第17話 屋上ジャンピング
「う~む……」
なにやらヤンキーが眉間にシワを寄せて考え込んでいます。
時間は放課後。普段なら、不思議ちゃん探検隊の活動だ~と息巻いているところですが。
どちらにしても、ヤンキーのせいでひどい目に遭うことが多い私としては、悪い予感しかしません。
「アニキ、どうしたんです?」
「ああ、やっぱり学園長は怪しいよな」
まだ悩んでいたんですね。
私としては、また別の突拍子もない調査とかを考えているのではないかと思っていたのですが。
あ、でも、学園長さん絡みだったとしても、なにかとひどい目に遭ったりする機会は多いと言えるでしょうか。
「うん、そうだね。私もそう思う」
とりあえず、素直に相づちを打っておきます。
実際のところ、学園長さんが怪しいのは確かなのですから。
「前回はお客様が来て、結局追求できなかったし……」
「そう、そうなんだよ!」
急に大声になるヤンキー。
「あの素敵なご老人、絶対に学園長の恋人だよな!」
あっ、そっち方面に食いついてしまったんですね。
「なんか、悔しいゼ!」
しかも嫉妬まじりですか。
「でしたら、また学園長室に押しかけて、シメちまいますか? アニキ!」
「ちょ……っ! 学園長さんをシメるなんて、そんなのダメよ~!」
「わかってるって! そんなことはしない。学園長も怪しいが、この学園自体の怪しさってのもある。だからオレ様としては、じっくりと証拠を集め、外堀を埋めていくべきだと思うんだ」
「お……おお~」
「さっすが、アニキ!」
釘バットはいつもながら深く考えていないようですが、私としては驚きでした。
あの猪突猛進型のヤンキーが、そんなまどろっこしい手段に打って出るだなんて。
……途中でめんどくさくなって投げ出したりしそうな気もしますが。
「ともかく、考えがある。まずは屋上へ行くぞ!」
私たちは意気揚々と走り出すヤンキーを追って、一路、屋上を目指しました。
☆☆☆☆☆
屋上といえば、通常はカギがかかっているものですが。
ヤンキーは難なくカギを開けて屋上へと出ました。
あらかじめカギを入手してあったのでしょう。
「すでに準備もしてある」
「準備……?」
よく見ると、屋上の真ん中になにか置いてあります。
あれは――。
「トランポリンですね!」
「ああ、そのとおりだ」
そう、それは結構大きめなトランポリンでした。
体育倉庫辺りにでも置いてあったものと推測できますが、どうやって持ち出して、どうやって運び入れたのでしょうか……。
私の疑問なんて完全無視で、ヤンキーは話を続けます。
「調査をするなら、なるべく高い場所からするべきだ。ってことで、屋上からトランポリンで飛んで周囲を見回すのが最適だと思ったたのさ」
「おおっ、さすがです、アニキ!」
「いやいや、意味わからないから」
私のツッコミは、当然無視されます。
ま、べつにいいんですけどね。慣れてますし。
「それにしてもヤンキー、勇気あるね。屋上でトランポリンなんて」
「飛ぶのはパシリだけどな!」
………………。
な、なんですと!?
いえ、ある意味お約束どおりの展開と言えなくもないですが、それにしたって……。
「ちょ……私、運動苦手だし、無理……」
辞退を申し出ようとする私でしたが、ヤンキーと釘バットによって問答無用に体を抱えられ、トランポリンの上へと投げ込まれます。
安定しない足もとに、立ち上がるのもひと苦労です。
「さあ、パシリ。飛べ!」
「ううう~~~」
どうしてこんなことに……。
そうは思いますが、ヤンキーには逆らえません。
「あの、でも私、スカートだよ?」
「気にするな! どうせここにはオレ様たちしかいない!」
「そうですよ、パシリ! じっくり録画はさせてもらいますけどね!」
「釘バット、それはやめて~!」
「いいから飛ぶんだ! パシリ、お前は風になるんだ!」
「わ……わかったわよ~」
どうにか飛んでみます。
意外に気持ちいいです。
本当に風になれそうな気分です。
とはいえ、周囲の景色が遠いです。
随分と強力なトランポリンのようで、屋上の柵よりも高くまで飛び上がっています。
これはちょっと……というか、かなり、怖い……!
と思った次の瞬間でした。
ブワッ!!!
凄まじい風が私の全身を包み込んだのです。
ああっ、私は本当に風になりました!
……などと言ってはいられません。
感覚でわかりました。私の体が強風にあおられ、横方向に流されていったのです。
怖さで目はつぶったままですが、ジャンプの頂点で強風に吹き上げられ、しかも横方向に流されました。
とすると、私が落下していく先は、トランポリンの上どころか、屋上の床からも外れ、地面ということになるのでは……。
四階建て校舎の屋上、しかもトランポリンを使って飛び上がった位置からの落下になります。
うん、助かりようがありません。
やけに時間がゆっくりに感じられます。
今まで十五年間ちょっと生きてきて、総じて幸せな人生……ではなかったかもしれません。
ヤンキーのせいで、随分と苦労させられた気がします。
ともあれ、そういった様々な苦労も含めて、楽しく過ごせていたと思います。
ただ、そんな日々も、これで終わってしまうんですね。
さようなら、みなさん。
お父さん、お母さん、こんなことになってしまって、ごめんなさい。
そろそろ、固い地面にぶつかる頃でしょうか。
できればあまり、痛くしないでほしいかな……。
べちょん。
…………おや?
突然、全身が生温かくてねちょねちょした妙な感触に包まれした。
そしてそのすぐあと、軽い弾力が体の下に感じられ、私はトランポリンの上に横たわっていることを悟りました。
「パシリ、大丈夫だったか?」
「え? あ……うん」
のそのそと起き上がります。
目の前では、ヤンキーと釘バットが心配そうな視線を向けてくれていました。
「私、どうなったの……?」
その問いに、ふたりは顔を見合わせると、
「まぁ……帰ろうか」
とだけ言って、さっさと屋上から出ていってしまいました。
☆☆☆☆☆
「さっきな……」
下駄箱で靴に履き替え、昇降口を出たところで、ヤンキーが先ほどの件について語り出しました。
やっぱり私は、急な強風にあおられて、屋上から落ちそうになったのだそうです。
そのとき、とある物体が現れました。
それは、ヌメヌメした感じのピンク色の物体だったといいます。
「あ~、それってあの、火事のときに見た、あれ……?」
「うむ。おそらくそうだ」
校舎全体が炎に包まれた際、どこからともなく伸びてきて、火を舐め取るようにして消し去った物体……。
舌のように見えたあの物体が、私を転落から救ってくれたと、そういうことだったようです。
「それじゃあ、あのときヤンキーが言ってたみたいに、本当に校舎が生きてるってことなのかな?」
「きっとな」
だからこそ、あのまま屋上で語るのは控えておいたのだと、ヤンキーは語ります。
「あっ、そうすると、以前廊下を走ったときに、空間が歪んで足もとが引っかかったのも……」
「校舎が意思を持ってやっていた、ってことになりますね!」
「うむ。廊下を走ってはいけない、というのは校則だから、守らせるためにやっていたんだろうな!」
「ほんとに、そうなのかな……?」
私たち3人は、疑問を浮かべながら校舎を見上げてみました。
うんうん。
なんとなく……校舎がこっち側に向かって微かに傾き、頷いたように見えました。




