第11話 続・トイレの花子さん
「あなたたちに調べてもらいたいことがあるの」
昼休み。
教室から出て校舎内を回ろうとしていた私たちに、突然声がかかりました。
それは、以前トイレでお世話になった(という言い方だど、なにかおかしい気もするけど)、1年4組の前澤花子さんでした。
「おおっ、なんか探偵っぽくなってきたな!」
ヤンキーはやけに嬉しそうです。
「いや、私たち探偵じゃないから……」
無駄とは思いつつも、一応ツッコミは入れておきます。
「真実はいつもひとつ! じっちゃんの名にかけて! ふ~じ子ちゃ~ん! ってやつだな!」
「そうですね、アニキ!」
「最後のは探偵ですらない……」
無駄とわかっていると、ツッコミの声にも勢いがなくなってしまいます。
前澤さんは、相変わらずね、といった感じの呆れたような視線を向けていました。
と思ったのですが。
「とにかく、今回の調査依頼についてお話するわ」
……あれ?
もしかしたら、前澤さんも意外とノリノリなのかもしれません。
「ふむふむ。聞いて進ぜよう!」
「その対応は、あまり探偵っぽくないかも……」
あたしのことはガン無視して、調査依頼の話は進んでいきます。
「私がいつも授業中に抜け出してこもっているトイレがあるんだけど……」
前澤さんのほうも、相変わらず、おなかは弱いようですね。
どうせ無視されるので、口には出しません。
「そのトイレの隣の個室から、変な音が聞こえるのよ」
「ほうほう!」
「隣の個室は、数日前から閉めきられて、故障中って貼り紙が貼ってあるんだけどね」
「だったら壊れて水が流れっぱなしになってるんじゃないのか?」
「そういう音でもないのよね」
ともかく、まずは現場を見てみよう、ということで、私たちは一路、女子トイレを目指しました。
☆☆☆☆☆
「教室から一番近いトイレじゃないんですね~」
「ええ。ゆっくりしたいから、授業中はここを使用するように変えたの」
以前、私たちが邪魔に入ったのが、相当嫌だったみたいですね。
それなのに私たちに調査依頼なんてしてくるのは、少々おかしな思考回路を持っているような気がします。
頼ってくれているというのに、ちょっとひどい言い方かもしれませんが。
「確かにありますね、故障中の貼り紙!」
「うむ。そして妙な音も聞こえる!」
ヤンキーの言葉どおり、変な音が女子トイレの中に響き渡っています。
低く重い、悪魔の叫び声のようにも思えてしまう音が……。
「悪魔の声だな! 謎はすべて解けた! 以上、解決だ!」
「いやいや、たぶん違うし、謎は全然解けてないし、解決もしてないよ!」
雑かもしれませんが、ツッコミは入れておきました。
前澤さんも呆れ顔でしたし。
「悪魔じゃないのなら、なんの音なんでしょうね?」
釘バットが疑問を投げかけます。
悪魔だったら納得がいく、といった感じだったのが、若干気にならなくもなかったのですが。
「ま、確認すればいいだろ!」
ヤンキーがおもむろにドアを開けようとしましたが、故障中の貼り紙が貼られたそのドアは、当然ながら開きません。
ドアノブの上に赤いマーク。内側からしっかりカギがかかっているようです。
「また中にこもってるのか、前澤花子!」
「いえ、私はここにいるわよ……」
「だったら本物の花子か!」
「とすると、こちらの人はニセモノってことですね、アニキ!」
「私はべつにニセモノとかじゃないから!」
ヤンキーと釘バットが、前澤さんをからかい始めてしまいます。
そろそろ探偵ごっこにも飽きてきたのでしょう。
「でも、確認してみるってのは、いいと思うな」
話が進まなそうなので、提案してみます。
前のときみたいに、ヤンキーがドアの上に飛び乗ってのぞいてみれば、中の様子くらいわかるはずですから。
そういうつもりだったのですが。
「そのとおりだな! よっしゃ!」
ヤンキーが私の背後に回ってしゃがみ込みました。
