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第16話 バケツを持って廊下に立ってなさい!

 いきなりですが。

 私たちは今、バケツを持った状態で廊下に立たされています。


 私たちというのは言うまでもなく、私とヤンキーと釘バットの3人です。

 朝、正門の前で合流した私たち3人は、お出迎え天使さんの罠にかかり、今日も今日とて、遅刻してしまいました。

 その結果が、今のこの状況なのです。


 天使さんのせいで遅刻してしまったのは、このクラスに限ったとしても、べつに私たち3人だけというわけではなかったのですが。

 普段の行いが災いしたと言えばいいのでしょうか。

 なぜだか私たちだけが、こんな罰を受けるに至っているのです。

 なお、遅刻したのは天使さんの像のせいだ、なんて理由が通るはずもありません。


「がははは! 天使の彫像のせいで遅刻だぁ~? なに寝ぼけたことを言ってるんだか! そもそもお前らは、普段から素行が悪すぎるからな! 俺や並木先生の授業をよく抜け出したりもしてるし!」


 とっても適当な担任の浅田先生ですが、私たちの悪行についてはしっかりと把握していたようです。

 ……堂々と授業を抜け出していたのですから、当たり前といえば当たり前なのですが。


 私たちはこれまでも、遅刻や授業のサボリなんて日常茶飯事でした。

 それなのに、どうして今さらこんな、目くじらを立てて怒られてしまったのでしょうか?

