1-7猫と手紙がアイテムボックスに追加された
明希は図書室に居るのを諦めて、特別棟に戻ることにした。夕食に近い昼食を摂ると、元来た道を帰る。この分では夕食を食べるほどお腹は空きそうにない。
なぜかわからないが道中ちらほらこちらを見て泣きそうな生徒を見かけたがそんなに怖いものでもあったのだろうか。
部屋の前には小ぶりのおしゃれなトロッコが置いてあった。荷物を置くところが家の形をしている。
屋根の部分を持ち上げると、案の定教科書とリストが入っていた。
そして鍵を開けて部屋に入ると、突然小型のもふもふした物体に飛びつかれた。
「うっ」
喉に変なものでも詰めたかのような声が出た。
二、三歩よろめいて改めて開いていた左手で半ば抱きしめるように原因を捕まえると、それはいかにも哀れっぽくみゃあ、と鳴いた。
「猫……」
明希は誰に聞かせるでもなくそう呟くと、深い藍色の猫の首元をつかんで床に下ろし、部屋の鍵を閉めた。
リストを確認して備え付けられたデスクの本棚に教科書を仕舞っていく。
歴史学、薬学、大陸生態学、海洋生態学、天文学、幾何学、能力学の七科目で、一週間五日の内休みが一日、一日一時間講義四コマだ。
科目に偏りがあるのは仕方ない。芸術が学びたいなら南にあるナールファイン、農林業なら自然豊かで国土の広い南のコンテクロープの学校に行く。
一通り片付け終えるとぼふん、と勢いをつけてベッドに座った。単独で狩をする習性から遊ぶ以外あまり人に寄り付かないはずなのに、藍色の猫はとてとてと明希の膝によじ登ってきた。
野生の猫にしてはシャンプーをしたばかりのようにふわふわした清潔感のある毛並みだ。
「どこから来たのかねぇ」
鍵も閉まっていたはずなのに……、明希はひっそりと呟いた。
それからしばらく窓の外を眺めながら猫と戯れたり教科書をパラパラめくってすごした。こうしてみると向こうでの生活とあまり変わらない気がした。
頭をぶんぶん振って懐かしい記憶を無理やり頭から追い出して、ごまかすように窓の外を眺める。
だんだん赤くなる空――この国の夕日は地球よりずっと赤かった――を眺めていると、遠くに小さな人影を見た。
人影は建物の正面ではなく、明希の部屋の窓のある東側の小さな扉から入っていった。
待ち人きたるかな。
クローゼ殿下であった。
明希はこれ幸いと例の手紙を手に階下へ向かった。
「殿下ッ」
「おや、出迎えてくれるなんて嬉しいね」
「いえ違います。えーこのエドに渡された手紙なんですが、これは、えーっと……殿下宛のもので。……あの、何で私にこれを?」
例の手紙を受け取ると、殿下は少し驚いて”ああ、間違えた”と言うとごそごそと服を探り、とうとう内ポケットから似たような水色の封筒を取り出した。
(こんなところにあったのか、と呟いた。本気で間違えたのであってこの手紙を私に渡す意味はなかったようだ)
「ごめんね、封筒が似てるから間違えてしまった。父上からの手紙なんだ」
「ありがとうございます」
「たいしたことないよ。……でも殿下って呼ぶのははやめてほしいな。僕の周りは殿下だらけだから、少し混乱する」
「あ……、すみません」
「いや、そんなに気にしてないよ」
学校には殿下……クローゼ殿下しかいないし、エドも殿下と呼んでいたが、まあ本人にそう言われればそうするしかない。せっかく殿下という呼び方に慣れて来たところなのだが仕方ないだろう。
明希は短く挨拶だけすると踵を返した。