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変わらない想いの先に  作者: ミルハ


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18/19

夏、全力で

インターハイの会場——

幕張メッセに隣接する総合競技場は、夏の陽射しを浴びて眩しく輝いていた。


ピッチを囲む観客席は、全国から集まった応援団の声で震え、色とりどりの旗が風に踊る。

人工芝の青が光を反射し、遠くのスピーカーから流れるアナウンスが、胸の高鳴りをさらに引き締める。


慧たちは都道府県予選を勝ち抜き、ついにこのインターハイの舞台に立っていた。

高校生活最後の大舞台。

ここで全てを出し切らなければ、後悔しか残らない——


慧はユニフォームの袖を握りしめ、スタンドを見上げた。

そこには、彩心の姿があった。

太陽に照らされ、瞳も笑顔もきらきらと輝く。

その瞬間、慧の胸はぎゅっと熱くなる。


(彩心が応援してくれるなら、絶対に後悔はしたくない。全力でやり抜きたい。)


夏祭りの夜、二人だけで過ごした静かな時間が脳裏をよぎる。

自然に触れ合った手のぬくもり。

交わしたキス。


そして彩心が囁いた言葉——

『私、いつでも慧を受け入れるから。』

その一言が、緊張で震える心をそっと包み込み、背中を押すように力をくれる。


***


スタンドでは、彩心が琴音と並んで声援を送っていた。


照りつける陽射しと観客の熱気が混ざり合い、空気はむっとするほど熱い。

応援団の太鼓が腹の底に響き、歓声が波のように押し寄せては引いていく。


彩心の視線は、ただ一人——

慧の背番号に向けられていた。


走るたびに揺れるユニフォーム。

ボールを追う真剣な横顔。

その姿を見るたびに、胸がどきどきと高鳴る。


「彩心、慧くんすごいね! ちゃんと声出して応援しなよ!」

琴音がニヤリと笑い、軽く肘で突く。


「う、うん…慧、頑張れー!」

自分でも驚くほど大きな声が出た。

頬が熱くなるのを感じながら、それでも視線は逸らせない。


ピッチでは、慧が相手からボールを奪い、迷いのない鋭いパスを繰り出す。

汗に濡れた髪が光を弾き、全力で駆け抜ける姿は、いつもの穏やかな彼とはまるで違って見えた。


仲間と目を合わせ、瞬時に動きを合わせる

その姿は頼もしく、眩しくて——


(かっこいい…)


胸の奥がきゅっと締めつけられる。


(いつもは優しくて、私を守ってくれる慧なのに…ピッチに立つ慧は、こんなにも強くて、遠い存在みたい…)


誇らしさと、ほんの少しの寂しさ。

その両方を抱えながら、彩心はただ、彼の背中を追い続けていた。


***


健人もまた、サイドで輝いていた。


慧からのパスを正確に受け止めると、迷いなく一歩踏み込む。

相手ディフェンスを鋭い切り返しでかわし、そのまま一気に駆け上がる。

次の瞬間、ゴール前へと鋭いクロスを放った。


観客席が「オーッ!」と大きくどよめき、スタンドの旗が一斉に揺れる。

太鼓の音がさらに強く鳴り響いた。


汗に濡れたユニフォームが陽射しを反射し、その表情は普段の軽い調子とはまるで違う——真剣で、鋭い。


ピッチを駆け抜ける姿は、誰よりも頼もしく見えた。


琴音が、思わず小さく呟く。

「篠原…かっこいいかも…」

自分の口から零れた言葉に、はっとする。


健人のクロスがゴール前へ吸い込まれ、決定的なチャンスが生まれる。

歓声がさらに高まり、空気が震える。


それでも琴音の胸に残ったのは、プレーの凄さ以上に——

真剣な横顔だった。


頬が、夏の陽射しとは別の熱でじんわりと染まる。


(…夏祭りのときも、あんな顔してたっけ。)


胸の奥がざわつき、慌てて視線を逸らす。


その頃、健人もまた、プレーの合間にちらりとスタンドを見上げていた。

一瞬だけ、視線が重なる。


ほんのわずかな時間。

けれど、その一瞬がやけに長く感じられる。


次の瞬間、健人は何事もなかったかのように前を向き、再び走り出す。


スタンドとピッチ。

離れているはずなのに、二人の間には確かな熱が流れていた。

その微妙で甘い空気が、夏の風に紛れてそっと揺れていた。


***


慧はピッチの上で、ただ前だけを見ていた。

ゴール前で激しくぶつかり合い、相手のタックルを紙一重でかわす。

こぼれたボールを拾い、迷わず健人へと繋ぐ。


足は重い。

呼吸は荒い。

それでも、止まるわけにはいかなかった。


観客席から響く声の波の中に、確かに聞き慣れた声が混じる。

「慧、頑張れー!」

遠いはずなのに、不思議とはっきりと胸に届いた。


(彩心が見てくれてる。…だから、絶対に全部出し切るんだ。)

