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1-3エドアルトの受難

それから2、30分ほどかけて、ようやく特別棟(とくべつとう)に着いた。

扉が見えるあたりまで行けばエドアルトも自信をつけたのか明希の前を少々えらそうに歩き出した。自信をつけるのが遅すぎる上、初心者であるのに散々歩かされ、さらにえばられた明希は心の中でエドアルトの端正な顔をタコ殴りにするのを想像して我慢した。

空気を読め!現代日本人!これぞ処世術。沈黙を読み取るのだぁあ!


だぁあ!


だぁぁ……!


心の叫びが明希の中でエコーした。

ここで空気を読んでいないのは向こうだと言ってはいけない。それは気付いてはいけない事実なのだ。

……嗚呼、気付いてしまった。

とりあえず親しくなったらあること無いこと噂にしてやろう、と明らかに彼の行動に見合わない報復を心に留めて気を落ち着けた。勿論(もちろん)今後親しくなる予定は未知数、というよりゼロに近い。

つまり実行に移される可能性もゼロに近い。


今度こそ正しい扉を開けると、外との落差に一瞬くらりとするほど明るい光が瞳の奥を突き刺した。

これは寮か?と疑うほどに豪華絢爛な玄関口である。

何より明希を驚かせたのは光るガラス状の明かりであった。まるでシャンデリアか何かのように明るい光を放つそれには、電気コードも付いていなければ、火が灯されている様子も無い。貧乏を体現していたアークライト家では一生お目にかかれないもの、非常に高価な光石(こうせき)だ。この国の北に位置するシュミット山脈から採れる輝石である。


玄関から扉を抜けるとこれまた学生寮に似つかわしくない広いホールに着いた。今度は明希がじっくりと部屋を見渡す前に目の前に長身の青年が現れた。

エドアルトより幾分か高い位置にある彼の目は優しく薄い茶色で、光の当たり具合で金色にも見えた。瞳より少し濃い栗色の髪は男性にしては長めで、襟足が肩にかかっている。

寸分の隙もなく着こなされた制服は彼の醸し出す高貴なオーラを一層引き立たせていた。


エドアルトが胸に拳を当てて礼をとったので、明希もあわててぺこりとお辞儀をした。長いものには巻かれよ。

すると前方斜め上方向から、ふっと息を吐き出す音がした。ため息をついているようなものではなく、思わず出てしまったという様子で、当の青年はその薄い唇に笑みを()いていた。


ものすごく(・・・・・)遅かったね、エド」


彼の口調は嘲笑うというよりも、からかっているようであった。そしてそれに反比例して、エドアルトの機嫌が降下してゆく。

腹が立つと言いたげなその顔はさっきとはうって変わってかなり怒っているように見えた。明希は思わず弁解しようとした。

しかし、エドアルトはその表情のままで礼儀を保ったまま罵詈雑言を浴びせた。おかげで口調が変になっている。


「黙りやがって下さい殿下。ガキのくせにいちいち聞くな……お聞きになりやがらないで下さい。この生産性のかけらもないど阿呆……殿下」


栗色の髪の青年――殿下と呼ばれていたのでおそらく王族であろう――は今度こそ額に手を当てて肩を震わせた。おそらく彼の頭の中には散々一緒に歩かされた明希のことは一滴もないのだろう。明希はひそかに彼を敵認定した。

エドアルトは忌々しそうに舌打ちをする。

別人にも見える彼の態度に明希は驚いた。迷子がばれた(もしくはばれそうな)時とは大分違う。にわか多重人格だろうか?


「アークライト、知ってるとは思うがこちらはスキラート共和国第三王子クローゼ・アティラン・レイ・スキラート……………様だ」


エドアルトは最後をものすごく言いたくなさそうに付け加えると、金に近い茶色の目がまぶしいクローゼ・アティなんとか・スキラート殿下に私のことを軽く紹介した。

少し驚いた様子のクローゼ・アティなんとか……嗚呼面倒だ。殿下でいいか。

その殿下に、逆にエドアルトが驚く。


「知らなかったのか?先に文をやらせたはずだが……」


エドアルトは敬語を使うのをやめてしまったようだ。そういえば妙に親しげに殿下と話すし、いったい何者なのだろうか?というかそもそも何で王族がここに居るのだろうか?

私がこれから向こう三年暮らすところ、つまりここは学院の女子寮であるはずなのだ。


「ああ。また父からかと思って見ずに捨ててしまったのがあったような気がする。あれかい?水色の封筒の」


エドアルトが苦虫を噛み潰したような顔をする。どうやらその封筒で間違いないようだ。

ちゃんと見ろよ……。と言うその顔は彼が普段いかに苦労しているかを表していた

そんなエドアルトを華麗にスルーすると、殿下はさりげなく明希をホール中央のソファに誘った。意気消沈するエドアルトも後に続く。


「アキ、長い間歩かされて疲れただろう。新入生が来るのは知っていたんだけれど女の子だと思ってなくて心無いことをしてしまった。ごめんね」


「い、いえ。大丈夫です」


明希は日本人スキル”謙遜”を発動した。――そんなテロップが脳内画面の下部に流れた気がした。何しろぜんぜん大丈夫ではなかったからだ。


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