1-8ストーカー再び
彼女は特別棟にいた。特別棟のロビーの、棚の中にいた。
中は比較的暗いのでフードは取ってある。そして鍵穴からエモノを覗いていた。
「あの黒い髪、直視できるそこそこの顔、完璧すぎるわ……!!茶髪ヤローになんて渡さないから見てなさい!!」
彼女は押し殺すように呟いた。学院の生徒で、きちんとした身分もあるのだから、適当に理由をつけて会いに行けばいいのに、彼女はそんなことはまったく考えなかったのである。
棚は比較的、明希とクローゼの近くにあったので、彼女はしっかりと二人の会話を聞き取ることが出来た。
言うまでもなくこれは犯罪行為である。しかし彼女は気にしない。
ああっ、あの手紙!知っているわ!ロザリーが8月19日にあのヤローにわたしたやつよ。確か貸し出した図書室の本に紛れ込ませたやつね。
……ふん、間違えたなんてうそだわね、これは。彼女の反応を確かめたかったのよ。うーんテストみたいなもの?
はっ、つまりこれは第一関門突破だわ!つまり彼は心の中では、”まあフツーに付き合ってやらんこともない”とか思っているに違いないわ!
その程度にしか思っていないくせに私より早く言葉を交わすなんてなんて図々しいの!
こっ今度は殿下と呼ぶなとかいいやがっていますね。なんと呼べばいいか言わないあたりがいかにも怪しすぎるわ。……妥当なのはクローゼ様かしらね。良家のお嬢様ならはじめからそうだけれど……。
そもそもはじめに殿下って言うのがちょっとおかしいのよ。堅苦しくって。もしかしておうちの方は軍に勤めているのかしら?
……調べなくてはならないわ。ふふふ、私に不可能わないわ!!
彼女は無言で悔しがったり怒ったりと傍から見たらいかにも怪しい(棚の中なので誰も見ていないが)行動をしていたが、玄関から誰かが入ってくる音がすると静かに姿をくらました。
***
「今、その棚の辺りに誰かいなかったか?」
玄関から入ってきた男――エドアルトが言った。
「いや、私と明希の二人だった。……そもそもここに寝泊りしているのは我々三人だけだろう?」
「確かに気配はしたんだが……それにしては薄かったしな、見逃しそうなくらいだから気のせいかもしれない」
エドアルトは棚を眺めながら言った。
クローゼはエドアルトの視線を追い、棚にたどり着くといやそうに顔をしかめた。
「何かあるのか?」
クローゼは不機嫌そうに棚に歩み寄る。心なしか歩き方も乱暴だ。
「この棚はな、外に出る仕掛けがあるんだ。これ以外にも仕掛けは大量にあるからな知っているだろう?」
「……兄君か」
「そうだ。あのいまいましい頭に花を咲かせたような奴だ」
クローゼは珍しく不機嫌さをあらわにしていた。それだけ気を許せる相手だと言うことだろう。
本人は気付いているかはわからないが、どこか心のよりどころにはしているはずだ。学校の七不思議に加えられたなどとぶつぶつ言っているがそれはそれで本人が楽しんでいる節があるので文句を言える立場ではないだろう。
そしてまだ太陽が沈みきらない頃、西の空にルテラが現れた。