1-4王子現る
ソファに座った殿下は完璧な笑顔で微笑んだが、明希は講堂でぶっつけ本番にスピーチをするくらいには緊張していたのでろくに目には入っていなかった。
「特別棟へようこそ。ここは王族とか留学生くらいしか居ないから今は僕ら二人だけど、4月には留学生が来てにぎやかになるからね」
にこやかに告げる殿下に明希は目だけで相槌を打った。自分は王族でも留学生でもないのだが、国王の推薦ゆえということなのだろうか。ていうかそもそも王子と同居ってどうなんだ。問題だろう、かなり。
しかし殿下は何の疑問も感じていないようだ。大丈夫か、この国。
「学年は僕がひとつ上だからあまり会えないけど、秋学期は創立記念パーティーとかもあるし楽しんでね」
「あ、はい。わざわざありがとうございます……」
明希が礼を言うと殿下は満足げに頷くような仕草をしてエドアルトに”後は任せたよ”と言うと席を立った。エドアルトが挨拶するのにつられて明希も座ったまま”おやすみなさい”と言った。殿下は立ち去る時も爽やかな笑顔を残し、栗色の髪を靡かせた。
最後まで完璧な王子っぷりである。
殿下が奥の階段へ消えたのを確認すると、エドアルトは半ば弁解するようにぼそぼそとしゃべりだした。
「すまない、旧知の仲なものだから思わずいつもの調子でやってしまった。不快にさせたなら謝ろう」
「いえ、大丈夫です。気にしてませんし、友達なんだったらいいと思います」
エドアルトはブルーの瞳を少し伏せると”そうか……”と言って立ち上がった。そして部屋に案内するから付いて来い、とだけ言うとすたすたと玄関に向かって歩き出した。
明希はあわててエドアルトの服の裾をつかむ。
「階段は、あっちです!!」
「……すまん」
そういうとエドアルトは体を180度回転させて再び歩き出した。明希はこれ幸いと質問をぶつける。
「あの、私本当にここに住むんですか?」
「そうだ。殿下の部屋とは階が違うから大丈夫だろう」
エドアルトはこともなげに言った。しかし声を大にして言いたい。何が?と言うかどの辺が?何で?
いや、まかり間違ってもそういったことはならないと思うが王族がどこの馬の骨とも知れない……いや一応知れてるか。貧乏辺境伯の幼女だし。いやいや、だまされるな。国王陛下、考え直して下さいこのやろー。きっと今頃大臣はらんでぶー。
明希が悶々と悩んでいる間に目的地に付いたようで、エドアルトに渡された鍵で部屋の扉を開ける。
二十畳はありそうな部屋に入るとエドアルトはベッドの脇にかばんを置いた。そういえば彼はずっと明希の鞄を持ってくれていたのである。
エドアルトはまた明日、と言うと明希に背を向けた。明希はエドアルトに向き直る。
「ありがとうございました!え、と……エドアルトさん」
「エドでかまわない」
「あ、じゃあ私のこともアキで……」
エドは後ろを向いたまま明希と会話した。そして明希から見れば後姿のままうむ、とばかりに頷くと今度こそ部屋から出て行った。
明希はエドが出て行くと、鞄の中から寝間着を取り出し、部屋に備え付けられたシャワー室のような風呂に入った。水が引かれているのか、レバーを押すと暖かい湯が出る。くみ出し式の様であった。天然の素材で出来た石鹸で体を洗うと、長時間歩いた疲れがどっと押し寄せてきた。
この国は産業革命以前のヨーロッパよろしく、下着は体にピッタリしたドレスや、レギンスのようなものばかりで、たまりかねた明希はシュリーに駄々をこねていわゆる紐パンなるものを作った。(これは様々な葛藤の末仕方なく行われた。ゴムが手に入らなかったし、普通のは縫いにくい)
ブライズ(例のレギンスもどき)にロングスリップを着る。これがこの国の一般的な寝間着だ。しかしジャージと違って外に出る時は上着を羽織らなければならない。
明希は今にも眠りに落ちそうな体を叱咤して鞄を片付けた。
ようやっと片付け終えるとベッドサイドにあるテーブルに学院長からの書状が見えた。
―――曰く、栄えある5人目の女生徒の入学を歓迎します、と。