表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変わらない想いの先に  作者: ミルハ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/29

君と響く秋の始まり

夏休みが明け、二学期が始まった。

まだ残暑が厳しく、校庭からは途切れ途切れに蝉の声が響いている。


教室の窓から差し込む強い日差しの中、琴音がどこか落ち着かない様子で彩心の机の前に立った。


「ねぇ…ちょっと、大事な報告があるの。」

その声を聞いた瞬間、彩心はなぜか胸がざわついた。

いつもの琴音より、少しだけ緊張しているのが伝わってきた。


「何?」

彩心は思わず背筋を伸ばす。


琴音は一瞬、唇を噛み、視線を落とす。

「実は…篠原、じゃなくて…」

呼び慣れた名字を言いかけて、ふっと照れたように笑う。

「健人と、付き合うことになったの。」


「えっ———!!」

思わず立ち上がりそうな勢いで、彩心が声を上げる。

普段は落ち着いている彼女の珍しい大声が、教室に響いた。


「しっ!声大きいってば!」

琴音が慌てて人差し指を唇に当てる。 


「ご、ごめん!でも…すごい…!」

言った直後、自分の声の大きさに気づき、彩心ははっとする。

頬がじわりと熱くなり、慌てて口元に手を当てた。


「…びっくりしすぎた。」

小さく呟きながら、深呼吸をひとつ。

高鳴る鼓動を落ち着かせるように、ゆっくり息を整える。


それから改めて琴音を見つめ、柔らかく微笑んだ。


「良かったね、琴音。」

今度は静かに、しみじみと。

胸の奥から零れた、本当に嬉しそうな声だった。


琴音は、耳の先までほんのり赤く染めながら、小さく笑った。

「…ありがとう、彩心。」


その笑顔は、どこかくすぐったそうで、でも隠しきれない幸せが滲んでいる。


彩心はふと何かを思いついたように目を細める。

口元にそっと手を添え、意味ありげに微笑んだ。

「でも、全然気づかなかったんだけど…どういう経緯?ちゃんと全部話して?」


琴音は頬を赤くして俯く。

「実はね…」


***


吹奏楽コンクールの帰り道。

夕焼けに染まった歩道は、昼間の熱をまだ微かに残していた。


オレンジ色の光が二人の影を長く引き伸ばし、並んで歩く距離をやけに意識させる。

慧と彩心と別れたあと、自然と二人きりになっていた。


さっきまでの賑やかさが嘘のように静かだ。

聞こえるのは、規則的に重なる足音と、遠くを走る車の音だけ。 


琴音は何度か健人の横顔を盗み見る。

いつもなら何かしら軽口を叩くはずなのに、今日は妙に静かだった。


ふいに、健人が立ち止まる。

「…今日の月城の演奏、すごかったな。」

低く落ち着いた声。


琴音が振り向くと、夕焼けを背にした健人の表情が思った以上に真剣で、胸がひやりとする。


「本当に感動した。正直…見直した。」

その言葉に、琴音の心が小さく揺れる。


「な、なによ…急に改まって…」

笑ってごまかそうとするけれど、声が少し上ずっている。


健人は一度視線を逸らし、夕空を見上げる。

それから、覚悟を決めたように、もう一度琴音を見た。


「インターハイの応援に来てくれたときから…いや、夏祭りのときからかな…」


健人は小さく息を吸う。

「俺、月城のこと…好きだ。」


琴音の思考が止まる。


「…え?…嘘でしょ?」

思わず聞き返す。


冗談を言うときの軽い笑みはない。

ただ、真っ直ぐで、少しだけ不安を滲ませた目。


「本当だ。だから…お前の気持ちも聞かせてほしい。」

一歩、距離が近づく。


琴音は思わず後ずさる。

背中に、ざらりとしたブロック塀の感触。


鼓動がうるさい。

耳の奥まで響いている。 


「そ、そんなこと急に言われても…」


逃げ場はあるのに、逃げたくない。


健人は逸らさない。

「聞くまでどかない。」

その声は不器用で、強がりで、でも、本気だった。


いつもの軽さはどこにもない。

ただ、ひとりの男の顔。

胸の奥がきゅっと締めつけられる。


怖いわけじゃない。

むしろ——こんなふうに見つめられるのが、少し嬉しい。


琴音は、制服の袖をぎゅっと握る。


「…私も」

喉が渇く。

「私も、篠原のこと…好きだよ。夏祭りのときから…」

言ってしまった瞬間、全身が熱くなる。


健人の目が大きく見開かれる。

「…本当か?」


「…まあね?」

顔を逸らしながら、強がる。

「あんたがそこまで言うなら、付き合ってあげてもいいけど…」


一瞬の沈黙。


次の瞬間、強く引き寄せられた。


「嬉しすぎる…俺と付き合ってくれ、琴音。」


