届き始めた想い
県営スタジアム。
都道府県予選の会場は、応援の声で熱気に包まれていた。
スタンドで彩心は琴音と並んで、ピッチを駆ける慧の姿を見つめる。
汗を光らせながらボールを追いかける姿に、胸が高鳴って止まらない。
「慧くん、めっちゃカッコいいね!ほら彩心、ちゃんと応援しなよ!」
琴音がにやにやしながら肘で突いてくる。
「ちょ、琴音…う、うん…本当にすごい…」
顔を赤らめ、視線は慧から離せなかった。
慧が相手をかわし、鋭いシュートでゴールを決める。
歓声が湧き上がる中、自然と彩心に目が向く。
スタンドで、緊張した顔を少し赤らめながら、拳をぎゅっと握って一生懸命見つめる彼女の姿が、慧の胸を締め付ける。
(彩心ちゃんに見てもらいたい…)
その思いが、胸の奥の熱をいっそう強くした。
慧に笑顔で手を振られ、胸がきゅっと跳ねる。
思わず彩心も、慌てて手を振り返した。
心臓はバクバクと暴れる。
(慧くんの笑顔…いつも心を温かくする。でも、こんな私なんかでいいのかな…)
ピッチ脇では、沙希が慧にタオルとドリンクを渡していた。
「慧、ナイスゴール!」と笑顔を見せる沙希。
慧は「ありがとう、姫野」と答えるが、その視線は自然とスタンドの彩心へ向かう。
沙希の笑顔が、一瞬だけ硬くなった。
(やっぱり…あの子が気になるんだ…)
胸に小さな痛みが走る。けれど表情には出さず、声だけを明るく保つ。
***
試合後。
歓声の余韻がまだ残るピッチ脇で、慧に声をかけようとした彩心の足が、ふと止まる。
すぐ傍に、沙希が立っていた。
汗を拭くタオルを慧に手渡しながら、沙希は柔らかく微笑む。
そして、彩心にだけ届くくらいの声で、そっと言った。
「慧の活躍、いつも私が支えてるんだけどね。」
軽い口調。
けれど、その言葉はどこか牽制を含んでいた。
——傍にいるのは、私。
その微笑みが、何よりも雄弁にそう語っていた。
彩心の胸がざわりと揺れる。
校庭でハイタッチを交わしていたマネージャー。
迷いのない立ち姿。
美人で、自信に満ちて見える彼女の存在は、あまりにも眩しい。
(…敵わない、かも。)
一瞬、そんな思いがよぎる。
けれど——
(それでも)
彩心は小さく息を吸い込む。
(何を言われても、私は…自分の気持ちに正直でいたい。)
逃げずに、沙希の目をまっすぐ見返す。
その真っ直ぐさに、沙希の瞳がわずかに揺れた。
自信に満ちた笑みの奥に、ほんの小さな焦りが滲む。
——この子、引かない。
沙希の瞳が複雑に揺れる。
夕陽が長く伸びる影をピッチに落としていた。
***
ふと、慧に呼ばれ、スタジアムのベンチに二人きりで座る。
応援の喧騒が遠ざかり、夕陽が静かに二人を染めていた。
少しだけ距離のある沈黙。
慧は何度か言葉を飲み込み、やっと口を開く。
「彩心ちゃん、今日は来てくれて本当にありがとう。応援してくれて、すごく励みになったよ。」
「ううん。私こそ、誘ってくれてありがとう。慧くん、本当にかっこよかったよ…」
彩心は顔を赤くして言葉を詰まらせる。
沈黙。
慧の胸の奥で、抑えていた感情が一気にせり上がる。
——今、言わなきゃ。
夕陽に目を細め、拳をぎゅっと握る。
「彩心ちゃん…」
その声は、少し震えていた。
「俺、君に出会ってから…人生が変わったんだ。こんなに誰かを想ったのは、初めてで…」
一度、深く息を吸う。
逃げ道は作らない。
「君のことが好きだ。…俺の傍に、いてほしい。」
一瞬、世界が静止したように感じた。
彩心の心臓が、耳の奥で大きく鳴る。
(…夢じゃないよね?)
