1-23日直のお仕事
例の肖像画の前に立っていた彼――エドは相変わらずの仏頂面でアキたちを出迎えた。一瞬彼の仕事は大丈夫なのだろうかという心配が頭をよぎったが思ったことをそのまま口にするほど子供でもない。
ご迷惑をかけて済みません、と言うと彼は少し変な顔をして気にするな、謝らなくていい、といった。
そして今度はアランに声をかけようと斜め後ろに顔を傾けると、自信家のきらいがある彼にしては珍しく、少しうつむいていた。心なしか顔も青い。
心配して覗き込むアキにかまわず、アランは意を決したようにエドと目を合わせた。
「閣下!あああ、あの!僭越ながら普通科の生徒長をや、やらせていて、頂いているアラン・オデラートです。あの、わざわざお手を煩わせても、申し訳ございません。叔父がご迷惑を……」
アキは驚いて一瞬言葉を失った。確かにエドはクローゼ殿下と気安く話すし、この学院の警備を任されているから偉いのかもしれないが、初対面から方向音痴を目の当たりにし、彼自身から砕けた口調で話されるアキにとってアランの行動は驚き以外の何物でもなかった。
しかし彼は少し片眉を上げただけで、対して動揺したような様子も見受けられない。
「いや、気にするな。君の叔父上は優秀だし私は今宮廷を離れている身だからそうかしこまる必要もない。君の叔父上が私のことをどのように言っているかは、まあ……想像がつくが、別にとって食ったりはしないから」
そしてエドは二人に言葉を与える隙を与えないまま続けた。
「閣下と呼ばれるのはあまりよくないからエドとでも呼んでくれ。……無理ならせめて隊長くらいで」
良くないって何だ?
かすかな違和感。都合が悪いのか自分がいやなのかなんとも奇妙な表現の仕方だ。
青ざめるアランが気の毒になったのか、エドは途中で言を翻すと、さっさと終わらせてしまおう、と言って二人を促した。
そのおかげでアキの小さな疑問は解決されないまま忘れ去られたのである。
***
「ここが例の」
そういってエドはさまざまな資料が乱雑に積み上げられた部屋を見回した。ここが三度にわたって戸締りをされなかったと言う部屋である。3階にあるさして大きくない資料室で、特に天文学部の過去の観察結果などがしまわれているようだ。
ルテラ、3月10日と記された資料が机の上に置かれている。
エドは念入りに部屋を調べ、アランが閉めた窓も鍵がかかっているかチェックした。使われていない三階にしては他の部屋よりも新鮮な空気が流れている。
「じゃあ次に行きましょう」
アキが促すとエドはうめくように同意し、資料室を後にした。扉の鍵も確認する。今度こそ大丈夫だろう、と無理やり思うも、アキはまた次の日になると鍵が開いているような気がしてならなかった。
もしかしたら、アキがそうなってほしいと思っていたのだろう。そうなればアキたちの濡れ衣は晴らされるからだ。
廊下に出るとランタンの光がより小さく感じられた。
長い間働いて光を失った光石は三階が使われないからと言う理由で取り替えられていない。一階と二階の光石には覆いがかぶせられていて、カーテンも締め切られている。日が傾いてきた今、講義棟の中はランタンの明かりがないと何かに躓きそうなほど暗かった。
「お疲れ様です。鍵、かたづけときますね」
アキはアランから鍵を受け取ってそういった。
「ありがとう。また明日。……失礼します」
アランはエドに小さく礼をとる。はじめよりはましだが、やはりどこか緊張しているようだ。
アキはアランに手を振ると、エドと共に警兵隊まで鍵を返却しに行ったのだった。