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 虹色の戦士

突如現れた闇夜の怪物に襲われたOL。それを救ったのは虹色に輝く怪物だった。果たしてそれは敵なのか味方なのか。


 


 何が起きているのかわからない。空虚な夜の街を、風間由美子はひたすら走っていた。大都会の夜である。ネオンがまたたき、真昼のような明るさが大きな交差点を照らし出している。賑わう雑踏。人が夜というのに溢れんばかりに交差して歩く。それが現実なのだ。それが普通なのだ。しかし、街の明るさはいつもとは変わらないにも関わらず、人の姿は欠片も見当たらない。ただひとつ今、由美子を追いかけているもの以外は。いや、その襲撃者が人間なのか、由美子は自信を持てなかった。 襲撃者の黒い皮膚は異常に厚そうだった。頭からは二本、突起が出ている。目は二本のただの線にすぎないのか、瞳らしいものが見えなかった。そして、裂けたような口からは鋭い牙が剥き出しになっていた。 そんな化け物が走り迫って来る。その足音は、まるでマンモスでも走っているかのような大きな地響きだった。

 とにかく怖い!とにかく逃げたい!そんな単純な理由でしかなかった。

 由美子はひたすら走った。

 どうして、こんなめに遭っているのだろうか・・・・考えてもわからない。ただ、由美子は先ほどまで、この街を同僚と一緒に歩いていた。大学を出て数年間、週刊編集局で男勝りの取材力で仕事に打ち込んで来た。そしてあるスクープを打ち上げ売上部数が倍増となり、鬼の編集長の計らいで編集部で飲み会を設けられた。その夜、数人の仲間と共に集合場所の居酒屋に向かう途中、事件は起きたのだ。

 さっきまで手にしていたバッグがない。突然現れ、突然自分をめがけて走って来た化け物にとっさに投げつけてしまったからだ。子供の頃から物は大切にしてきたほうだった。小学生の頃に母からもらった小さなお守り袋は今でも手放さない。しかし、それもまた投げつけたバッグの中に入っている。現在の仕事についてもスクープのためならば命も惜しいと思わなかった。それなのに、今はひたすら逃げている。命が惜しい。それが本音なのだ、自分は弱い人間なのかもしれない。由美子の頬を伝った涙が風に切れていくのがわかった。

 由美子は、ビルとビルの狭い空間に入った。一瞬化け物の姿が見えなくなった。もしかすると逃げ切れるかもしれない。路地裏のためか、暗い中でゴミ箱を蹴飛ばしてしまった。散乱したゴミを踏んで走った。生ゴミなのか、異臭が漂ったが、その現実感が由美子の唯一の味方のような気がした。

 路地裏の曲がり角を幾度か回り込み再び目の前に大きな道路が見えたその時、由美子は再び硬直した。化け物は由美子を放っておいてはくれなかったのだ。

 来た道を引き返そうとした時、足がもつれた。その刹那、化け物の手が由美子の腕をつかんだ。必死に抵抗をする由美子の腕を化け物の手が上へ引き上げる。恐ろしいほどの握力だ。骨がきしむような気がする。もしかするとこのまま、骨折するかもしれない。由美子の額から脂汗が滴り落ちた。このまま気が遠くなり失神をしてしまった方が、最期の時は楽かもしれない。化け物は由美子の腕を放すこともなく、もう片方の腕を上げた。その指にはナイフのような鋭い爪が光っている。

