第1話 結成、不思議ちゃん探検隊!
「うぉ~い、パシリ! なに、ぼへ~っとしてんだよ!」
そんな言葉とともに、スッパーン! と、思いっきりショートカット後ろ頭をはたかれました。
私、由比ヶ浜美汐にとっては、ごくごく日常的な出来事です。
地味なショートカットに、せめてもの特徴として、パンダの飾りのついたヘアピンをつける、それが私の精いっぱいのオシャレです。
幼く見られがちではあるものの、一応、高校一年生になりました。
それはともかく。
パシリなんて呼ばれて、こんなふうに頭をはたかれて……。
それでもべつに、いじめられているとか、そういうわけじゃありません。
なぜなら、彼女は幼馴染みで親友だからです。
「ぼへ~っとしてると、もともとブサイクな顔が、余計にブサイクになるぞ! ……いや、悪い悪い、それ以上はひどくなりようがなかったな!」
……親友です。
「なんだよ、妙な目でオレ様を見るんじゃね~よ! 泣かすぞ!?」
……親友のはずです。
「あ~、腹減った! パシリ、ちょっとパン買ってこいよ! お前の金で!」
……親友……だもん。ぐすん。
この私の親友(たぶん、きっと)である彼女は、八ッ場奇異子、通称ヤンキー。
そのあだ名が示すとおり、ヤンキーみたいな言動が特徴的な女の子です。
つり目気味なのが、ちょっと怖い印象を助長させてはいますが。
長い綺麗なストレートの髪も似合っていて、背もスラリと高め、プロポーションもとても女性らしい、羨ましい容姿をしています。
くっそ~ぅ、私もあんなふうに、ぼよよ~んって感じになりたかったです。
なお、あんな喋り方をしてはいますが、ヤンキーはべつにヤンキーなわけではありません。
……あだ名がヤンキーだから、ちょっとわかりづらくなってしまいますね。
ただ、ヤンキーはどちらかというと、むしろメルヘンチックで夢見がちな女の子って感じです。
……こんなことを本人に言ったら、心の底から恥ずかしがって、私の頭をかち割ろうとしてくるかもしれませんが。
「アニキは今日も元気ですな!」
不意に声が増えます。
もうひとりの友人です。
私たち3人は、いつでもなにをするにも大抵一緒なのです。
「おおっ、釘バット! ごきげんよう!」
なにやら物騒な呼称、釘バット。それが今、あたしとヤンキーに駆け寄ってきた子のあだ名です。
釘宮こうもり、という名前だから、釘バットと呼ばれています。
こうもりなんて名前ですが、八重歯が可愛らしい女の子です。
お花のシュシュでツインテールにしている髪型も、ベリーキュートです。
私と同じで少々子供っぽい印象ではありますが、地味な私とは対照的に、とっても明るく元気なイメージでもあります。
なぜかヤンキーの言葉には「合点でさぁ、アニキ!」と言って絶対に従います。
……ヤンキーは女性なのに、なぜアニキなのでしょうか。謎です。
ちなみに、私たちのあいだでの挨拶は、「ごきげんよう」です。
ヤンキーが言い出したのですが、とある小説の影響だとか。
そんなところからも、ヤンキーが実際にはヤンキーっぽくないというのが見えてくるでしょう。
☆☆☆☆☆
こんな私たち3人が通う高校は、平穏学園という名前です。
学校名とは裏腹に、おかしな出来事が起こりまくります。
七不思議どころか百不思議くらいある、とまで言われているくらいです。
名前と違って、全然平穏なんかじゃありません。
よくある学校の怪談とかに出てくるようなオカルトっぽいものだけではなく、起こりまくる様々な種類のおかしな出来事の数々……。
階段の数を数えてみたら、数えても数えても数えきれないほど増えてしまったり。
突然校庭にモアイ像が現れたり。
屋上に出ようとしても絶対に出られなかったり。
授業中にどこからともなく、オペラ歌手が歌っているかのようなジャイ○ンの歌が流れてきたり。
3年4組には毎年、名字も名前も同じ生徒が紛れ込んでいたり。
人間、どんな状況でも慣れてしまうもので。
今ではなにが起こっても、「またかよ。でもこの学園だったら、これくらい普通だよな」といった感じで済まされてしまっています。
私としては、非常に気にはなっているのですが、触らぬ神に祟りなしとも言いますし、郷に入っては郷に従えとばかりに、好奇心を抑えて過ごしていく構えだったのですが……。
ヤンキーがおとなしくしているはずもありませんでした。
「この学園の不思議を――不思議ちゃんを見つけて、原因究明に乗り出すぞ!」
当然のように、こういった流れとなってしまうのでした。
それにしても、不思議ちゃんって……アメちゃんじゃないんですから。
だいたい、不思議ちゃんでは意味が違ってきてしまいます。
ある意味ヤンキー自身が不思議ちゃんとも言えるのですが……。
「オレ様たち3人で、不思議ちゃん探検隊を結成だ!」
ああ、なんとも恥ずかしいネーミングです。人前で名乗るのをためらってしまいます。
ですが、私がヤンキーに反論なんて、できるはずもありません。
たとえ反論したところで、力づくでねじ伏せられるだけですし……。
これまでの親友生活で、それは充分すぎるほどわかっています。
そして、
「合点でさぁ、アニキ!」
釘バットはもちろん、そう言って全面的に受け入れます。
「んじゃ、決定だ! パシリも、いいな?」
「う……うん」
こうして私たちは、不思議ちゃん探検隊となったのでした。
………………。
このまま終わってはダメですか?
やっぱり気になりますか?
そうですか……。
由比ヶ浜美汐という名前なのに、私のあだ名がどうして『パシリ』なのか、ってことですよね。
ヤンキーが実際にヤンキーでないのと同様、私も実際にパシリ扱いされているわけではありません。
……たまに、ほんとにパシリにさせられることもありますが……。
本当の由来は、幼い頃の出来事。
小学校低学年くらいだったでしょうか。
当時からいつも一緒に行動していたヤンキーに、私が転んだ場面を見られてしまいました。
私は女の子ですからね、普通にスカートをはいていましたよ。
思いっきり転びました。
背後にはヤンキーがいました。
そうです。お察しのとおり、パンツを見られてしまったわけです。
しかも、お尻の部分に可愛いパンダの絵が描かれたパンツを……。
そこから『パンダ尻』になって、略されて『パシリ』になった、というのが真相なのです。
…………恥ずかしいので、逃げますっ!