1-14実験体
「げほ、ごほぐふッ」
本当に大丈夫なのかと言いたくなるような量の血を咳とともにナプキンに吐き出す。色素の薄いクリスと比べて彼の血は真っ赤だった。
すかさずウェイトレスが真新しいナプキンと取り替える。彼はこの発作(?)を食事中に少なくとも3度起こしていた。
「あの……大丈夫ですか?」
「ふぅ、大丈夫です。すみません、食事中に。癖なもので」
いや、もう食べ終わった(言うほど食べていないが)ので問題はないのだが、癖とはいかなることか。
懇々と説明されたので結核ではないと言うのは分かったのだが、毎日これって大丈夫なのだろうか。今にもぶっ倒れそうである。
色素が薄いのはお家柄らしいのだが部屋に棺桶があったのはもしかしていつ倒れてもいいようにとか……いやいやさすがにそれはないな。
などなどアキの煩悩が次から次へと妄想を繰り出している間に、皿を下げに来たウェイトレスがクリスに何かを耳打ちした。クリスは片眉を上げると、ウェイトレスを下がらせ、アキに向き直った。
「学士院からお迎えが来ました。残念ですが本日はこれでお開きのようです」
突然のことにアキは思わずポカン、とクリスを見上げた。何しろアキはせっかくだからここで地球の人とアイリオについて少し調べ物をしようと思っていたのだ。
それにさっきまでどうにかして留めようとしていたのに、妙に素直である。
誰が来たんだ?
アキの疑問は程なく解決された。
上品な濃紺の騎士服を着たエドが静かに入ってきたのだ。心なしか顔が疲れている。また迷ったのだろうか。
しかしエドの顔はクリスを見た途端さらに青ざめた。
対してクリスはにやぁ、と口角を吊り上げる。黙って微笑んでいれば病弱の麗人なのに今や実験体を切り刻むマッド・サイエンティストである。
私と目が合ったエドはほっとしたようなしないような、笑おうとして失敗し、微妙におびえた妙な顔をした。
「エド君、とうとう実験に」
「付き合いません」
「なぜ」
「危なそうだからです」
「兄よりはやさしい」
「あなたの優しいは信用なりません。実験するならあのキザ野郎を存分に切り刻んでください。俺もあいつの脳内が気になります」
打てば響くような返し。やっぱりマッド・サイエンティストだったのか、とかエドなんか慣れてるな、とかなんで実験体に狙われてるんだろうとか、やっぱりクリスとはあんまりお近づきになりたくないかも、とか考える間も話は続く。
「クロ君か……彼はつかみどころ無いみたいで、実は分かりやすいって言う微妙な性格の持ち主だから却下。君みたいにストレートで面白みのある人間がいい」
「俺に言わないで下さい。あんたの実験には付き合いませんからね」
「まだ23なんだからピリピリしないほうがいいよ。老け顔だからさらにオジサンに見える」
エドはひくりと頬を引きつらせた。カツカツとブーツを鳴らし、荒々しい足どりでアキに近づくと、一言“帰るぞ”と言う。
アキは急いで荷物をつかむと早口でクリスに礼を言い、エドの後を追った。
彼が来るといつも急かされている気がするアキだった。
「なかなか興味深い実験結果でした」
クリスは椅子に座ったままそういった。すかさずウェイトレスが差し出したエドのカルテ(?)にカリカリと何かを記入する。
「新しいものを」
ウェイトレスは再びカルテ(?)を手渡す。
上部にはアキ・ホーノキと書かれていた。
かくして彼女は実験体となったのである。