「え……?」
続いて、なにやらスカートの中に、顔を突っ込んできます。
「ちょ……ちょっと、ヤンキー!?」
そして次の瞬間、私の視界は普段より1メートルくらい高い位置にありました。
ヤンキーが肩車をしたのです。
「うお、重い重い! 釘バット、支えてくれ!」
「合点でさぁ、アニキ!」
…………私、重くなんてないもん……。
不満はありましたが、こうなったのも自分の不用意な発言が原因です。
意を決して確認役に回りましょう。
「それじゃあ、ヤンキー、もっと前に……」
「うぐぐぐっ! 重すぎて倒れそうだ! 後ろに思いっきり!」
「ちょ……ちょっと、ちゃんと支えてよ!? 後頭部直撃は嫌だからね!?」
必死にヤンキーの髪の毛につかまります。
なんとなく、暴れ馬を駆るカウボーイのような気分です。
髪の毛を思いっきり引っ張っていることになりますし、あとで仕返しが来そうで怖いですが。
「これくらいで見えるか?」
「あっ、うん、見えそう!」
どうにか目的は達成できそうでした。
ドアの上から顔をのぞかせ、視線を落とします。
そこから見えたのは、自分の目を疑うような光景でした。
学園のトイレは、和式なのですが。
便器の中が、真っ黒だったのです!
とはいえ、黒い液体で満たされているとか、そういう感じではありません。
真っ黒で漆黒の闇でなにも見えない空間が、そこには存在していたのです!
……自分で言っていても、よくわからなくなってきます。
だけど、そうとしか言いようがなかったのです。
しかも……。
「うわわわわわっ!? なんか、吸い込まれてる!?」
「お、おいっ、なにやってんだ!?」
私がトイレの個室の中に吸い込まれそうになって、ヤンキーもそれにつられて引っ張られます。
肩車しているのですから、手を離せばいいだけなのですが。
離されてなるものかと、私が足をきつく絡めているため、ヤンキーも逃れられなかったのです。
上半身が完全に個室の中へと引き込まれるくらいまで行ってしまった私ですが。
どうにかこうにか、バカぢからのヤンキーによって引っ張り下ろされ、事なきを得ました。
ほっと胸を撫で下ろします。
引っ張り下ろされた勢いで、完全にトイレの床に座り込んでしまっていましたが、さすがにそんなことを気にしていられる状態ではありませんでした。
☆☆☆☆☆
「これは、ブラックホールだな!」
「えええ~~~っ!?」
確かに真っ黒で、吸い込まれそうでしたが、そんなこと……。
いえ、この学園だったら、充分にありえることでしょうか。
「ブラックホール並みの吸引力を誇る、最新式のトイレだったのかしら?」
前澤さんの意見は、ボケなのか本気なのか。
「最新式なら洋式になるだろ!」
「アニキ! 便器の中にブラックホールが発生したっていうのは、どうでしょうか?」
「ふむ。そうだとしたら、原因は?」
「前澤さんの出した便があまりに強烈で、それを処理するためにトイレが進化したとか!」
「一理あるな……」
「ないわよ!」
さすがに否定する前澤さんでした。
「ま、あるとすれは、空間が歪んでブラックホールにつながった、という感じだろ!」
「そうですね! さすがです、アニキ!」
ヤンキーの言葉で、釘バットが納得しているようでしたが。
それこそ納得できません。
「だいたい、ブラックホールだとしても、壁を隔てただけで吸い込まれないって、どうなってるの?」
「吸い込む力が、上方向だけに向いてるんじゃないか?」
「それなら、天井はどうして大丈夫なの?」
「頑丈なんだろ!」
疑問の答えは返ってきますが、全然納得のいく説明にはなっていませんでした。
ただ、ふと目を向けた故障中と書かれた貼り紙――。
その一番下辺りに小さな文字で、『ちょっと実験中 学園長』と書かれてあるのを発見しました。
……学園長さん、いったいなにをしてるんだろう……?
結局。
謎はまったく解けませんでした。




