表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
変わらない想いの先に  作者: ミルハ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/29

謝罪と、はじまりの予感

次の日、朝礼が終わったあと。

慧は、人の流れが落ち着くのを待つこともせず、彩心のクラスへ向かった。

廊下を歩きながら、「謝るだけだ」と自分に言い聞かせる。

それ以上の理由は、考えないようにしていた。 


教室に着くと、朝礼直後のざわめきがまだ残っていた。

笑い声と椅子の音が入り混じる中、慧は健人の席に顔を出す。


「よう、健人。青山さん、いる?」


健人は一瞬きょとんとした顔で慧を見てから、驚いたように眉を上げる。

「お前…本当に来たのかよ。」 

そう言ってから教室をぐるりと見渡し、首を傾げた。

「…あれ? そういえば、いねぇな。」


そのとき——

ガラガラ、と扉が開いた。

トイレから戻ってきたらしい彩心と琴音が、並んで教室に入ってくる。


今日の彩心は、昨日はおろしていた髪を、後ろでひとつにまとめていた。

小さな頭の形がはっきりして、白いうなじが、無防備なほどに露わになっている。


慧は、思わず息を止めた。


(…昨日と、全然ちがう。)


理由はわからない。

ただ、目が離れなかった。


彩心も慧に気づき、ぴたりと足を止める。

一瞬で、昨日の記憶がよみがえったのだろう。

表情が、わずかにこわばる。


「お、噂をすれば…」

健人は彩心と慧を見比べるようにして、ニヤリとした。


「何?また私のこと、ばかにしてたんでしょ?」

彩心の声は少し尖っていた。

防御の色が、はっきりと滲んでいる。


慧は一歩、前に出た。

周りのざわめきが、すっと遠のく。


「青山さん」


真っ直ぐに視線を合わせる。

逃げ道を作らない距離だった。


「昨日のこと、謝りたくて来たんだ。笑っちゃって、ごめん。嫌な思い、させたよね…」

言い訳はしなかった。

ただ、思っていたことだけを、そのまま差し出す。 


彩心の目が、驚いたように大きくなる。


「え…それを、わざわざ?」

拍子抜けしたように、声が少し柔らぐ。

「別に…気にしなくていいのに…」


「いや。俺が、気になったから…」

慧はそう言って、小さく笑った。


そのまま、右手を差し出す。


「俺、一ノ瀬慧。よかったら…これからよろしく。」


一瞬の躊躇いのあと、彩心はそっと、その手に触れた。

思ったよりも、温かかった。


「…うん。」


指先が触れ合った、その短い時間だけ、胸の奥が、きゅっと鳴る。


「一ノ瀬くん!」

その空気を破るように、琴音が元気よく割って入る。

「私は月城 琴音!よろしくね!」


「よろしく、月城さん。」


慧は人当たりのいい爽やかな笑顔を見せ、ちらりと時計に視線を落とした。


「じゃ、そろそろ一限始まるし。またね!」

そう言って、軽やかに教室を出ていく。


その背中を、彩心はしばらく見つめていた。

胸の奥が、さっきから落ち着かない。


(…なんでだろう。)

理由は見つからない。

ただ、さっき触れた手の感触だけが、残っている。


「ちっ…」

横で、小さな舌打ちが鳴った。


「何?篠原、面白くなさそうじゃん?」

琴音がにやにやしながら言う。

「もしかして…嫉妬してるの?」


「はぁ?ちげーし!」

健人は耳まで赤くして否定する。

「俺の大切な親友の慧が、青山なんかと仲良くなるのが嫌なだけだ。」


「何それ!失礼な言い方!」

彩心は頬を膨らませる。


(…まだ、仲良くなるなんて決まったわけじゃないのに。)


心の中でそう否定しながらも、彼女は気づいていなかった。

慧に向けられた自分の感情が、すでに、他の男子とは違う色を帯びはじめていることに。


***


胸の奥が、落ち着かない。

ただ謝りたかっただけなのに、終わってみると妙にざわついていた。

——ちゃんと、許してもらえただろうか。


これまで、女子から告白されたことは何度かある。

けれど“好き”だとか“付き合う”だとか、正直よくわからなくて、そのたびに、曖昧なまま断ってきた。


正直に言えば、女子は少し苦手だった。

どう接すればいいのか、距離の取り方もわからない。


それなのに——青山さんだけは、違った。

初めて会ったときから、なぜか目が離せなかった。

小さな仕草ひとつひとつがやけに印象に残る。


今朝の、後ろでまとめた髪。

白いうなじが眩しくて。

握手したときの手は、驚くほど小さくて、柔らかかった。


(…って、俺、何を考えてるんだ。)


自分でも呆れそうになりながら、それでも思ってしまう。

また、会いたい。


健人に会う口実でもいい。

理由なんて、後からつければいい。


青山さんに会いたい——

この胸のざわめきの正体の名前を、慧はまだ知らなかった。


***


休み時間。

生徒たちの笑い声が教室に満ちる中、彩心は琴音の席に腰を下ろしていた。


琴音は椅子にもたれ、天井を仰いで大きく息を吐く。

「は〜…一ノ瀬くん、近くで見たの初めてだけど、やっぱカッコよかったなぁ。」


「…まあ、他の男子よりは、そうかも。」

彩心はそう言いながら、視線を床に落とした。

自分でも理由のわからない胸の奥のざわつきを、誤魔化すように。


琴音が身を乗り出す。

「えっ!彩心が男子を褒めるなんて珍しい!…まさか、気になってる?」


「ち、違うよ!そんなわけ…」

慌てて首を振る。

「でも、わざわざ謝りに来てくれて…誠実な人だなって。ちょっと感動しちゃった、かも。」


「だよね!」

琴音はにんまりする。

「あの気遣い、紳士すぎる!ていうか…一ノ瀬くん、彩心のこと気に入ってるのかな?」


「なっ…ないってば!」

彩心は視線を逸らす。

「こんな私のことなんて…きっと社交辞令だよ。」


そのとき。

ガラリ、と教室の扉が開いて、慧が入ってきた。


反射的に顔を上げて、彩心と琴音は目を合わせる。

そして琴音が、抑えきれずに声を上げた。

「来た〜!」


その一言に、何人かの視線が集まる。


「ちょ、琴音!しーっ!」

(…お願い、声大きいから!)


慧は教室を見渡すと、迷いなく彩心を見つける。

ふっと、柔らかく微笑んで、小さく手を振った。


その瞬間、彩心の胸が跳ねた。

一拍遅れて、戸惑いながらも、そっと手を振り返す。


慧はそれだけで満足したように、健人の席へ向かっていった。


「ねぇ、今の見た!?」

琴音が興奮気味に囁く。

「一ノ瀬くん、完全に彩心に手、振ってたよね!?やるじゃん!」


「や、やめてよ…ただの挨拶だってば…」

そう口にしながらも、頬は熱く染まっていく。

心臓の鼓動がやけに大きく響いて、琴音の声は遠くにかすんでいった——


***


健人の隣に腰を下ろしながら、慧はそっと目を向ける。


——小さく俯いて赤くなっている、青山さん。


その仕草が胸に焼きついて、気づけば、何度も視線を追ってしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