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第15話 お出迎え天使さん

「ごきげんよう、アニキ、パシリ!」

「お~、ごきげんよう、釘バット!」

「ごきげんよう~!」


 一緒に投稿していた私とヤンキーは、正門の前で釘バットと合流し、朝の挨拶を交わします。

 暖かなお日様の光と爽やかな空気に包まれて、とっても清々しい気分です。

 正門を通り抜けると、目の前に天使さんが笑顔を輝かせておりました。


 …………えっ?


「おはようございます、平穏学園の生徒の皆さん!」


 にっこりとまばゆいばかりの笑みを浮かべながら、私たち3人と、他にも登校してきていた生徒たち全員に向けて、心地よい挨拶の声をかけてくれた、その天使さん。


 うん。天使さん……で間違いないと思います。

 だって、背中からは真っ白な羽が生えていて、頭の上には天使の輪もしっかりとあるのですから。

 全体的に真っ白でふんわりした衣装に身を包み、衣装に似合った色白の腕をそっと伸ばし、私たち全員を包み込んでくれるような仕草で微笑みを送ってくれています。


 清々しい朝をさらに清々しく演出してくれる存在、と言えなくもありませんが……。

 ゲームの中とかだったらともかく、現実のこの日本の登校風景としては、あまりにも異質すぎる状況です。

 ……もっとも、普通の学校であれば、という限定つきになりますが。


「おはようございます、天使さん!」


 生徒たちは、普通に挨拶を返して、何事もなかったかのように通り過ぎていきます。

 正門の先に天使が立っていて、おはようの挨拶をしてくる。

 その程度、ここ平穏学園ではごくごく普通で日常的な出来事でしかないのです。


 ……なんて考えて、黙って見過ごせるような人ばかりとは限りません。

 一部の生徒たちが、その場で立ち止まって呆然としています。

 かくいう私たちだって、黙っていられるような性格ではないわけで……。


 私たち3人の場合、完全に興味本位ということになりますが。

 なんたって、不思議ちゃん探検隊なのですから。


 よくよく見てみると、天使さんは地面に立っているわけではありませんでした。

 かといって、背中の羽で空中に浮かんでいるわけでもありません。

 天使さんの足もとには、台座らしきものが存在しています。

 1メートルくらいの高さでしょうか、石の台座の上に天使さんが立っていて、私たちを見下ろしているような状態でした。


「なるほど、彫像だな!」


 ヤンキーが結論づけます。

 うん、そうなりますよね。

 正門を抜けた先、校舎へと続く道のど真ん中に彫像が置かれているというのは、随分と非常識な気もしますが。


 それに……。


「うふふふふ」


 いまだに微笑み続けている天使さんは、色白のすべすべの肌をさらしていて、身にまとっている真っ白な衣装も絹のようなサラサラした生地です。

 さらには、ふわふわでウェーブがかった髪も風に揺れています。

 どう考えても、石やら金属やらで形作られた彫像だとは思えません。


「でもさ、ヤンキー。天使さん、喋ってるよ? 手とかも動いてるし……」


 私の指摘に、ヤンキーは台座の上に乗っかり、ぺたぺたと天使さんの全身をまさぐり始めました。


「あんっ!」


 なんだか艶かしい声を発する天使さん。


「柔らかいな! だが、彫像だ!」

「そうですね! アニキが言うなら、間違いないです!」


 いつもながら、釘バットは脊髄反射的にヤンキーの言うことを鵜呑みにします。


「もう、なに言ってるのよ~! 柔らかい彫像なんて、ありえないでしょ~?」


 すかさず反論する私だったのですが、


「いえ、わたくしは彫像ですわ~!」


 天使さん本人から否定されてしまいました。


「……って、本当に彫像なの……?」

「ええ」


 本人が言うのですから、そうなのでしょう。

 喋ったり動いたりしてはいますが、この学園ですし、そういうことも往々にしてあるんですよ。

 若干投げやりな感じで、自分自身に言い聞かせます。


「体を動かすことはできても、どうやら台座からは降りられないみたいだな!」

「はい、そうなんですの」

「男子生徒が触りたがってます!」

「逃げられないから、触り放題だな!」

「はう……。そういうことは、おやめください……」(うるうる)


