↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

パパの本気

作者: タク
掲載日:2026/10/02

日曜日の午前9時。

「よし、今日は俺が洗濯をやる!」

パパは立ち上がった。

妻はキッチンから顔を出した。

「え、珍しい。ありがとう」

「任せなさい。洗濯くらい、せんたく……」

「最後まで言わなくていいよ」

まだ何も始まっていないのに、先制攻撃を受けた。

パパは気を取り直して、洗濯機を回した。

洗い終わった洗濯物を取り出し、ベランダに干していく。シャツも、ズボンも、タオルも、順調だ。

「よし、完璧!」

そこへ妻がやってきた。

「ねえ」

「ん?」

「このポケットに入ってたレシート、どうした?」

「あ、それ? 洗濯機の中にあったから、救出しておいた」

パパは誇らしげに、濡れたレシートを差し出した。

妻はそれを見つめた。

「……ありがとう。で、これ、何を買ったときのレシートか読める?」

「え?」

「あと、ティッシュも一緒に洗った?」

パパは洗濯機を振り返った。

黒い服に、白い紙くずが点々と付いている。

「あー……雪が降ったみたいだね!」

妻は静かにうなずいた。

「そうだね。春なのにね」

「自然を感じる洗濯になったな!」

「次は自然を感じなくていいから、ポケットを確認してね」

その後、パパは洗濯物を一枚ずつ払い、妻は床に落ちた紙くずを拾った。

パパは申し訳なさそうに言った。

「ごめん。余計な仕事増やしちゃったね」

妻は少し笑った。

「うん。でも、やってくれようとしたのは嬉しいよ」

「次は完璧にやる!」

「その自信、どこから来るの?」

「洗濯だけに、洗練された自信!」

「はい、次からポケット確認係ね」

パパの洗濯大作戦は、こうして役職だけを残して幕を閉じた。

第2話 寝かしつけ大作戦


「今日こそ、絶対に寝かせてみせる」


午後八時三十分。


安藤拓也は、寝室の前で静かに拳を握っていた。


本日の任務は、息子・陽太の寝かしつけ。


ただ寝かせるだけではない。


妻の美咲が一人でゆっくりできる時間をつくり、明日に備えて自分も早く休む。


家族全員にとって、非常に重要な任務である。


「拓也、今日お願いしてもいい?」


リビングから美咲の声がした。


「ああ、任せろ。今日は俺が寝かせるから、ゆっくりしてていいよ」


「ありがとう。最近、寝るまで時間かかるから助かる」


「大丈夫。俺に任せておけ」


拓也は自信満々に答えた。


これまで何度も寝かしつけを経験している。


絵本を読む。


部屋を暗くする。


優しく背中をトントンする。


完璧だ。


今日こそ、父親としての実力を見せるときが来た。


ただし、拓也はまだ知らなかった。


寝かしつけとは、子どもを眠らせる戦いではない。


自分がどれだけ遊びたい気持ちを我慢できるかという、己との戦いでもあることを。


1.寝かしつけ開始


「陽太ー、そろそろ寝るぞー」


拓也が声をかけると、陽太はお気に入りのおもちゃを握りしめたまま振り返った。


「やだ!」


即答だった。


「いやいや、もう寝る時間だよ」


「まだ、あそぶ!」


「明日も遊べるから。今日はもうおしまい」


拓也はできるだけ優しい声で説明した。


陽太はおもちゃを見つめたあと、拓也を見上げた。


「パパ、いっしょ!」


「……一緒に?」


「いっしょ、あそぶ!」


小さな手が、拓也の服を引っ張った。


拓也は一瞬、心を揺さぶられた。


いや、待て。


ここで遊んでしまったら、寝かしつけが遅くなる。


父親として、ここは毅然とした態度を取らなければ。


「陽太。遊ぶのは明日だ」


「パパ……」


「……」


「パパぁ……」


陽太が上目遣いで見つめてくる。


拓也は目をそらした。


これは罠だ。


父親なら分かる。


子どもがかわいいのは当然だ。


しかし、ここで折れてはいけない。


「……じゃあ、寝る前に一回だけな」


誰に向けた言い訳なのか、自分でも分からなかった。


2.一回だけの約束


「よし! パパ怪獣だぞー!」


拓也は布団の上で両手を広げた。


「がおー!」


「きゃー!」


陽太が笑いながら逃げる。


「待て待てー! 食べちゃうぞー!」


「にげろー!」


小さな足音が寝室に響く。


拓也は四つん這いになって、ゆっくり陽太を追いかけた。


「捕まえたー!」


「きゃははは!」


陽太を抱き上げ、布団の上にそっと転がす。


もちろん、安全には気をつけて。


陽太は大喜びだった。


「もっかい!」


「えー、もう一回?」


「もっかい!」


拓也は時計を見た。


午後八時四十分。


まだ大丈夫。


五分くらいなら問題ない。


「よし、あと一回だけだぞ!」


「やったー!」


そして五分後。


「もっかい!」


「……よし、最後な!」


さらに五分後。


「もっかい!」


「これが本当に最後!」


さらに五分後。


「パパ、がおー!」


陽太が自分で怪獣の真似を始めた。


「おっ、陽太怪獣か! じゃあパパは逃げるぞー!」


拓也は布団の端まで逃げた。


陽太が追いかける。


「まてー!」


「うわー! 強い! 陽太怪獣、強すぎる!」


二人の笑い声が、寝室いっぱいに広がった。


このとき拓也は、完全に忘れていた。


自分が何をしに寝室へ来たのかを。


3.妻の偵察


「……二人とも、楽しそうだね?」