その思いが、疲労を押し返す力になる。


健人もまたサイドを駆け上がり、慧と視線を交わす。

言葉はいらない。

何度も繰り返してきた連携が、自然と形になる。


芝にスパイクが食い込み、汗が陽射しに散る。

仲間との一瞬一瞬が、高校最後の舞台に刻まれていく。


結果がどうであれ——

後悔だけは残したくない。

それが、二人の揺るがない思いだった。


***


ピッチ脇では、沙希がタオルとドリンクを手に、静かに試合を見つめていた。


歓声の中で響く彩心の声は、彼女の耳にも届いている。

恥ずかしさも忘れて、顔を赤くしながら必死に叫ぶ姿。

その真っ直ぐさに、沙希は思わず目を細めた。


(…慧の力は、あの子のおかげなのかもしれない。)


そう認める瞬間、胸の奥にあった小さな棘が、すっと溶けていく。

悔しさは——もうなかった。


ただ、慧が全力で戦う姿を、誇らしく思う気持ちだけが残っていた。


***


——試合終了のホイッスルが、空に高く響いた。

その瞬間、慧と健人はほとんど同時に力を抜き、ピッチに倒れ込む。

熱を帯びた人工芝の感触が背中に伝わる。


荒い呼吸。

汗に濡れた額。

それでも、二人の顔には確かな笑みが浮かんでいた。


やりきった——

その実感だけが、胸いっぱいに広がっている。


スタンドから、大きな拍手が降り注ぐ。

その中に混じる、ひときわ懸命な拍手。


慧はゆっくりと顔を上げ、スタンドを見つめる。

そこにいる彩心と目が合った。


言葉は届かない。

けれど、その笑顔だけで十分だった。


胸の奥が、じんわりと熱くなる。


***


その後、観客がまばらになったスタンドの出口で、沙希が彩心に歩み寄った。

その表情は牽制でも対抗心でもなく、穏やかで、どこか少しだけ切なげだった。


「青山さん。慧があんなに頑張れたの、きっとあなたのおかげね。…ありがとう。」


一瞬、彩心は驚いたように目を瞬かせる。

けれどすぐに、まっすぐな笑顔を返した。


「ありがとう、姫野さん。でも、あなたのサポートがあったからだと思う。ずっと近くで支えてくれていたんだよね。」


沙希の胸が、わずかに震える。


ふっと微笑み、二人は静かに手を差し出す。

そっと交わした握手は、競い合いでも敗北でもなく——

それぞれの想いに区切りをつけるためのものだった。


***


スタンドを出た琴音は、頬を赤らめつつ、健人に歩み寄ると、軽く肩を叩いた。


「篠原、今日のクロス、めっちゃかっこよかったじゃん。…あんたのこと、ちょっと見直した。」

わざと軽い口調で言うものの、声はどこか素直だった。


「お、おう…そんな真面目に褒めんなよ。照れるだろ。」

視線を逸らしながら頭を掻く健人。

けれどその耳は、ほんのり赤い。


琴音の無邪気な笑顔をまともに見た瞬間、心臓がどくんと跳ねた。


***


一方、彩心と慧はそっと手を繋ぎ、競技場の外へと歩き出す。


熱気の残る空気。

遠くでまだ響く閉会式のアナウンス。


振り返れば、あのピッチには汗と情熱が確かに刻まれている。


「彩心、応援してくれてありがとう。君がいたから、全部出し切れた。」

素直な言葉が、自然と零れる。


「ううん。慧、本当にすごかったよ。私…そんな慧が大好き。」

そう言って、彩心は満面の笑みを向ける。


夕陽に染まったその笑顔は、まるで夏の終わりに咲くコスモスのようにやわらかく揺れて——

慧の胸の奥に、静かに、けれど確かに咲いた。


次の瞬間、彩心を強く抱きしめた。

試合中とは違う、守るような優しい力で。


夏の熱気と、まだ消えない鼓動。

その両方が、静かに胸の奥で重なり合っていく。


***


少し後ろでは、琴音と健人も並んで歩いていた。

互いに視線を逸らしながらも、口元に浮かぶ笑みを隠せない。

何気ない距離感が、ほんの少しだけ近づいている。


インターハイの余韻は、それぞれの胸に温かい灯を残していた。

この夏はきっと、忘れられない。

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