慧のまっすぐな瞳から、目を逸らせない。
逃げない。
「私も…慧くんに、人を想う気持ちを教えてもらえたの。」
喉が震える。
「私も…慧くんが、好き。」
慧は一瞬、息を呑む。
そして、信じられないというように彩心を見つめる。
驚いたように、けれどすぐに嬉しさが溢れた顔で。
「…本当?」
その声は、さっきまでの真剣さとは違う、どこか不安を含んだ響きだった。
彩心は恥ずかしそうに視線を落とし、小さく頷く。
「うん…」
掠れるような声。
けれど、確かな想い。
その瞬間、慧の表情がふっとほどける。
「彩心ちゃん…」
一歩、距離を詰める。
「抱きしめても、いい?」
彩心の心臓が大きく跳ねる。
顔は真っ赤のまま。
けれど、逃げなかった。
こくん、と小さく頷く。
次の瞬間、慧は彩心を力強く、けれど大切に抱きしめた。
胸に伝わる鼓動。
肩越しに感じる体温。
彩心は驚きながらも、その腕の中でそっと目を閉じる。
(あったかい…)
ドキドキしているのに、不思議と安心する。
今まで味わったことのない幸福感が、胸いっぱいに広がっていく。
遠くのピッチから響くボールの音が、二人の鼓動と重なり合う。
世界は騒がしいはずなのに、この瞬間だけは、二人だけの静かな時間だった。
そのとき。
スタンドから忘れ物を取りに来た健人が、足を止めた。
「…ほぉ。やってんな。」
その声に、彩心ははっとして顔を真っ赤にする。
慌てて慧の胸から体を離し、俯いたまま固まった。
慧は一瞬驚きつつも、どこか照れくさそうに頭を掻く。
健人はそんな二人を見て、苦笑した。
「安心したわ…慧ならお前のことちゃんと守ってくれる。」
少し間を置いて。
「…良かったな。」
その声には、からかいよりも温かい祝福が込められていた。
彩心は胸の奥がじんわりと熱くなり、思わず「ありがとう」と小さく呟いた。
胸の奥に、小さな自信が芽生える。
(慧くんとなら…これからも一緒に歩いていける。)
***
スタジアムを出た彩心に、琴音がにやにやしながら肘で軽くつつく。
「ねぇねぇ、二人でベンチで何してたの?」
彩心は思わず俯き、頬を赤く染めて小さく息をつく。
「や、やめてよ…琴音。」
でも、胸の奥に湧き上がる幸福感に押され、勇気を振り絞って小さな声で告げた。
「慧くんに、告白された…」
その言葉を聞いた琴音は、思わず叫び声をあげ、彩心にぎゅっと抱きつく。
「…本当?きゃーー!!」
胸いっぱいに嬉しさが溢れ、琴音は涙ぐみながら囁く。
「良かったね…彩心。」
その涙声につられ、彩心も目元をうるませ、声を震わせながら返す。
「ありがとう…琴音。」
二人はしばらく、照れくささと喜びが入り混じったまま、互いの肩に寄り添った。
琴音の腕の温もりに、彩心は改めて友情のありがたさを感じる。
——こうして喜びを一緒に分かち合える存在が傍にいることも、今の自分には大切な宝物だと。
夏の夕日がスタジアムを赤く染め、長く伸びる影が二人の足元に揺れる。
遠くのピッチでは、慧と健人が互いに笑い合い、その笑顔が夕日に温かく照らされて輝いていた。
彩心は胸に小さな幸福を抱え、そっと深呼吸をする。
心の中でそっと誓った——
今日という一日が、これからの自分の背中を押す、忘れられない大切な瞬間になることを。




