1-11呟くおかっぱ、地下への挑戦
朝、アキが用意を終えた頃にようやくキルトは起きだした。彼をどう扱えばいいのかいまいち分からないのだが、当の猫は寝ぼけ眼でふらふらと浴室に向かっている。
とりあえず行き先だけ告げると、洗濯物を籠に入れて荷物を手に食堂に向かった。
食堂はあまり人がいなかった。昨日と同じ視線がちらちらと向けられているのが分かる。
相変わらず豪華なメニューに目を細めると給仕の女性に食券を手渡した。
「ベビィリーフのサラダと魚のミニスープ、チーズパンでございます」
トレイを受け取って席に着くと、見覚えのあるグリーンの髪が目の前で揺れた。
「おはよう、アキ。昨日はあまり話せなかったから。会えてよかった」
「おはようございます」
アランはアキの前の席に座ると、パンを手に取った。細身な彼には似合わないほどの量の食べ物がトレイに載っている。
アキは少しうらやましく思いながらスープに手をつけた。
「昨日のあれ、あの鉄面皮隊長って何の用だったの?」
「……エドのことですか?」
「あ、あだ名呼び」
アランはひくりと頬を引きつらせた。少々失礼ではないだろうか。と言うかエドは何でこんなにびびられているんだ。
「それなら生徒手帳と、身分証明の」
「ああ、ブレスレッドか。なるほど、留学生は王宮の管轄だから……」
アランは再びぶつぶつと呟きながらパンを口に押し込んだ。彼は何かと呟く癖があるようだ。
アキは気にせず最後のベビーリーフにフォークを突き刺した。
まあ言わなくても勝手に分かってくれるので助かるが。
***
王宮図書館は学院からそう遠くない場所にあった。学院とは比べ物にならないほどのマンモス図書館に、アキは目を白黒させながら中に入った。
一階の受け付けの男性に用件を告げると、見取り図を渡され、地下7階の右奥の部屋です、とだけ言われた。案内はしてくれないらしい。
はたして階段は長かった。残念ながらエレベーターもエスカレーターもない。それよりこんな地下深くに司書室を作ったのは誰だ。
外と違い、地下はひんやりとしていて心地よかった。しかしだからといって地下7階なんてものを作っていい理由にはならない。
光石の明かりで明るいとはいえ不気味すぎる。しかも人の気配が全くしないあたりがさらに怖い。
ここで誰かに脅かされればアキは一目散に階段を駆け上がっただろう。
アキは丁寧に幾何学模様が彫られた木製の扉を控えめにノックした。
「すみませーん、クリスタレスさんいらっしゃいますかー?」
「どうぞ」
聞き取りにくいか細い声が扉の向こうから届いた。男性のようなのだが、声がまるで今にも死にそうな人のように聞こえる。……不気味だ。
アキは一瞬のためらいの後、そっと扉を開いた。