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第14話 花壇にて

 それはとても日差しが心地よい、晴れ渡ったある日のことでした。

 お昼休みになり、せっかくこんなにいい天気なのだからと、外でお弁当を食べようという話になりました。

 靴に履き替えた私たちは、どこがいいか考えた末、中庭にある花壇に目をつけました。


 ……第10話とまったく同じ出だしですが、気にしてはいけません。


 ともかく、花壇の外周を囲っているレンガに腰かけ、お弁当を広げます。

 もちろん、ヤンキーと釘バットも一緒です。


 今日はおむすびではないので、コロコロ転がっていったりはしません。

 転がっていったとしても、近くに池もないですから、女神様が出てくることもありません。

 安心してお弁当に集中できます。


 一心不乱に食べていたので、あっさりとたいらげてしまいました。

 ヤンキーと釘バットはまだ食べている途中です。

 ……うん。私のお弁当が小さいから、先に食べ終わったってだけのことですね。


「いやいや、パシリの弁当箱は、むしろオレ様たちよりもでかいだろ!」

「アニキの言うとおりです! さすがパシリです! 食い意地が張ってます! 食い意地の女王様です!」

「ちょっと、地の文にツッコミを入れてこないでよ! それに、変なあだ名をつけないで!」


 そりゃあ、確かに少しばかり、おなかがぽっこりしてきていなくもない現状ではあるのですが。

 人間は食欲には絶対に勝てないようにできているのです。それが自然の摂理というものなのです。


「パシリ、数年後にはぶくぶくだな」

「アニキの言うとおりです! ぶくぶくです! でぶでぶです! ぶよんぶよんです!」

「そこまでは行かないもん!」


 まったく、なんて失礼な人たちでしょう。

 とかなんとか言っているあいだに、ヤンキーと釘バットのふたりもお弁当を食べ終えたようです。


「ふう~~、食った食った!」

「おなかいっぱいです!」


 ふたりとも、おなかがぽっこりです。仲間です。


「オレ様たちは、胃が膨れただけだけどな。パシリのおなかの脂肪とは違って」

「私のも胃だもん! ……って、あれ?」


 そのとき。

 私は不意に、なにか視線のようなものを感じました。

 慌てて見回してみますが、周囲には誰も人のいる気配はありません。


「ん? パシリ、どうした?」

「うん、あのね、視線を感じたの」


 素直に伝える私にパシリから返された答えは……。


「パシリが視線になんて気づくわけないじゃんか。激しく鈍感なんだから」

「そ……そうかなぁ……?」


 自分でも鋭いほうだとは思っていませんが、激しく鈍感とまで言われるほどではない気がするのですが。


「だってパシリ、オレ様がついさっきパンツを脱がしたことにも気づいてないだろ?」

「ええっ!?」


 うわわわっ、そんなことをされて気づかなかった私って、ほんとに激しく……というか凄まじく鈍感なのでしょうか?

