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復活

霊能力者が作ったカウンセリング機関。果たしてそこは詐欺の集団なのか。報道記者の鴻池がそこに潜入をして見たものとは・・・。


   


 あの高校も一度くらい甲子園出場を果たしていたなら、統廃合で廃校になることもなかったかもしれない。最近では廃校になった学校の教室や職員室だった部屋を企業に貸し出しているところがあるとは聞いていた。そのほとんどはIT企業が占めているという話も聞いたことはある。

 テレビ局勤めとはいえ、ニュース記者を十年もしていながらその手のネタには今まで一度も触れていなかった。半分の五年は内戦が続く外国の特派員として激戦地と日本を何度も往復しながら働いてきた。そんな鴻池謙太郎にしてみれば、国内の学校の統廃合の話題は生ぬるいネタだった。まして、これから廃校に向かう理由は統廃合よりもどうでもいいネタだった。

 日本屈指の霊能者に会って来いなどという指示は、中古とはいえベンツに乗れるようなお金を出してくれたニュースキャスターの柴本でなければこの俺を動かすことは出来ないと、鴻池は自負していた。

 柴本は何故あんなネタにこだわるのだろう。ニュース原稿を書くときも世界中の暴動よりも7人の霊能者の存在を強調するように言われた。鴻池がこのネタに付き合うことで、柴本は多額の金をくれることを約束して、その一環として中古のベンツが買えるほどの小切手を切ってくれた。それだけ柴本はこの話題に執着をしていた。

 あるとき鴻池が「どうしてそこまでこのネタにこだわるのか」と聞くと、柴本は「世界を救いたいだけだ」と真剣な目を向けて言っていたことが鴻池の脳裏に焼きついて離れないでいた。

 これから会いに行く霊能者はニュースで伝えた7人の霊能者の中には入ってはいない。しかし、柴本の話では有名ではない隠れた本物の霊能者だと言った。

 廃校になった都立高校は都内とはいえ、思った以上に緑に囲まれた環境にある。鴻池はステアリングを切りながら、開放された門の中に滑らかに車を滑らせて行った。

 

 旧校舎の玄関を入り、どこの学校も大して変わらない靴箱がずらりと並ぶ光景に、鴻池も懐かしさを感じてしばらくの間、佇んでいた。

 よく見れば、下駄箱のひとつひとつに企業名が書かれた小さなラベルが貼ってあった。サイズはすべて同じくらいだが、デザインはその企業によって異なっている。

 鴻池は、ラベルの企業名を眺めまわして目的の社名を探し始めた。

 柴本は「東京シャーマンの磯上敏江を訪ねろ」と言った。

東京シャーマンは、若い頃に有名な霊能者としてテレビにも出演経験があった香野あずさがテレビ出演活動を引退した後に、自分の目で確かめて全国から確かに霊能力が認められる女性ばかりを集めて心霊カウンセリングを生業にして東京シャーマンを設立したと言われている。

 どうせ、いかがわしい詐欺集団だろう。柴本はその実態をつかんで来いと言っているのかもしれない、と鴻池は勝手に自分に言い聞かせていた。

 ほどなく下駄箱の上のラベルに「東京シャーマン」の文字を見つけた鴻池は、その数を数え始めた。7列と5段、三十五個の下駄箱がそこにあった。すべてがスタッフの数ではないかもしれない。おそらく来客の数もそこに入っているのだろう。

 靴箱の中には、現在オフィスに来ていると思われるそれぞれの靴も入っていると同時に同じ模様のスリッパが入っている靴箱も多数あった。これを履いて入って来いというのか。鴻池は、自分の靴を脱ぎスリッパと交換をしてそれを履いた。

 すると突然、そこにやって来た白い薄手のセーターを着た女に声をかけられた。

物静かな口調で「いらっしゃいませ」と言ったその女は、女というよりも”女の子”だった。もしかすると中学生くらいかもしれない。

 「よく言われるんです」と女の子はクスッと笑って小さな声で言った。

 鴻池は、自分が声を出した意識はまったくない。この子は自分の心を読んだというのか、と考えを巡らせて一つの結論に至った。

 よく言われるということは、この女の子は想像よりもずっと年齢が上なのかもしれない。こんな風にひょっこり現れる。初めての客は自分と同じようにこの子を中学生くらいにしか見えない。そこで「よく言われるんです」と発言をすれば、まるで他人の心を読んだように思われるだろう。そんなサプライズで他人に信用を植え付ける詐欺集団、それが・・・。

「東京シャーマンの磯上敏江です」と絶妙なタイミングで言った。これもトリックか?

