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変わらない想いの先に  作者: ミルハ


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22/29

愛を信じる夕陽

ある日の昼休み。

二人は屋上で並んで昼食を取っていた。


フェンス越しに見える青空。

心地よい風が制服の袖を揺らす。


その風が、ふいに慧の頬を撫でた。

まるで背中を押すように、そっと。


膝の上に置いた手に、わずかに力が入る。

喉の奥が乾き、飲み込んだ言葉が胸の内で重く沈む。


——今、言わなければ。


息を整え、ようやく口を開いた。

「彩心の進路は、音大なんだよね?」


「うん…」

彩心は少しだけ空を見上げた。

「辛い時も、嬉しい時も、いつも私の傍にあったのは音楽だったの…だから、もっと本格的に学んで、自分の音を奏でたいって思ったんだ。」


照れたように微笑む横顔に、迷いはない。


「…そっか。うん、彩心らしいね。」

慧は優しく笑う。

「彩心は、音楽でいくらでも羽ばたけるよ。」


「ありがとう。そうだといいな…」


短い沈黙が落ちる。

風だけが、二人の間をすり抜けていった。


慧は視線を落とし、指先で箸を握り直す。

「…実は俺も、進路のことで考えてることがあって」


彩心が顔を向ける。


「…イギリスの大学に行きたいんだ。」


「…えっ…イギリス?」

その言葉のあと、彩心の瞳がわずかに揺れた。

ほんの一瞬だけ、笑みが薄くなる。


「…うん。将来は国際社会の中で活躍できる人間になりたい。世界と繋がる中で、自分の可能性を試したいんだ。」

一度、言葉を切る。

「…でも、それは同時に、彩心と離れるってことでもある。」


風の音が、急に大きく聞こえた。


彩心は目を見開いたまま、ほんの一瞬言葉を失う。

そして、ぎこちなく笑った。


「そっか…すごいね、慧。」

声が、少しだけ震える。


「挑戦したいことがあるって、素敵だと思う。だから…頑張ってね。」

そう言った瞬間、堪えていたものが崩れた。

ぽろりと、涙が頬を伝う。


「ごめん…応援したい気持ちはあるのに…どうしても、寂しくて…」


その言葉を聞いた瞬間、慧の胸が強く締めつけられる。


理性より先に、身体が動いていた。

そっと、彩心を抱きしめる。


「ごめん、彩心…泣かせたくなんてなかったのに…」


屋上の風が、二人を包み込むように吹き抜けていった。


*** 


昼休みが終わり、ざわめきとともに廊下の音が遠ざかっていく。

慧は無言のまま席に着いた。


窓の外を見つめる横顔は、どこか固い。


その様子に気づいた沙希が、椅子を引き寄せた。

「慧…どうしたの?そんな顔して…」


慧はすぐには答えなかった。

指先でシャーペンを弄び、視線を落とす。


そして、小さく息を吐いた。

「…彼女を泣かせてしまったんだ。」


沙希の眉がわずかに動く。


「イギリスの大学に行くって伝えたら…彩心、泣いてさ。俺の夢のせいで、あんな顔させるくらいなら…」

言葉が、そこで途切れる。

「やっぱり国内の大学にして、傍にいたほうがいいのかなって…」


しばらく沈黙が落ちた。


沙希は腕を組み、じっと慧を見つめる。

その視線はまっすぐで、揺るがない。


「慧」

低く、はっきりと。

「青山さんが泣いたのは、慧が大事だからよ。」


慧が顔を上げる。


「それを“自分のせいで悲しませた”って、逃げる理由にしないで。」


「…逃げる?」


「そう。自分が傷つきたくないから、夢を小さくしようとしてるだけ。」


教室の空気が、ぴんと張りつめる。


「青山さんは、慧の夢を応援したいの。泣いたのは、それだけ本気で想ってるから。」


沙希は一歩も引かない。


「あの子の想いを、“重荷”にしないで。それは愛よ。」


慧は言葉を失う。


胸の奥に、何かが静かに刺さる。

そして、ゆっくりと目を伏せた。


*** 


その日の放課後。


音楽室には、夕方の光が静かに差し込んでいた。

ケースに楽器をしまいながら、彩心はどこかぼんやりしている。


「青山さん、ちょっといい?」


振り返ると、入り口に沙希が立っていた。


「姫野さん…」

少し驚いたように目を瞬かせる彩心。


沙希は扉を閉めると、まっすぐ歩み寄った。


「慧の彼女なら、ちゃんと彼を支えてあげて。」

言葉は強い。

けれど、その瞳は真剣だった。


「慧はね、イギリスに行っても、あなたを好きでいることは変わらない。」

一拍置く。

「たかだか数年よ。そのくらいの距離で揺らぐような想いじゃないでしょ?」


彩心の指先が、ぎゅっと楽器ケースを握る。


沙希は続ける。

「泣くなとは言わない。寂しいのは当たり前。でも、それで慧の夢を小さくさせないで。」


その言葉に、彩心ははっと顔を上げた。

自分の涙が、慧を迷わせていたかもしれないことに気づく。


「…そうだよね。」

小さく息を吸う。

「ありがとう、姫野さん。」


沙希は少しだけ表情を緩めた。

「私はね、二人の絆を信じてるの。」


夕陽が差し込み、音楽室の床に長い影を落とす。

その影は、どこか静かに寄り添っているようだった。


*** 


夕暮れの校舎裏。

木々が茜色に染まり、風に揺れている。


彩心は息を切らしながら走っていた。

探していた背中を見つけた瞬間、胸が強く跳ねる。


「慧!」


振り向いた慧の表情が、わずかに揺れる。


「彩心…」


駆け寄った彩心は、息を整えもせず、まっすぐ慧を見上げた。

瞳には、まだ涙の名残が滲んでいる。


「さっきは…泣いちゃってごめん。」

一度、ぎゅっと唇を結ぶ。

「私ね、慧がイギリスに行っても、ずっと慧を愛してる。離れてても、心はちゃんと繋がってるって思えるから。」


声は震えている。

それでも、言葉ははっきりとしていた。

「…だから、夢を叶えてきて。私、待ってる。ちゃんと、自分の夢も追いかけながら待ってるから。」


慧の喉が小さく鳴る。

視界が滲み、思わず目を伏せた。


「彩心…ありがとう。こんな俺を信じてくれて…」


一歩、距離を詰める。


「必ず戻ってくる。胸を張って帰ってくる。だから…待っていてほしい。」


次の瞬間、二人は自然と抱きしめ合っていた。


夕焼けの光が、重なった影をひとつにする。

互いの鼓動が、確かにここにあることを教えてくれる。


抱きしめ合いながら、彩心も慧も、やっぱりこの温もりこそが自分たちの帰る場所なのだと、静かに確かめるように感じた。

二人の心が、そっと安らぎで満たされていく。


遠く離れる未来は、まだ怖い。

それでも、この温もりがある限り——

きっと、越えられると、二人は願うように信じた。

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