第12話 廊下を走ってはいけません
私たちの通う学園で、こんな噂話が持ち上がりました。
廊下を走ってはいけない、と言われる理由は、足かけ妖精が足を引っかけて転ばせるからだ、と。
足かけ妖精……。
うん。
普通の学校ならいざ知らず、うち学園であれば、それくらいなら充分ありえそうではあります。
むしろ、あっ、やっぱりそういう方向性の理由なんだ、と妙に納得してしまうくらいです。
もっとも、どうやら今のところ、その足かけ妖精の存在を確認した人はいないのだとか。
そんな展開になったら、当然ながらこの人が黙っているはずもなく……。
「よし! パシリ、釘パット! オレ様たちが確認してやろう!」
「合点でさぁ、アニキ!」
「……はいはい、いつものことね」
言うまでもなく、相も変わらず、性懲りもなく、私たち不思議ちゃん探検隊の出番となるのでした。
さてさて、どうやって確かめるつもりかといえば。
実際に廊下を走って、それを動画撮影して、ばっちり映像に収めてしまおう、という作戦のようです。
ヤンキーにしては、至って普通な作戦です。
ただ、全速力で思いっきり走るように言われています。
走るのはもちろん、私です。
映画監督ばりに椅子に座った状態で偉そうにしているヤンキーと、その横でケータイを構えているカメラマン気取りの釘バットの姿が小さく見えます。
かなり離れた場所から全速力で走り抜ける、ということになるのです。
はてさて、大丈夫なのでしょうか?
実際、足かけ妖精だのなんだのと噂されてはいますが、廊下を走ってはいけないのは危険だからに決まっています。
正直なところ、走る役目から降りたいのですが、ヤンキーの命令には逆らえません。
「はぁ……」
ため息をこぼすあたしに、ヤンキーからスタートの合図が出されます。
「よ~い、アクション!」
……完全に映画監督になりきっているようですね。
当初の目的を忘れていないか、非常に心配です。
ともかく、あたしは一気に加速、精いっぱい腕を振って廊下を駆け抜けます。
そしてヤンキーと釘バットの前を通過した辺りで……、
「あっ……!」
ずざざざざざ~~~~~~!
お約束どおりというか。
コケました。ものの見事に。
「ふががががっ!」
思いっきり顔面から突っ込んでしまった私は、鼻をぶつけて涙目です。
鼻血が出ていないか心配です。
とはいえ、とりあえず当初の目的は達成できました。
私は鼻を押さえながら、ヤンキーと釘バットのもとへと駆け寄ります。
「ふががが……。で……どうだった?」
「うむ。花柄だった!」
…………。
すっと差し出された釘バットのケータイには、私が勢いよくコケた状態で一時停止された映像が表示されていました。
「スカートの中を撮ってどうするのよ!」
「にししし! ついアップで撮ってしまいました!」
一応、動画を最初から最後まで確認してみました。
そこに映っていたのは、
廊下の向こうから目を血走らせて迫ってくる私の顔のアップ、
目の前を通過してからのコケた状態のスカートの中のアップ、
そしてぶざまに廊下に倒れ込んだ私の姿だけでした。
「足もとを映さなきゃ、意味ないじゃない!」
「にししし!」
「まぁまぁ、失敗は誰にだってある! さぁ、パシリ、もう一度だ!」
ネクストチャレンジ。
再び廊下の端まで移動します。
「テイク2! よ~い、アクション!」
やっぱり映画監督です。
とにかく、私は再度走り出します。
さっきの映像みたいに、目を血走らせているのは、やっぱり恥ずかしいな……。
そんなふうに考えてしまった私は、目をつぶって全力疾走!
壁に激突、なんてバカなことはしませんでした。
その代わり――。
「きゃあっ!?」
「痛っ!?」
目をつぶって走るなんて、そんなの自殺行為だったと思い知らされました。
階段から廊下へと出てきた並木先生に、凄まじい速度でぶつかってしまったのです。
あまりの勢いでぶつかったため、小柄な並木先生は驚くほど吹き飛んでしまいました。
私自身も小柄だったので、まだ被害は少なかったと言えるのかもしれませんが。
もし走っていたのがヤンキーだったら、とんでもない大惨事になっていたに違いありません。
どうやら怪我はなさそうでしたが、先生を突き飛ばしてしまったのは紛れもない事実です。
私が悪かったのは疑いようもありません。
「すみません、並木先生!」
ひたすら頭を廊下にこすりつけて、深い土下座を披露するしかありませんでした。
☆☆☆☆☆
「いや~、いい土下座だったな!」
「そうですね、アニキ! ばっちり録画しておきました!」
「そんなの録画しないでよ~!」
といったやり取りのあと、私たちは三度目の挑戦に入ります。
走者はもちろん、私です。
私としてはさすがにもう走りたくなかったのですが、ノリノリのヤンキーを説得することなんて、私にはできません。
「テイク3! よ~い、アクション!」
こうなりゃ、ヤケクソです。
同じ失敗を繰り返さないよう、周囲の確認は怠らないようにしつつ、腕を大きく振って全速で走ります。
三度目の正直とでも言えばいいのでしょうか。
今回は意外といい感じで走れています。
私は風になった!
そんな感想すら持ってしまうほど、清々しい気分……。
これならきっと、素晴らしい映像が撮れそうです。
ヤンキー監督! 是非いい映画を作ってくださいね!
……あれ? べつに今って、映画撮影しているわけじゃなかったよね……?
微妙に思考がどこかへ飛んでいたのが原因だったのでしょうか。
なんだか足もとが急に、ぐにゃり、と曲がるようなおかしな感覚がありました。
次の瞬間、
「あっ……!」
ずざざざざざ~~~~~~!
コケました。ものの見事に。またしても。
「ふががががっ!」
さっきと同様、思いっきり顔面から突っ込んでしまった私は、鼻をぶつけて涙目です。
今度はちょっと、鼻血まで出てしまいました。
私はティッシュで鼻を押さえながら、ヤンキーと釘バットのもとへと駆け寄ります。
「ふががが……。今度こそ、撮れた~?」
「どうだろうな。確認してみよう!」
「合点でさぁ、アニキ!」
私が、少しだけとはいえ鼻血を出しているというのに、心配の声すらかけられません。
べつにいいですけどね。こんな扱いには慣れてますし。
釘バットが動画を再生します。
走ってくる私の姿。今度はその足もとをしっかりと捉えています。
そして私がコケた辺りに到達した、まさにそのときでした。
ぐにゃり。
「なんか、写真が歪んでますね!」
「写真が、っていうか、空間が歪んでるとか?」
「いや、これはどう見ても、廊下そのものが歪んでるって感じだな!」
結論。
廊下の一部が盛り上がるように曲がって、それに足を取られて転んでしまったようでした。
「……って、どうして廊下が曲がるの~!?」
「ま、この学園だからな。それくらいあるだろ!」
「そうですね、アニキ!」
「それで済ませちゃったら、わざわざ調べた意味がないよ~!」
私の叫び声は、もとどおり真っ直ぐになった静かな廊下に空しく響くだけでした。