 その理由は、どうやら学園長さんにあったようです。


「ま、俺はべつに構わないと思ってるんだがな。遅刻といってもまだホームルームだし、授業を聞かないのは自分に跳ね返るだけだし」

「だったらお咎めなしでいいじゃないか!」

「そうだそうだ~!」


 ヤンキーや釘バットはもちろん、担任の先生にだってタメ口です。

 それが自然の摂理というものなのです。

 余計に反感を買いそうな気はしますが、ふたりの言葉に関しては、私も同意したいところです。

 ただ、対する浅田先生の答えは、こうでした。


「学園長から、風紀を乱すような生徒をしっかり指導するようにとのお達しがあったからな! 学園長命令では、一介の教師である俺たちには逆らえないんだよ!」


 そんなわけで。


「とにかく、お前ら! バケツを持って廊下に立ってろ!」


 となったのでした。

 しかも、バケツにはしっかり水を入れること、との指示も添えて。


 ぷるぷるぷる。

 私の手は、異常なほどに震えています。

 なにせ、か弱い女の子ですからね、私は。

 水がいっぱいに入ったバケツを持って立っているなんて、そんな状況に耐えられるはずもありません。


 とはいえ、さすがにバケツを落っことしてしまうのは避けたいです。

 今受けている罰に加えて、廊下掃除まで課せられるのと同じことになってしまいますし。

 どうでもいいですけど、高校生にもなってバケツを持って廊下に立たされる経験ができるとは思ってもみませんでした。

 でも、大丈夫です。もうすぐホームルームの時間は終わりですから。


 浅田先生だって、なんの考えなくこんなことをさせているわけではありません。

 問題にならないよう、ホームルームの時間だけ、と限定しているのです。

 つまり、授業を受けさせない、という状況ではないからOK、という判断なのでしょう。


 それで本当にOKなのか、よくわかりませんけどね。

 だいたい今の世の中、バケツを持って廊下に立たせるだけでも、体罰とか騒がれて問題視されそうですし。

 遅刻した私たちに非がある上、授業サボりの常習犯でもある身では、反論できるはずもありませんが。


 ともあれ、ちょっと納得がいかないのは、こんなにも苦労しているのが私ひとりだけだということ。

 ヤンキーがバケツにいっぱい水を入れて、私に手渡してくれたのですが。

 他のふたりのバケツには、ほんのちょっと……バケツの5分の1以下くらいの水しか入っていないのです。


 そのことに、浅田先生は気づいていません。

 だからといって、告げ口するわけにもいかないでしょう。

 ヤンキーとパシリから、どんなひどい逆襲を受けてしまうか、わかったもんじゃありませんからね。


 やがて、ホームルームが終わると、


「よ~し、お前ら、バケツはしっかりロッカーに戻しとけよ~!」


 そんな指示だけを残し、浅田先生は教室から去っていきました。

 こうやって罰を受けたくなかったら二度と遅刻なんてするなよとか、そういった注意なんかもありませんでした。

 う~ん、やっぱり適当な先生です。



 ☆☆☆☆☆



「しっかし、どうして遅刻したくらいで怒られるんだろうな?」

「まったくですね、アニキ!」


 文句たらたらのヤンキーと釘バットですが、そんなの当たり前でしょ、なんてツッコミはしません。

 余計なことを言って総攻撃を食らうのもバカらしいですから。


 だけど、私としても少々不可解に思っているのは事実でした。

 遅刻して怒られたことに対してではありません。

 どうして今さら……ということです。


「それに、遅刻は天使の彫像のせいなのにな! あれってもしかしたら、遅刻者を増やすために設置したんじゃないのか?」

「いやいや、それはないでしょ~?」


 あっ、ついツッコミを入れてしまいました。

 無意識の習慣とは恐ろしいものです。


「ですが、パシリ。あの天使の彫像、このあいだの朝、突然正門の前に置かれてましたよね? どこから来たっていうんです? 勝手に歩いてきたとでも?」

「それはないと思うけど」

「だが、喋ってるぞ? 手足や羽なんかも動かしてるぞ? しかも、罠を仕掛けて遅刻させようとしてくるぞ?」

「う……そうね……」


 どこから来たのかはともかく、普通でないのは明らかです。

 だからといって、遅刻者を増やすために学校側が設置したとは、到底思えませんが。

 そんなことをしても、まったく利点なんてないと思いますし。


「だが、誰かが彫像を勝手に置いたというのも考えにくい。あんな重い物体、イタズラで置くにはデカ過ぎるだろ。台座部分だけでもかなりの重量になるはずだ」

「そうだね……」


 ヤンキーがまともな意見を述べていることに驚いたりしつつも。

 私は頷くしかありませんでした。


「学園長からあんなお達しがあったというのも、タイミング的に妙ですよね!」

「うむ。とりあえず、学園長が怪しいな!」


 釘バットの指摘に、ヤンキーは自信満々の様相で言い張ります。

 なんとなく、学園長さんのヅラ事件のことが思い出されました。

 いえ、ヅラではなく染めているだけだったわけですが。


 あれ以来、学園長さんは私たちを避けているようで、視線すら合わせてくれません。

 それなのに、


「直接聞きに言ってみよう!」


 ヤンキーはためらうことなく宣言します。

 私は一抹の不安を覚えつつも、やっぱりヤンキーには逆らえないのでした。



 そんなこんなで、学園長さんに逃げられたりしないよう、こっそりと追いかける私たち。

 学園長室に入った瞬間を見計らって、3人揃って押し入ります。


「わっ!? なんだい、あんたたちは!?」

「学園長! 聞きたいことがある!」


 学園長さんに対してもまったく怯まない。それがヤンキーです。

 哀れ、学園長さん。今回もヤンキーによってひどい目に遭わされてしまうのでしょうか、と思いきや。


「わ……悪いけど、これから大事なお客様が来ることになってるんだよ。早々に出ていってもらえないかねぇ?」

「ふっ、そんな手には――」


 乗らない、と言おうとしたのでしょうが。

 ヤンキーが言い終える前に、ノックの音が響き、すぐさま学園長室のドアが開かれました。


「おや? 生徒さんですかな?」


 入ってきたのは、見かけたことはないと思いますが、結構お歳を召した男性の方でした。

 ロマンスグレーの髪の毛が、とても上品な雰囲気を漂わせています。


「ええ。もう帰らせますから、お気になさらず。……ほら、あんたたち、帰った帰った!」


 学園長さんからそう言われると、ヤンキーは珍しく素直に従い、軽く一礼して学園長室から出ていきました。

 釘バットと私も慌ててあとを追います。


「ヤンキー……?」


 見ず知らずの人が現れたからとはいえ、あんなにあっさり引き下がるなんて、ヤンキーらしくありません。

 私は心配して声をかけてみたのですが。


「はぁ……。あの人、とっても素敵だったな……」

「おじいちゃん趣味なだけかい!」


 思わずツッコミを入れてしまったのも、ごく当たり前の反応だったと言えるでしょう。


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