胸に押し当てられる鼓動が、自分と同じ速さで打っている気がした。


「ちょ、ちょっと…!」

通りすがりの視線に気づき、小声で抗議する。

「人に見られてるよ?」


「…あっ、悪い!」

慌てて離れ、照れ隠しに頭を掻く健人。


その姿が可笑しくて、琴音はふっと笑う。

「もう、ばか…」

小さく呟きながら、そっと健人の手を握る。


健人は一瞬驚いた顔をして、それから強く握り返した。


夕焼けの道を、今度はさっきよりも少し近い距離で、二人は並んで歩いていった。

長く伸びた影が、ひとつに重なる。


***


話し終えた琴音は、耳まで真っ赤に染まり、視線をちらりと床に落とす。


彩心はそっと頬に手を当て、うっとりとため息をつく。

「そんなことがあったんだ…」


——ずっと自分の恋を応援してくれていた琴音。

その親友が、今こうして頬をほんのり染め、幸せそうに微笑んでいる。

胸の奥がじんわりと温かく広がり、自然と肩の力が抜ける。


ふと、健人に言われた言葉がよぎる。

『お前のことが好きだ。でも、俺の“好き”は…恋愛感情じゃない。』


あのときの健人が、今はちゃんと恋として誰かを好きになっている——

そのことを思うだけで、彩心の胸に柔らかな安心感が満ちてくる。


「二人、すごくお似合いだと思う。」

心の底からそう伝える彩心の声に、琴音は少し視線を逸らしながら、微かに笑って答えた。

「…ありがとう。」


その小さな声、照れ混じりの表情、普段の琴音では見せない柔らかさに、彩心は思わず目を細める。

親友の新しい一面が、眩しく、愛おしく感じられた。


***


始業式が終わった午後。

教室で並んで勉強をしていた彩心と慧。


「それにしても、あの二人が付き合うなんてね。」

彩心が嬉しそうに、でも少し照れくさそうに笑みを浮かべる。


「うん。俺も聞いたとき、びっくりしたよ。」

慧の声は少しぎこちなく、けれど自然な温かさがあった。

「…でも、本当にぴったりの二人だと思う。」

その言葉の端々に、健人への喜びが滲んでいた。


言葉を交わすうち、慧はふと彩心の横顔に目を向ける。

柔らかく光を受けた頬、髪の香り、肩のライン——

ためらいがちに、そっと肩へ手を回した。


「…えっ?」

驚きと戸惑いで見上げる彩心の瞳は、心臓の音と同じくらい早く瞬きを繰り返していた。


慧は慌てて視線を逸らし、頬を赤く染める。

「…ごめん。ちょっと、癒されたい気分なんだ。」


そう言うと、彼はゆっくりと彩心を抱き寄せ、首に顔を埋めた。

微かにかかる吐息がくすぐったくて、彩心の肩が小さく震える。


「あぁ、落ち着く…」

零れた声は微かに震え、彩心の胸をぎゅっと締め付けるように響いた。


(なにこれ…可愛い…)


思わず頬が緩み、自然に彼の頭に手を添える。

「慧、可愛いね…」


やさしく髪を撫でる手の感触に、慧はさらに顔をすり寄せる。


「…俺、もう少しだけ、このままでもいい?」

小さく照れた声が耳元に届き、彩心は胸の奥からじんわり温かさが広がるのを感じた。


「うん。ずっとでもいいよ。」

心の奥に溢れる想いを込めて、彩心は彼の背中をそっと撫でる。


その瞬間、慧ははっきりと感じた。

——やっと、自分が帰る場所を見つけた、と。


「…やっぱり、君の温もりは最高だ。」

力の抜けた声が、静かな教室に柔らかく溶けていく。


彩心の香り、温もり、そして穏やかな鼓動。

抱かれているだけで、心の奥に絡まっていた不安や迷いが、少しずつほどけていく。


「…君って、ほんとに可愛い。」

無意識に零れたその言葉に、彩心は自然と微笑む。


この時間が、ずっと続けばいい——

そう思う慧の胸の奥で、彩心の存在が確かに、静かに心を満たしていた。


だが、胸の奥にひそむ影のような想いが、重く横たわっていた。

卒業後、イギリスの大学へ進学するという未来——

まだ誰にも打ち明けられていない、遠い選択。


顔を埋めたまま、小さく息を吐く慧。

「…最近、どうしても不安になるんだ。ずっと一緒にいたいのに、時間が足りない気がして…」

首筋にかかる吐息に混じって、声が震えて彩心の肩に届く。


彩心は一瞬、慧の震える声につられて胸の奥がぎゅっと締め付けられ、不安が心に忍び込むのを感じた。

けれどすぐに、彼を抱きしめる腕に力を込める。


「大丈夫だよ。私はここにいるから。」

その言葉を慧に伝えるように、そして、同時に自分に言い聞かせるように。


——慧の言葉の奥にあるものを、このときの彩心はまだ知らない。


教室の窓から吹き込む初秋の風が、二人の間に淡い影を落とし、やさしい光とともに、未来の少しの不安と温かさを映し出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