 化け物の手が高々と上がった瞬間、堪えきれなくなった由美子は目を瞑った。

「ギャー!」

 化け物が激しい声を上げた。その瞬間、しっかりとつかんでいた由美子の腕が解放された。目を開けた由美子の瞳には、奇妙な光景が映っていた。

 化け物の背中が光っている。いや、燃えていると言うべきかもしれない。

 少なくとも化け物は、苦しんでいるようだった。

 化け物は、その背後を振り返った。

 暗闇に虹色の人型が徐々に近づいて来ている。

 由美子も化け物の背後に静かに歩いてくる何者かを見た。

 その体は虹色に輝いているようだった。虹色の包帯を頭の先からつま先まで巻いているようにも見える。しかし、その包帯に見えたものはすべてが皮膚のようだ。

 唯一、瞳だけは激しい光を放っていたが、確かに人間のものだった。

 まるで虹色の忍者だ・・・。由美子はそう思った。

 そんな由美子の考えを余所に、虹色の忍者は逆襲する化け物と格闘を始めた。

 格闘というほどのものではない。虹色の忍者の一方的なパンチや蹴りが炸裂して化け物はダウン寸前なのだ。それでも反撃しようと抵抗する化け物に、最後のとどめとばかりに、忍者が構えた。激しく踏み込んだ忍者の蹴りが化け物を吹き飛ばした。化け物は体を激しくアスファルトに叩きつけられた瞬間に爆発をして砕け散った。

 終わったと思って良いのだろうか。この忍者は敵なのかもしれない。もしかすると、ただの獲物の取り合いだったのかもしれない。しかし、緊張が解けない由美子に背を向けて虹色の忍者は夜の闇に消えて行った。

 そして、誰かに名を呼ばれた。振り返ると、そこには見知った同僚がいた。街の景色はすべて何事もなかったようにもとの姿に戻っていた。


「あ、いたいた・・・。風間さん、一瞬消えたかと思った」

 後輩の増田潔が由美子を探してキョロキョロしていたようだ。

「信号変わりましたよ。急がないと」 

 信号?蒼ざめた顔で、由美子は交差点の向こう側の歩行者用の信号を見た。信号は点滅して、他の同僚たちはもう横断歩道を渡り終えようとしている。

 そうなのだ。あの異変が起こる前まで信号待ちをしていた。あれからいったい何分経ったというのだ。由美子は少なくともあの化け物に追われて虹色の忍者が現れ解決するまでは少なくとも三十分ほどの感覚はある。あれは幻だったというのか。

 蒼い顔をしている由美子を心配するように増田が訊いた。

 あれは夢だったのか・・・・。いや、やはりハンドバッグを手にしていなかった。現実以外の何ものでもない。

「気分でも悪いんですか?大丈夫ですか?」

 信号は既に赤信号に変わっていた。

「ごめん・・・。ちょっと気分が悪いから帰るわ」

 由美子は声をかけようとした増田の様子にも気にかけることなく、横断歩道と逆の道を引き返して行った。


 目白通りを左に抜けて駒沢大学付近に見える風間由美子が住むマンションを訪ねるために車を走らせていた春日実は、ステアリングを片手に煙草に火をつけた。由美子の部屋は完全禁煙だ。今のうちに吸っておかないとまた部屋から追い出されるかもしれない。実は、何度も由美子の部屋に行っている。仕事の相談や、仕事の帰りに酔った由美子を送り届けたこともあった。何も用事がなくても何となく行ったことも多かった。また、由美子の方から用事もないのに呼び出したこともあった。だが、どこまでもそれだけの関係だ。実は、由美子の大学の先輩であると同時に編集社での先輩でもあったが、友人に過ぎなかった。それ以上の関係は由美子自身が望んでいない。実もまた、由美子にほのかな思いを抱きながらも由美子の気持ちを優先して、仕事のパートナーとしての存在にとどめていた。。

 ここ数日編集社に姿を見せない由美子に実が電話を入れると、由美子は確かに部屋の中にいた。しかし、その返事も虚ろで何があったのかも語ろうとしない。無言に近い通話状態が数分続いた後、突然由美子が言った。

「実君、レンタルビデオ屋のカード持ってる?」

 由美子は実よりも年下であり大学の後輩でもあるが、友人付き合いが長いせいなのか、プライベートでは実をいつもそう呼んでいた。

「最近あまり使ってないが、一応まだ使えると思うけど」

「じゃあ・・・。」

 由美子はそこで一旦言葉を切った。そして、由美子が息を吸う音が聞こえてから

「ヒーロー物のビデオをありったけ借りて来てくれないかしら」

 由美子は思い切って言いづらいことを言ったことが受話器越しにもわかった実は、淡々と言葉を返した。

「ヒーロー・・・。たとえば、シュワルツネッガーとか?」

「・・・・」

 その間、数秒沈黙が続いた。

「洋画じゃなくて・・・日本の・・・子供向けの・・・ウルトラマンとか仮面ライダーとか・・・そういうのが良いの」

 今更ヒーローに目覚めたわけでもなかろう。その言葉を口に出す前に飲み込んでビデオ屋に向かっていた。車の中には、レンタル屋が貸し出す青い布袋の中に数枚のヒーロー物のDVDが入っている。果たして由美子はこのDVDを見て何をする気なのか。ある意味の期待感と不安感を抱いて、見えてきた由美子が暮らすマンションの駐車場に向かった。