 とっさにスカートを両手で持ち上げて確認してみます。


「あ……あれ? ちゃんとパンツはいてるよ?」

「冗談に決まってるだろ! だいたいこのオレ様がそんなことをすると思うか?」


 ……ヤンキーならやりそうだと思います。


「そうか。だったら、お言葉に甘えて……」

「ぎゃーーーっ! やめて~~~!」


 どうにかスカートの裾を押さえて抵抗する私でした。


「これだけ騒いでも、人の気配なんて全然しませんね。となると、視線は気のせいだったということではないでしょうか?」

「う……そうね……」


 釘バットからの冷静なツッコミ。否定なんてできるはずもありません。


「ただ、人以外の視線、という可能性はありえるか」

「そうですね、アニキ。人以外だとすると……動物でしょうか?」

「いや、この周辺にいる動物といったら、ウサギ小屋のウサギくらいだと思うが、ここから見える位置ではないな」

「とすると……虫でしょうか」

「虫か……。それよりも、微生物や細菌という可能性はどうだ?」

「おおっ、さすがアニキです! 周囲を見回しても確認できないのは、小さいからなんですね! それなら納得がいきます!」

「いやいや、納得いかないから!」


 ヤンキーと釘バットの推理(?)が、あらぬ方向へと突き進んでいたので、私はすかさずツッコミを入れて軌道修正を試みます。

 微生物とか細菌とかだったら、常時数億とか数兆とかの視線にさらされていることになってしまいますし。


「ところで、微生物とか細菌とかって、視線と呼んでいいのかな? そもそも目で見て行動してるの?」

「種類にもよると思いますが、例えばミジンコだったら、目みたいな部分があったような気がします!」

「ほうほう。よかったな、パシリ! ミジンコにモテモテらしいぞ!」

「ど……どこからそういう話になったのよ~~~~っ!?」


 ダメです。全然話の軌道修正ができていませんでした。

 いえいえ、ここで諦めては相手の思うツボです。

 もっともヤンキーも釘バットも、深いことなんて考えず、脊髄反射的に喋っているだけに決まっていますが。


「とにかくさ、こんなふうにお花に囲まれたお弁当タイムなんだから、余計なことなんて気にしてちゃダメだよ~」

「もう弁当は食い終わったが……確かにそのとおりだな」

「最初に視線を感じるとか、余計なことを言ったのはパシリですけどね!」

「う……」


 そのとおりです。

 それに、視線……。

 まだ感じるような……。


 じーっと周囲を確認してみます。

 360°全方位を覆い尽くしているのは、色とりどりの花壇のお花で……。


「ん……?」


 そこで気づきます。

 なんだか、すべてのお花が、こちらのほうを向いている気が……。

 私の考えを読み取ってくれたのでしょう、ヤンキーが結論づけます。


「なるほど、花に見られていたってわけか!」

「う~ん、視線とは呼べない気もするけど……」


 つまりは、お花がこっちに向いているのを、視線と勘違いした、ということでしょうか。

 と、ヤンキーが唐突にこんなことを言ってきました。


「よし、パシリ……歌え!」

「えええっ!?」


 なぜいきなりそんなことを!?

 困惑する私でしたが、


「う・た・え♪」


 絶対零度の冷たさを伴った恐ろしい笑顔のヤンキーに言われては、抵抗するすべなんてあろうはずもありません。


「そ……それじゃあ……。さ~い~た~、さ~い~た~……」


 私は歌いました。

 流行りの歌とかじゃなく童謡だったのは、ご愛嬌ということで許してもらいたいところです。


 私の歌が中庭に響き渡ると……。


「おおっ!」


 サラサラと音を立てながら、無数のお花たちが茎や葉を揺らし始めたではありませんか。

 それはさながら、踊りを踊っているかのようで……。


「リアルフラワーロックだな!」

「アニキ、それ、懐かしすぎです!」


 懐かしいって、釘バット、あんたいったい何歳なのよ……。

 かくいう私も知っているわけですが。

 ちなみに今では、LEDを使った光の演出なんかを加えた、フラワーロック2.0なんて商品も売っているらしいです。


 それにしても……。


「お花が踊るなんて……」

「やっぱり、植物も生きている、ってことだな!」

「そうですね、アニキ! パンジーだってヒマワリだってアサガオだって、みんなみんな生きているんですね!」

「……ま、いいけどね」


 この学園にいると、こんな展開には慣れてしまいます。


「それともうひとつ、わかったことがある」

「そうですね、アニキ!」

「えっ? なになに?」


 はたして、なにがわかったというのでしょうか。

 ヤンキーの言葉を待っていると、なにやらニヤリと微笑みかけられました。

 嫌な予感……。


「パシリは音痴だということだ!」

「えええっ!? そんなに音程外れてた?」

「ひどかった!」

「はう!」

「ひどかったです!」

「はうあう!」


 私って、音痴だったんですね……。

 ちょっとショックです。

 ただ、そこで終わるわけがないのが、ヤンキーという人で。


「さてと……それじゃあ、パシリには歌い続けてもらおう」

「ええええっ!?」


 音痴だという事実を突きつけられた状態で歌わせられるなんて、地獄以外のなにものでもありません。

 とはいえ、当然ながら釘バットのほうもノリノリで。


「パシリリサイタル開催ですね!」

「ジャ○アンみたいに言わないで~!」


 まぁ、どんなに嫌がったとしても回避できる道なんて残されているはずもなく。

 私は昼休みが終わるまで、たっぷりと歌わされる羽目になるのでした。


 なお、そのときの様子は釘バットによってバッチリ動画撮影されていて、しかもしっかりと動画サイトに投稿までされて、私は知らないうちに驚異的な音痴の女子高生として有名になってしまうのですが……。

 それはまた別のお話です。


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