寝室のドアが、そっと開いた。


そこには美咲が立っていた。


拓也は固まった。


陽太は満面の笑みで叫んだ。


「ママ! パパ、がおー!」


「そう。楽しそうだね」


美咲はにっこり笑った。


その笑顔を見た瞬間、拓也は悟った。


これは、まずい。


「いや、これは違うんだ」


「何が?」


「その……寝かしつけの一環というか」


「寝かしつけの一環で、パパが怪獣になってるの?」


「そう。適度に体を動かすことで、ほどよい疲労を……」


「へえ」


美咲は時計を見た。


午後九時。


「拓也。寝かしつけ、お願いしたよね?」


「はい」


「寝かしつけてるんだよね?」


「はい」


「じゃあ、そろそろ寝ようか」


「……はい」


拓也は素直にうなずいた。


美咲は笑いをこらえながら、寝室を出ていった。


ドアが閉まる。


沈黙。


拓也は陽太を見た。


陽太も拓也を見た。


そして。


「パパ、がおー!」


「……あと一回だけな」


自分でも、なぜそうなるのか分からなかった。


4.突然の秘密基地


ようやく遊びを終え、拓也は陽太を布団に入れた。


部屋の明かりを落とす。


絵本も読んだ。


水も飲ませた。


あとは、静かに眠るのを待つだけ。


「陽太、ねんねしような」


「うん」


「目を閉じて」


「うん」


「おやすみ」


「……パパ」


「ん?」


「ここ、くらいね」


「そうだな。もう夜だからな」


「おばけ、いる?」


拓也は一瞬、考えた。


「いないよ。大丈夫」


「ほんと?」


「ほんと。パパがいるからな」


陽太は安心したように、拓也の腕にくっついた。


その小さな体温が、なんとも心地よかった。


拓也は息子の背中をゆっくりトントンした。


トントン。


トントン。


陽太の呼吸が、少しずつ落ち着いてくる。


よし。


このままいけば、いける。


拓也は心の中でガッツポーズをした。


しかし、そのとき。


「パパ」


「……ん?」


「おふとん、ひみつきち?」


拓也は天井を見た。


寝かしつけは、まだ終わっていなかった。


「そうだな。秘密基地だな」


「パパも、はいる?」


「もう入ってるよ」


「じゃあ、しーっ、ね」


陽太が人差し指を口に当てた。


「おお、そうだな。静かにしないとな」


二人は布団を頭までかぶった。


薄暗い布団の中。


陽太の顔が、すぐ目の前にあった。


「パパ、ここ、おうち?」


「そうだな。二人だけのおうちだ」


「ママは?」


「ママは……」


拓也は少し考えた。


「お外の見張り番かな」


「ママ、がんばってるね」


「……そうだな」


思わず笑いそうになった。


こんな小さな会話が、なぜだかたまらなく楽しい。


陽太は拓也の胸に顔をうずめた。


「パパ、すき」


その一言で、拓也の心は簡単に陥落した。


「……パパも好きだぞ」


今度こそ、寝かせよう。


そう思って背中をトントンすると、陽太は小さくあくびをした。


やがて、目を閉じる。


拓也は息をひそめた。


動くな。


しゃべるな。


笑うな。


そして、数分後。


すう、すう。


陽太の寝息が聞こえ始めた。


「……よし」


拓也は小さくつぶやいた。


任務完了。


ついにやり遂げた。


5.パパの本気、その結末


拓也は、陽太を起こさないように慎重に布団から抜け出そうとした。


まず、右腕をゆっくり抜く。


成功。


次に、足を動かす。


成功。


あとは立ち上がるだけ。


……だった。


「パパ……」


拓也の動きが止まった。


陽太は目を閉じたまま、拓也の服をぎゅっと握っていた。


「……いるよ」


小さな声で答える。


「パパ、いてね……」


拓也は、もう一度布団に横になった。


「……うん。いるよ」


陽太は安心したように、また静かな寝息を立て始めた。


拓也は天井を見つめた。


スマートフォンはリビング。


やりかけの家事も残っている。


明日の準備もある。


それでも。


今だけは、もう少しここにいたかった。


しばらくして、寝室のドアが静かに開いた。


美咲が顔をのぞかせる。


「……寝た?」


拓也は小さくうなずいた。


「うん。今、寝たところ」


「お疲れさま。大変だった?」


「まあ、ちょっとな」


美咲は、布団の中で陽太にくっつかれている拓也を見て、くすっと笑った。


「拓也も寝ちゃいそうだね」


「いや、俺はまだ起きてる」


「そう?」


「うん。全然、眠くない」


その直後。


拓也のあくびが出た。


「……ふぁ」


「眠そうだけど?」


「これは違う。あくびじゃなくて、深呼吸」


「そうなんだ」


美咲は笑いながら、そっとドアを閉めた。


拓也はもう一度、息子の顔を見た。


今日もいっぱい遊んだ。


いっぱい笑った。


そして、結局いつもより遅くなった。


寝かしつけとしては、反省点も多い。


でも。


「……明日も、一緒に遊ぼうな」


眠っている陽太に、小さく声をかけた。


もちろん、返事はない。


その代わり、陽太の小さな手が、拓也の服をもう一度ぎゅっと握った。


拓也は静かに目を閉じた。


今日の任務は、これで終了。


ただし。


寝かしつけをしたパパが、最後まで起きていられるとは限らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。