1-21わたしが何か、とか
「受け入れられないのか」
キルスは唐突にそういった。
汗を流し、ベッドに腰掛けたアキが動揺を押し隠すように、ちんまり鎮座する猫に怪訝そうな顔を向けると、キルスは眠そうに大きなあくびをしてそっぽを向いてしまった。
今日、アキは彼に聞きたいことがあったのだ。
それは、過去に5例ほどあるアースの民についての記述のことだ。
―――ある日突然、彼らは故郷へ帰ったという。
キルスに帰ることができないと言われた時、“そう”とは言ったもののやはり心の中で疑念を抱えていたし、信じるに値する理由もなかった。
だからこそ、図書館でアースの民について調べていた。
彼らはこの国で何をなし、どのような評価を受けていたのか。彼らの行動はこれからアキがどうするかに役立つし、そもそもアキはここでどのようにして生きていけばいいのか皆目検討が付かなかったのだ。
高校生であったアキには大学受験という大きな目標があったし、その先には就職だってあった。
周りに例はたくさんあったし、アキだってそういう風に生きていこうと漠然と考えていたのだ。
しかし今はどうか。そもそもアキは突然現れたいわば“異端児”である。
現代では書籍でも購入すれば手に入ったはずの知識は、外出を良しとされないアキが手に入れるのには困難すぎる。
それにもし手に入ったとしてもそれが何の役に立つと言うのだろうか?
そもそも根本的な部分で違っているアキにはこの国を知るすべにはなっても将来を設計する材料にするにはあまりに心許ない。
アキはあまりに特殊すぎた。
生きる意味、とはいかなるものであるか。
口に出すのもはばかられるほど使い古された陳腐な言葉だ。
しかしこの一文は現在アキにとって非常に重要なものである。すなわちここにすべてがかかっているからだ。
この学院に来るまでの一ヶ月間、アキはどこか夢見心地で一日を繰り返していた。
ただ私は日本の高校生であるということに取りすがって、それらしく暮らすことばかり考えていた。
例えば、日本人は礼儀正しい(私は礼儀正しくあるべきである)高校生は大学受験にむかって勉学に励むものだ(私もどうにかして勉強しなければならない)。
この学院への入学はある意味転機かもしれない。
ここへ来て、アキにはとりあえず無事卒業すると言う目標ができたし、それは今後のことを思うと必ず必要とまではいかないものの、悪い方向には向かないはずだ。
ただ、不安である。
自分の将来の見えないということ。
10年後の自分は想像できるか?と問われたら、現代にいた私は確実に、どこかに就職している。と応えただろう。きっと一人暮らしをしていて、きっと運転免許を取っていて、きっと……。
少なくともその様子を少しくらい思い浮かべることだってできたのだ。
――わからない。
自分がどうしてここにいるのかも、どんな未来が待っているかも、どうすればいいのかも。
何を話しかけたいかは分からなかったが、何かを話しかけようとしてアキはしばらくキルスを見つめていた。
実際何度か言葉を紡ごうと口を開いたのだが結局声をかけず、穏やかに眠る様子をしばらく見つめてから自分も眠りについたのだった。