1-19断じて覗きではありません
その日の午後のことである。
登校初日である今日は新入生が上級生の研究を見学したり、構内を見て回ったりする日である。ただし教室の見学は講義の邪魔になるので外から覗くだけとなっている。
そして案の定というかなんというか、アキはやはりアランと一緒に見回ることになった。
解散してからそれぞれ自然とグループに分かれ、中にはこそこそと外をうかがう者もいる。何しろ3時に講堂に帰るまでは自由行動なので、抜け出そうと考える輩も少なくはないようだ。
ちなみにアキの手の中の地図に書かれているのは学院の内側のみ。低めの塀や柵で区切られた外周はまだ学院の敷地で、いくつか建物があるがここは郊外の者も(警備兵に止められない限り)自由に出入りできる。
町まで行こうと思ったらそれはなかなか大変なことになるだろう。
「講義棟についたよ。……あ、ほらワイズマン先生が授業してる」
アランの言葉にアキはふと建物の中を見渡した。何も考えずにとりあえずアランについていったので思わずどんなところにいるのか忘れてしまったのだ。
「広いですね」
アキは吹き抜けの天井を見上げながら言った。中央を走る廊下の吹き抜けは、2、3階の両端をつなぐための道以外は遮られることなく天井を見ることができる。
1階からはよく見えないが、白地に黄色を基調とした彫刻は緻密で、どこかの宮殿と言っても遜色ないように思われた。
「うん。何しろ元は官吏を育てる国家直属の養成機関だし、行事ごとには外国からの来賓者もいるから恥ずかしくないようにしなきゃならないからね」
すごいですね、と半ば呟くようにアキが言うと、アランは嬉しそうに顔をほころばせてこの学院がスキラート王国にとっていかなるものか、などなどを説明しだした。
おそらく彼はあまりこの国に詳しくないアキに説明するのが嬉しくて仕方ないのだろう。(芸能人に自分の学校のいいところを紹介するようなものと思ってもらえればいい)
普段の彼はもっと落ち着いているし、控えめだからまあある意味いい事なのかもしれないが。
習うより慣れろとはよく言ったもので、アキは彼の言葉を半分くらい聞き流しながら……へぇ、とかうん、とか言っていたのだ。
「……その低い塀の外側に建物が増設されたから、ここが講義棟になって、でも教室が多すぎるから3階は使われてないんだ。だから――」
「きゃぁあ!!」
「すごーい!」
「あぁ!」
講義棟の東出口を出た途端響いた数多の女性の黄色い声に、二人は思わず歩みを止めた。
規則正しく植えられた落葉樹のせいでよく見えないが、どうやら修練用の広場で武芸科の生徒が模擬演習を行っているようだ。
おそらく声援は柵の向こう側に群がる女性のものだろう。
アキは思わず一瞬“人間ってどこでも一緒だ”と思ってしまった。いや全く。恋する(?)女性の情熱たるや、恐ろしいものである。
「あ、クローゼ殿下がいる。3年生だね。……噂には聞いてたけどすごい人だかりだなあ」
アランは目を細めながら歩いて広場に近づき、木々の間からその様子を窺った。アキもそれに倣う。
「噂ってなんですか?」
「ああ、研究科なのに自分の授業のない間はちょくちょく武芸科の稽古に参加してるってやつだよ。なんでも武芸科にライバルがいるとかって。確か今まで通算ナントカ戦ナントカ引き分け。あんまり覚えてないけどとりあえず毎回引き分けになるらしいよ。……で、その勇姿を見ようとどこから聞きつけたか女の子たちが集まるんだ」
アキは物珍しそうに人だかりを見ながら表情を変えずに応えた。
「へーすごいですね」
「あれ?興味ないの?」
「え……いや別にそうじゃないですけど、あの中に入ろうとは思いませんね。私はあんなにハッスルできないので」
軽く肩をすくめるような仕草をしながら言うと、アランは、はははっと声を上げて笑い出した。つられてアキも少し笑うと、彼に促されるままその場を後にしたのだった。