 少し、はにかむように微笑んだこの子供が、目的の女なのかと思いじっとその澄んだ瞳を見つめている鴻池に対して、磯上敏江は冷静に「お待ちしてました、鴻池さん。どうぞこちらへ」と促した。

「あ、あの・・・・柴本さんから俺が来ることを聞いていたんですか?」

「はい。近々来るだろうから話を聞いてやって欲しいと仰ってましたので」

 柴本はここの常連だったのか。どうりで、こんな地味な霊能力者の名前を知っていたわけだ。それよりも、近々来ると行っても今日この時間に来ることは誰にも知らせていない。もちろん、柴本も知らないはずだ。それに話を聞いてやってくれとは。インタビューをするのはこちらの方だ。そして、詐欺集団の実態を暴いてやる。

 磯上敏江は玄関から早足で歩いて行く。鴻池は慌ててその後姿を追った。


 敏江が入った部屋は玄関から歩いてすぐ近くにあった。

「もしかするとこの部屋は・・・・」

「職員室でした。給湯室も近くて便利なんですよ」

 オフィスとなった元職員室はカフェのような型をとっていた。小さなテーブルがいくつも並び、テーブルごとの間に小さな仕切りが置かれていた。

 鴻池は敏江に指示された椅子に腰をかけて「少々お待ち下さい」と言い残し、奥へ消えて行った。

 3組の人間が二人ずつ向かい合って話しをしているのが見える。

 必ず一人にはコーヒーカップが置かれていて、一人には置かれていない。たぶん、そちらが東京シャーマンのカウンセラーなのだろう。カウンセラーの3人は二十代から三十代の静かな感じの女性たちだった。

  思っていたよりも普通の光景だ。相談者の話に真剣に耳を傾けている思い思いの私服の女性。宗教的な姿を誇示しているわけでもなく、間に占いの道具のようなものも見当たらない。

 しばらく様子を伺っていると目の前にコーヒーカップを持った敏江がやって来て、鴻池の前に置いた。

 鴻池は、悪戯気分で敏江に尋ねてみた。

「俺が今何を考えていたかわかりますか?」

 敏江はふと黙って鴻池を見つめた。

「いえ。わかりません」

 からかっているのか、この女は・・・。しかし、考えてみればわからないのが普通だ。わかってしまうことに多少なりとも期待していたのかもしれない。こんな感じでここの相談者は毒されて洗脳されていくのだろうか。

「ここの収入源は相談者からの相談料だけですか?」

「たぶんそうだと思いますが、詳しいことは所長でなければわかりません」

「所長さんの香野あずささんは今、どこに」

「今日は九州の方に出張です」

「ここのバックに宗教団体がいるとか、そういうことは・・・。」

「ありませんけど・・・・今日はそういうお話ではないですよね」

  確かにそうだ。柴本は7人の霊能力者が世間を騒がせているあのことについてもっと知りたがっているのだ。

「世界中の霊能者が言ったことで暴動が起きていること、知ってますか?」

「さあ、知りません」

 この子はニュースも見ないのだろうか。確かに霊能者云々を強調しているのはうちのテレビ局だけだが、ある噂で暴動が起きているのは事実なのだ。

「あの世とこの世が重なるとか何とか、そんな噂なんですが」

 敏江はキョトンとした可愛い目でちょっとだけ首を傾げて鴻池を見た。

 鴻池を無邪気に見つめる敏江の瞳は、本当に澄んでいた。そこから、ある思い出が走馬灯のように一瞬に駆け巡った。本当に一瞬な時間だったのだが、

「ありがとうございます」と、敏江はまた恥ずかしそうに小さくお辞儀をした。

 鴻池はあっけにとられて言葉が出なかった。そういえば、玄関で心を読まれたと思ったときも、この子に対して思ったことだった。この子は自分のことについて思われたことが読めるのか。

「でも、料理は上手くないですけどね」

 にっこり笑った敏江に、鴻池はドキリと敏江を見返した。一瞬のことで、鴻池自身も忘れてしまっていた、たった今思い出していたこと。瞳の綺麗な女は料理が上手いという、元妻を基準とした鴻池の勝手な思想だった。

