らしきものが保たれていたのは、この瞬間までだったのですが。
「ズバリ! あんた、ハゲだろ? その髪の毛はヅラなんだろ?」
「な……なにを言っているのですか!?」
「ふっふっふ、ネタは上がってるんだ。素直に吐いちまいな! そうすれば楽になるゼ?」
いったいいつどこでどんなネタが上がったというのでしょう。
ですが、こんなふざけたヤンキーの言葉を受けて、なぜだか学園長さんの顔には動揺の色が見え始めていました。
「ヅ……ヅラなんかではありません!」
「ほほ~う? だったら実際にはどうだって言うんだ? あぁ~ん?」
「そ……それは……」
汗をだらだら流しながら、学園長さんは視線を逸らします。
なんとなく、話は見えてきました。
部分カツラという可能性は捨てきれませんが、女性なので完全なヅラということはないと思います。
とはいえ、結構なお年なのは確かです。
それなのに学園長さんの髪は、なかなか素敵な茶髪でした。さすがにツヤこそあまりないものの、染めているのは明らかだと言えます。
年齢から考えたら当たり前だとは思うのですが、それでも本人は気にしているに違いありません。
ヤンキーがそこまで考えていたかはわかりませんが。
それを認めさせて、学園長さんの秘密を暴いたという達成感みたいなものに浸りたい、といったところなのでしょう。
そんな私の考えの先を行ってしまうのが、ヤンキーの性質とも言えるようで……。
「そ……そうですよ、私は髪を染めています。悪いですか!?」
開き直りとも取れる学園長さんの言葉に、ヤンキーはニヤリといやらしい笑みをこぼします。
「だったらわかりやすく、紫色に染めろ!」
「そ……そんなお婆さんみたいな色、私は嫌です!」
「ほほう? あんた、年齢は?」
「ご……59ですよ……」
「お婆さんじゃん!」
「うう……ひどい……」
あ~あ、お婆さん……じゃなかった、学園長さんを泣かせてしまいました。
釘バットは釘バットで、まだヅラ説を諦めきれないのか、無理矢理学園長さんの髪の毛を引っ張ったりしてますし……。
ヤンキーは、相手を泣かせて優越感に浸っているのでしょう。
いじめっ子ですか、あなたは。
それにしても、学園長さん、とてもかわいそうです。
人には隠しておきたいことなんて、ひとつやふたつくらいは必ずあるものですよね。
私だったら、いまだにパンダ柄のパンツをはくことが、ときどきあるとか……。
わっはっはと満足気な笑い声を響かせるヤンキー、泣いている学園長さん、そしてその髪の毛を引っ張りまくっている釘バット。
そんな学園長室の光景を目にして、私は――、
逃げました。
学園長さん、ごめんなさい。私なんかじゃ、助けてあげることはできません。
……考えてみれば、本名こそ言わなかったものの、あんな名乗りを上げていたのですから、逃げたところで責任逃れできるはずもなかったのですが。
私がそのことに思い至ったのは、完全に逃げきったあとでした。
後日談。
あんなことをしでかした私たちでしたが、とくに咎められたり処罰を受けたりはしませんでした。
また、逆に学園長さんが嫌になって辞めてしまう、といった展開にもなりませんでした。
私はホッと胸を撫で下ろしました。
ただ……どこかで学園長さんと偶然ばったり出会っても、あたしたちとは視線すら合わせてくれなくなってしまいましたが……。