0-1ヨーロピアンガーデンにて
所謂、人生とかなんとかいうやつには取り敢えずまあ目標とかいうやつがついてまわるのではないかと思う。
それは第一志望に合格するとかピザパーティーをするとかひとそれぞれだ。
そしてごくごく一般的な高校生の彼女──朴明希には目標があった。やっと期末も終わり、高校生活最初の夏休みを全力で遊び倒すという目標が。
それなのに──…
***
「あら、見てアキ。揚羽蝶が飛んでるわ。綺麗ねぇ」
のどかな庭園の中、白いチェアに座る老婦人がたおやかに微笑んだ。あまり飾りのない深い緑色のドレスは老婦人の気品をより引き立てている。
ここは、日本ではない。
「そうでスね……」
明希はややぎこちなく答えた。慣れないドレスを着た、否──着せられた彼女は、必死に作り笑いを浮かべつつ蝶を目で追った。
老婦人が嫌いなわけではないのだが、どうも上品にうふふあはは、と言うのは苦手だ。しかも妙に歓迎され、丁重に扱われている身としてはそうも言っていられない。
老婦人がこの別邸にお茶をしにくるのは五日(つまりこの国では一週間)に一度のことで、普段は洗濯係のアナマリアにズボンを用意して貰っても、この日ばかりはちょっとしたドレス(というよりはワンピースなのだが)を着ることになっている。
「ごめんなさいねぇ。私のお古なんか着せちゃって。女の子は今飾りたい盛りでしょう?」
「いえ……」
明希は十分華美だ、という言葉を飲み込んだ。ここの人たちは私と価値観が違うのだ。
「お嬢様は謙虚でございますもの」
後ろから届いた深い声音に、明希はどうにかポーカーフェイスを保った。お嬢様と言われる度にむず痒い感じがする。やめてほしいものだ。
後ろに控える侍女頭、シュリーはごく自然に秋を持ち上げた。紺のスカートに白いエプロンが眩しい。
「神様が授けて下さった御子だものね。おしとやかでお行儀もいいし!鼻がたかいわ」
明希は今度こそひくり、と笑みをひきつらせた。
声を大にして言いたい、その認識は間違っている。食べる時も使うフォークの順を覚えればあとはほとんど自然に出来ると言うものだ。何しろ緊張するのだから。
ひらひら飛ぶ揚羽蝶が明希の目の端をよぎる。老婦人は白髪混じりの灰色の髪を軽く手で撫で付け、微笑んだ。まるで我が子を見るような目で。
貴族が栄華を極めた頃のヨーロッパさながらの風景。その中に一人、いかにも東洋風の顔立ちをした明希は明らかに浮いていた。
なぜ私はここに居るんだろう?
盆でもないのに、こんなものすごく肩の凝るところに居るのは明希くらいのものだ。いやむしろ、明希しかいないだろう。
勿論それには日本海溝よりはるかに深くてヒマラヤ山脈よりちょっと低いかもしれない理由があるのだ。
そう、なぜ明希が──ただの高校生ごときが、いくら辺鄙な田舎で尚且つ貧乏とはいえ、貴族と名のつく家の別邸に居座っているのか。
これには総理大臣にもはたまたどこかの首相にも手のつけようのない理由があったのだ。
話は丁度、一ヶ月ほど前に遡る。