「奥様は鴻池さんを全然恨んでなどいませんよ」

 取材、取材で、突然病気になって入院を余儀なくされた妻を見舞うことすら出来なかった。むしろ、入院をしてくれていた方が取材に駆け回っても安心出来るとも思っていた冷酷な男だった。妻が手遅れだったということは、妻の妹から妻が死んだ後で知らされたくらいだ。その悲しみと妻を失った虚しさを埋めるように、鴻池はますます激戦地での取材を希望して走り回った。

「内戦の多い国でこれまで無事だったのは、奥様が守って下さっていたんですよ」

 静かに言う敏江の言葉は真実を感じさせた。

 今までの鴻池ならば、どこでそんなことを調べたのかと、訝しがるだろう。しかし、そんなことも疑わせないものがそこにあった。

「お守り袋の中に奥様の結婚指輪を入れて持ち歩いていることにすごく感謝しているみたいです。だから、尚更鴻池さんを守りやすかったのですね」

 お守り袋の中の結婚指輪のことは、柴本さえにも言っていない。いわば鴻池だけの秘密だった。この子はどうしてそこまでわかるのだろうか。事前に調べるならば、徹底した身体調査までも必要になってくるほどに、肌身離さず持っているものだった。

 猜疑心以上に、この子の言葉を信じる方向へ心が揺らぐのを隠しきれなかった。必死な抵抗もむなしく、自然と涙が出た。男は人前では泣くものではないと決めていたのだが、鴻池はやっと言葉を絞り出した。

「柴本さんも意地悪だな・・・・」

 ここへ自分を来させた柴本の真意がわかった。

 柴本は鴻池を入社当時から可愛がってくれていた。よく酒にも付き合わされ、まだ若かった鴻池の相談にも乗り、妻が死んだ時にもいの一番に慰めてくれて鴻池のその後を心配してくれた人だ。今回の取材の目的は7人の霊能者のことでも、暴動のことでもなかった。ただ、霊能者云々よりも、癒しを与えてくれるこの目の前にいる女の子に会わせたかっただけなのだろうか。

 それから1時間ほど鴻池は心の中に引っかかっていた妻に対しての後悔の念を語り、その度に妻の愛情を確認させられて自分が次第に癒されていくことを感じていた。

「何だかスッキリしたような気がします」

 鴻池は心からの言葉を発していた。

「カウンセリング料をお支払いしなければいけませんね」と冗談めかして言ったつもりだが、場合によっては本気で払うことも惜しいとは思わないまでになっている自分に驚いていた。

「今回は結構です。サービスしておきます」

 敏江が悪戯っぽく微笑んだ。この物静かそうな子もこんな冗談を言うときもあるのか。一見すれば本当に普通の女の子だ。見方によっては普通の中学生だ。そう思った途端「あっ」と息を呑んだ。また読まれただろうか。

「こう見えてもわたしは、二十歳なんです」

 そう言いながら笑っている敏江に、鴻池は柴本が言った日本屈指の霊能者という言葉にも正当性を否定できないでいた。

「今日はこれで帰ります」

 お辞儀をして立ち上がり部屋を出ようとした鴻池の背後に、敏江が声をかけた。

「空と大地がひとつになります。そんなイメージがよく浮かんでました」

 鴻池が振り返ると、敏江は真剣な目で更に続けた。

「空と大地を結ぶ線は縦の直線。そこに地平線を表す横の線が加われば、それはクロスになります」

 確かに十の字が出来上がる。

「復活します。何かとてつもないモノとそれに反するもうひとつのとてつもないモノが」

「正義と悪とか、そんなことですか?」

 鴻池の質問に、敏江はわからないとばかりに小さく首を振った。

 鴻池は、初めて敏江の前でふと笑いを漏らした。

「ありがとう。それだけわかれば充分です。また、来て良いですか?今度は相談者として」

「ただ、お茶飲み程度に遊びに来て下さっても結構ですよ。お待ちしています」

 敏江は深々と頭を下げた。


 元校庭だった場所の駐車場には夕日が落ちかけて、正面の西日が眩しかった。

 世の中には科学では言い表せない不思議なこともあるものだ。こんな小さな元学校の中にも起きている。世界には理解不能な現象も数多くあることが当然のように感じられた。このネタは柴本に頼まれなくても自分が追い詰めて解明してみたい、そんな気持ちになっていた。


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