 実が部屋に入ると由美子はすでにビデオを見ていた。やはりヒーロー物だった。自分でも借りて来たのだろう。今由美子が喰らいつくように見ているヒーロー物は戦隊ヒーローだ。実が借りてきた物とは被ってはいない。

 部屋に入った実に、由美子は「ありがとう」とひとことだけ言ってまた、ビデオを黙々と見ていた。

「いったい何があったんだ」

 黙ってヒーローを見ている由美子がいたたまれなくなり、実は言葉を発した。どうせ、何も答えないかもしれない。電話の時と一緒だ。

 すると、思いがけない言葉が由美子の口から突いて出た。

「ねえ、変だと思わない?」

 たった今、実が訊いた内容の答えには直結していないだろう。それでも、まるで無視されるよりは良いかもしれない。そんな会話からでも、核心に触れることは可能だ。

「どういうことだ?」

 実が訊ねた。

「これだけ、化け物が街を壊しているのよ。ましてやこの戦闘は化け物の体が巨大化するの。そうなるとレンジャー達も巨大なロボットに乗って戦う。お互いに殴ったり蹴飛ばしたりして転んで、ビルや街が粉々になる。本当なら、これだけでどれだけの被害が出ると思う?どれだけの死人が出ると思う?」

 由美子の目は真剣だった。由美子の頭がおかしくなったとは到底思えないまま、その心意を確かめたく、次の言葉を待った。

 しかし、由美子はそれからまたひたすらに画面を凝視している。

 実は仕方なく、由美子を挑発した。

「ふうん。もしかして、これをヒントに災害のシュミレーションでもして、それを記事にしようっていうんだな。そういえば、またマグニチュード8クラスの関東大震災が近々起こるって言うしな」

 由美子は画面から目を離さずに「フン」と鼻で笑った。

 笑われても仕方が無いと実は思った。由美子がそんなことを考えているなどと、本気では思ってない。第一そんなシュミレーションは役に立たないし、そこからは何も生まれない。むしろ実が口走ったこの内容は、大人ながらに子供向けヒーローに夢中になり妙な疑問を抱く由美子とレベル的には違わないのだ。

 しかし、実のその戯言も無駄にはならなかったようだ。

 また由美子が口を開いた。

「そんなことを言ってるわけじゃないの。これだけの怪物が出て警察や自衛隊は何をしているの?世間はどうして騒がないの?それに・・・。」

「それに?」

「報道関係はどうして黙っているの?」

 「これはドラマだろう。ドラマの中で矛盾を追求したらおもしろいドラマは何も出来なくなるし、矛盾があるからおもしろいと思うんだけどな」

 由美子がふっと笑ったように見えた。そして、おもむろに右腕の袖を捲り上げた。

「見て」

 腕は何か強い力につかまれたように真っ青に痣が残っていた。

「どうしたんだ・・・?誰かに襲われたのか」

「ええ。たった数秒の間にね」

 ようやく、実のこの部屋を訪れた目的が果たされることになった。


 実の腕を由美子がしがみつくようにつかんでいる。長年の友人付き合いの中で初めてのことだった。由美子は気丈な性格で必死に我慢をしているが、あきらかに体の芯が震えている。

 今二人は、由美子が襲われた場所にいる。あの時、まるで異空間に入ってしまったような大きな交差点の前だ。夜というのに、今は普段通りに人々の交差が激しく往来していた。

 実は由美子の身の上に起こった事件を一通りその口から聞き出した。完全に信じたかといえば自信がない。しかし、由美子の腕についていた青痣は何かを物語っている。由美子が遭遇したのは、化け物ではないかもしれない。通り魔的な人間に襲われ、あまりの恐ろしさに記憶を歪めてしまったという可能性も否定出来ないのだが、実際この場所に来て見ればこれだけの人間が歩いている。都会はいくら他人を顧みないと言っても、由美子がこれだけ脅える事件があった以上、何の騒ぎにもならなかったこと自体不可思議だ。

