1-12棺桶、のち大事なお話
扉の向こうには男性がいた。しかも全体的に色素が薄い。ものすごく薄い。
しかもなぜか、棺桶に挟まっている。
彼は上半身を棺桶に食われたまま言った。
「すみません棺桶の蓋を上げるのを手伝ってくれませんか?」
「あ、はい……」
何で棺桶があるんですか、とかなんで挟まってるんですか、とかその壁から生えてるライオンの首は何ですか、とかいろいろ聞きたかったのだが、とりあえずアキは彼の脱棺桶を手伝った。
彼の体は驚くほど細く、棺桶につぶされていなかったのが奇跡にも思えた。
その容貌はどこか女性的で、幻想的な銀色の髪とあいまってより彼を幻想的に見せている。
アキはクリスタレスに促されて席に着いた。木でできたカップは素材を感じさせないほど繊細で色鮮やかな模様が彩られ、不透明なガラスのような素材で塗りこめられていた。
部屋は見回せば見回すほど奇妙に見えた。ここまで統一性のない部屋にはなかなかお目にかかれないだろう。
やがて書棚を漁っていたクリスタレスはなにやら丁寧に保護された一枚の書面を取り出した。アランよりは短めの髪をさらりと払う様子も絵になっている。
「国王陛下のお手紙はありますか?」
「あ、はい」
アキは手提げかばんの中からケント紙ほどの硬さのファイルを取り出した。硬い紙でプラスチックの代わりをしているのだ。
クリスタレスは手紙を受け取ると、似たようなものが整然と仕舞われた入れ物に同じように仕舞う。この手紙は一時的な身分証明であり、御璽のない親族以外への手紙はこうして集められると言う。
もちろんめったにないのだが、悪用されないためだそうだ。仕方ないとはいえ自分に宛てられたものが取り上げられるのは少し寂しい気がした。
しかしクリスタレスはお構いなしに用件を伝えた。
アキら”純血”は国王の名において、不当な扱いを受けないこと。”純血”信者(生存する純粋な人間はアキのみだそうだ)から守ること。
それと引き換えに、時が来れば王宮に顔を出し、スキラートのために何かしら貢献すること。
「時っていつですか?」
「あなたがここになじんだ頃ですよ。それにニホンジンは頭がよいと聞きました。現に学士院にも行かれるのですし、文官になるのもよろしいかもしれません」
アキは思わず目を丸くした。それはニホンジンと分かることと、女性であるアキに文官を進めたことだった。
今までの様子から男尊女卑社会だと勝手に決めかかっていたのだ。
クリスタレスは予想していたようにくすりと笑った。
「76年前にこられたフミヨという印刷を発明した方が、晩年に学問好きの孫娘のために大演説をして、いろいろなところに働きかけたのですよ。学士院に女性が通えるようになったのは5年前で、たしかお孫さんも通っていらっしゃると聞きました」
「その人は……」
「ニホンジンです」
クリスタレスはアキの言葉の先をつなげた。彼女はアキと同じ”純血”で、はじめは芸術の国、ナールファインのアイオーネ――純血信者――に監禁されていたという。
「まあ彼女含め先達の行いが今あなたがこうしてこの国でやっていける理由なのですよ。それにしても落ちたところがアークライト辺境伯のところでよかった。あなたを彼の養女にするよう取り計らったのは私の兄なんです。」
「あ、ではよろしくお伝えください」
アキは脳内に”日本人的受け答えの作法”と言うタイトルの本を片手に小さくお辞儀をするような仕草をしながら言った。
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