 天使さん、涙まで流しています。

 そんな姿を見せられたら、男子もさすがに触ったりなんてできないでしょう。

 どうでもいいですけど、いくら女性の姿をしていて柔らかくて喋ることもできるような相手だとしても、彫像を触って嬉しいものなのでしょうか……。


 それにしても、喋るだけじゃなくて、笑ったり泣いたりまでできるなんて。

 彫像なのに、なぜそんなふうになっているのでしょう?

 私の疑問を感じ取ってくれたのか、天使さんが語り始めます。


「わたくしも昔は、青銅で作られた普通の彫像だったんです。ただ、天使の姿で作られたためか、多くの人に愛されていました。

 作られた場所は公園で、人々の憩いの場だったのですが……。都市開発計画の一環として、古びていた公園は取り壊されることになりました。

 それに合わせて、彫像であるわたくしも撤去される流れとなったのです。いえ、撤去というよりも、処分、ですね。どこかに運ばれて、溶かされてしまう運命だったに違いありません。

 公園の工事が始ると、たくさんの重機が公園内に入ってきました。そしてすぐに、わたくしのすぐそばまで迫ってきました。

 そのときでした。人々が反対運動を起こしてくれたのです。この彫像は自分たちの心の支えだから、処分するなんて許せないと。

 そんな皆さんの温かな気持ちが彫像の中に宿り、わたくしはこうして意思を持ってお話できるまでになれたのだと思います」


「そうだったんだ……」


 私たちも、他の生徒たちも、ゆっくりと紡ぎ出される天使さんの言葉に聞き入っていました。

 そこで鳴り響いてくる音――。


「あっ、チャイム……」


 でも、校舎へ向かって駆け出すような人は誰ひとりとしていませんでした。

 天使さんの話を聞いて、ちょっぴり切ない気持ちになっていたからです。

 それなのに、その気持ちを切り裂く言葉が放たれます。しかも、天使さん本人の口から……。


「は~い、これで遅刻ですね、皆さん!」

「えっ?」


 天使さんに視線を向けてみると、やっぱり笑顔ではあったのですが、それはついさっきまでと違って、なにやらいやらしい感じの笑い方に変わっていました。


「今の話は、真っ赤なウソで~す!」

「なんだと!? こいつ……!」

「ひどいです、この天使! 天使じゃなくて悪魔です!」


 ヤンキーと釘バットが抗議の声を上げますが、天使さんはコロコロと笑い声をこぼすばかりです。


「ふふっ、悪魔はおやめくださいませ! 小悪魔くらいですわ!」


 悪魔はダメで、小悪魔はいいんですね。

 というか、それはそれで、ちょっと違う気もしますが。


「わたくし、生徒の皆さんを遅刻させるの生きがいですの!」

「生きてないだろ!」


 ヤンキーがツッコミを入れても、天使さんの笑顔は崩れません。

 すでに私たちは遅刻してしまったのですから、天使さんにとっては大成功、ってことなのでしょう。


「……って、早く教室に行かないと!」

「そうだな! くそっ! こんな天使なんかに構ってなければよかった!」

「全速力です! Bダッシュです!」


 ともかく、すでに遅刻ではありますが、だからといって行かないわけにもいきません。

 私たちは急いで教室へと向かいました。



 ちなみに。


 翌日からも天使さんは様々な手を使って、私たち生徒を遅刻させようと罠を仕掛けてくるようになり、数日後にはすっかり小悪魔のお出迎え天使さんとしての立ち位置を確立することになります。

 いったいなにが楽しいのか、私にはわかりませんが……。


 その結果として、私は友人たちふたりとともに、遅刻の常習犯となってしまうのでした。

 ……スルーしてしまえばいいんでしょうけど、ヤンキーと釘バットがいたら、そんなのは無理ってものなのです。


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