 そのあらゆる疑問を解決するためにも、事件現場に戻る必要があった。それは、由美子から言い出したことでもあった。

 横断歩道の前に立って何度信号が変わっただろうか。すでに何十分も二人の背後から行く人たちを見送り、道路の向こうから来る人たちを迎えている。

 二人は再び信号が変わった頃に横断歩道を渡り始めた。

 しばらく歩くと由美子が化け物から逃げながら入り込んだ暗い路地裏の入り口が見える。そういえば、幸い携帯電話や財布はスーツのポケットに入れて無事だったが、カバンを化け物に投げつけてしまった。

「そういえば・・・・カバン・・・・探さなければ」

「ここで失くしたのか」

「失くしたというよりは、自分から投げつけたんだけどね」

 よく見ると由美子の震えは止まっていたようだ。カバンを探し出すという小さな目的に集中することがで、少しは気を紛らわすことが出来たのかもしれない。

 しばらく歩いてその路地を抜けても目的の物はみつからなかった。

 またそこで交差点の人の流れをボーっと見つめるしかない二人だった。

「腹が減ったな」

 実が突然そう言った。ただ黙って立っていながら、行き交う人々を観察しているだけでも、精神的に弱った由美子の体力を心配してのことだった。

 二人の背後、舗道の片隅に屋台のラーメン屋が出ている。

「あそこでラーメンでも食って行こうか」

 由美子は素直に頷いた。いつもの由美子ならば、取材のときは粘ることは何でもないその精神力がかなり萎えているのかもしれない。また、由美子自身がもっとも一刻も早くこの場所を離れたがっているのかもしれない。

 実に促されるように、由美子の足もラーメン屋に向かって歩き始めた。


ラーメン屋台の中は3人の客でいっぱいだった。由美子と実は、ラーメンを注文してから仕方なく小脇に出ている小さなテーブルの前に腰を下ろした。

 実は今来た交差点の方を眺めて由美子の証言を頭の中で整理していた。夜遅い時間でもこれだけの人が歩いている。由美子は何者かに襲われて逃げ回った。それを誰も目撃していない。それどころか由美子の視界には、”人間”は一人も存在しなかったのだ。由美子は襲撃者を獣のようだと言った。そして獣は由美子を仕留めようとした刹那に、救った者がいる。

 虹色の男・・・いや、それが実際男かどうかは由美子でさえわかっていないのだが。

 虹色の男が獣を倒した後、由美子は元いた交差点で襲われる前の行動をしていた。信号待ちだ。

 実は胸ポケットから小型のデジタルカメラを取り出した。

「何を撮るの?」

 由美子の質問に実はカメラを交差点に向けながら言った。

「あの信号を撮るんだよ」

「信号が何かあるの?」

「もしかして・・・だけど。信号の点滅とかが君に何かの暗示をかけたということも考えられるからね」

「暗示って?あれは暗示にかかった私の幻覚だと思ってるの?」

 由美子は腕の袖をめくって実に突き出した。

「いや、すべてが幻覚じゃないかもしれない」

「どういうこと?」

「それがわからないから撮るのさ」

 由美子がもっと反論をしてくると思っていた。それが当然だろう。気の強い彼女がそれだけの恐怖を味わいその証拠に腕に刺青のように大きな青い痣が残っているのだから。しかし由美子は、ふと何かを考え始めたように一点をみつめていた。

「どうした?」

 その時、由美子は何かを思いついたように屋台のおやじに声をかけた。

「おじさん、この辺で一番近い交番ってどこ?」

 おやじは東の方を指さして言った。

「あの角のビルの陰にあるよ」

「ありがとう。ラーメンを食べたら行ってみよう」

「化け物に襲われたって、被害届けでも出すつもりか?」

 言い終わって実は後悔をしたが、由美子はラーメンを口に入れながらふと考えた。

「受理してくれればそれでも良いんだけど、どうせ受理されるわけないし、カバンが届いてないか聞いてみるの」





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