1-17やっぱり図書室
9月2日、食堂に一番乗りして誰もいないうちに朝食を済ませた。
普段ならぐずってもうすこし寝るのだが、目が冴えて、寝れないし、人が来ないうちに朝食を摂るのは名案に思えたからだ。
結果、登校が午後からなこともあって、アキは時間が余ってしまった。本当なら王宮図書館にでも行って所謂“異世界迷い込み”のメカニズムを調べたかったのだが、入学式からは外出許可証が必要になる。それに“王宮”図書館に行くのはどうも気が引けた。
結局、図書館が開く9時ごろを見計らって部屋を出た。
図書室にいたのはシャツにシンプルな薄手の長い上着を着たピンク(それはまごうことなきピンク!)の髪の司書だけであった。
気にならない振りをしても、ちらりちらりと視線が向けられるのが分かる。
東洋人的な容姿もさることながら、やはりふとした仕草や雰囲気からも彼らは正確に自分たちとの違いを見つけるようだ。
アースの民について研究され、まとめられた本や、伝承を4冊ほど手に取ると、カウンターに向かった。
「お願いします」
「貸し出しですね、イマージェを見せてください。…………その腕輪です」
そういえばアランがそんなことを言っていたかもしれない。
指示に従って小さな台座の上に腕輪を置くと司書はそれを少し見るだけで触りもせずにアキに返した。
「本を」
司書は本を受け取りながらも遠慮なく視線を向けてくるので、アキは目を合わせづらくて少し下に視線をそらした。
貸し出し期限は2週間、つまり10日。
これだけここにいても、1週間を7日で考える自分がいた。
***
同日、午前8時30分。
ふつうに人より遅めに食堂に着いた彼女は、今日も今日とて今にも営業中の看板をひっさげようとする食堂の人に泣きついて(脅して)最後の食事を出してもらっていた。
相変わらず暗い色の(今日は濃紺だ)ローブを着た彼女は異常に怪しい。祖母を真似たという日本人形のような長いストレートの黒髪もこの国の人々には奇妙に映るようだ。
しかしそんなことは微塵も、またミドリムシの繊毛の先ほども考えないのが彼女だった。
食堂のおばちゃんに尻を叩かれ、真っ赤なトマトケチャップのかかったオムレツを持ったひ弱そうな料理人がぶるぶる震えながら皿を差し出す。
にやり、とフードの中に半分隠れた彼女の顔が笑みを作った。
名もなき料理人はサササッと後退する。
彼女はゆっくりと食事を楽しんだ。
そしてもちろん食べ終わったら速やかに図書館に向かうのだ
あああああーーー!!!
夜行性はつらいわ!!本当にね。
まず朝起きられないのよ。目は覚めてるのよね、もちろん。ただね、布団から出るのが大変なのよ。
(それは単なる低血圧である)
だけど今日は必要ないのにがんばったわ!7時30分に起きたのよ。
何しろ予感がしたのよ。今日は7時30分に起きなきゃいけないとね!
まあ、勘よ、勘。
はッ。もしかしたらあの冷笑の似合う転校生に会えるかもしれないわ!!
何しろおばあさまの国の人は勤勉で謙虚で礼儀正しいと言うから、きっと敵の逃げ道を無くしてじわじわ追い詰めて最後にちらりと希望を見せたまま絶望の淵に突き落とすんだわ!!
一瞬でそれだけ考えた彼女はある意味尊敬……いやむしろその発想に飛躍したところなど一種の天才のような気もするが、ストッパーのいない彼女の脳内で、妄想は爆裂する。
それにしてもうわべだけ取り繕ったようなクロりんは何してるのかしら。一緒にいたらいやねえ。いやまさかあの微妙に世間をあえて斜め39度から見ているようなおばあさまと同じ故郷なんですもの!
あんな若造、ぺいっとゴミ箱に捨てているに違いないわ!
も、もしかしたらひそかに弱みを見つけていたぶろうとしているかもしれないわ!
おばあさまがよくやる手口ね!!
終わりのない妄想の大海は、図書館に着いたことによって一瞬で枯渇した。
そこには例の転校生がいたのである。