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変わらない想いの先に  作者: ミルハ


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13/14

守りたい手、触れた手

次の日の昼休み。


教室の廊下で、彩心はクラスメイトの男子に呼び止められていた。

「なぁ、青山。手、見せてみ?俺、手相占い得意なんだって。」


「えっ…? あ、うん…」


戸惑いながら差し出した手を、男子がにやにやと笑いながら指でなぞる。

「お、これ運命線じゃね? けっこう濃いじゃん。将来モテるタイプだぞ、青山。」


指先が手のひらをゆっくりなぞり、わざとらしく止まる。

「ほら、この感情線も長いしさ。恋愛体質ってやつ? いや〜、これは期待できるなぁ。」


「えっ…そ、そうなの…?」

彩心はぎこちなく笑うが、頬は引きつったままだ。


触れられるたびに落ち着かず、そっと片足を後ろへ引く。

逃げるほどでもない、けれど距離を取りたい——

そんな曖昧な一歩。


それでも男子は気づかないふりで、指を滑らせ続ける。


——その瞬間、廊下の角から様子を見ていた慧の表情が固まった。

眉間に深いしわが寄り、胸の奥に鋭い緊張が走る。

(…何やってんだ、あいつ。)


迷うことなく慧は歩み寄り、トン、と音を立てて彩心の手と男子の手の間に自分の手を差し込む。

次の瞬間、すっと彩心の手を男子から引き離し、自分の手でぎゅっと握りしめた。


彩心の胸はドキドキと高鳴り、指先まで熱を帯びる。

一方、慧の視線は男子をじっと睨みつけた。


「それ、やめろ。」

低く響く声が廊下に張りつめた空気を生む。


男子は思わずたじろぐ。

「な、なんだよ…」


「…そういうの、不愉快だ。本人が嫌がってるだろ。」


慧の視線の強さに射すくめられ、男子は苦笑いを浮かべると、急ぎ足で立ち去った。


——ざわっ、と周囲がどよめく。

廊下のあちこちから、ひそひそと声が上がった。


「え、なんで一ノ瀬が青山を庇うの?」


「もしかして二人って…」


「いやいや、だって付き合ってないだろ?」


取り残された彩心は、ぽかんと慧を見上げる。

手はまだ彼に包まれたままで、指先まで熱い。


心臓が喉元までせり上がり、今にも口から飛び出してしまいそうなくらい強く打っている。

鼓動の音が自分にだけ大きく響いている気がして、息の仕方さえ分からなくなった。


「い、今の…ありがとう…」


「彩心ちゃんも、もう少し警戒したほうがいい。…危ないから、ああいうのはすぐ断れ。」

慧は、わずかに眉をひそめたまま言った。

その横顔はどこか険しく、まだ苛立ちが残っているようにも見える。


「う、うん…」

彩心の頬は真っ赤に染まり、心臓がうるさくてまともに言葉が出てこない。

窓から差し込む昼の光が、彩心の赤い頬を照らした。


慧は不機嫌そうに彩心の手を放したが——

彩心の胸の奥では“守ってくれた”“嫉妬してくれた”嬉しさが溢れて止まらなかった。


***


慧は自分の教室に戻ると、席に腰を下ろし、思わず額を押さえた。

窓から差し込む昼の光が、机の上に長い影を落とす。


さっきの光景が、何度も脳裏に焼きついて離れない。

彩心の手に触れていた、あの男子の指先。


(…俺、何やってんだよ。)

まだ付き合ってもいないのに。

あんなふうに、奪うみたいに手を引き寄せて——


手のひらに残る、柔らかな温もり。

思い出しただけで、胸の奥がじりじりと熱を帯びる。


確かに、彩心は困っていた。

守りたいと思った。

それは本当だ。

けれど。


——他の男子に、触らせたくなかった。


その感情を認めた瞬間、胸がきしむ。

自分のものでもないのに。

権利なんて、どこにもないのに。


ただそう思った途端、体が先に動いていた。


慧は机に突っ伏すようにして、深く息を吐く。

肺の奥に溜まっていた熱が、うまく外へ出ていかない。


(最低だ…守るふりをして、本当は独占したかっただけじゃないか。)


昨日の健人の声が、不意に蘇る。

『ぼやぼやしてると、他の誰かに連れていかれるかもしれないぞ。』


あの時は冗談めいて聞こえた言葉が、今はやけに現実味を帯びて胸を締めつける。


(誰にも渡したくない。彩心ちゃんは…)

そこまで考えて、はっとする。


守りたい気持ちと、独り占めしたい気持ち。

似ているようで、決定的に違う二つの衝動。

その境界線の上に、自分は立っている。


慧は両手で頭を抱え、机に額をつけた。

昼休みのざわめきが遠くに聞こえる。


(…俺、どうしたらいいんだ。)


***


「どうしたの、慧?」


肩にそっと触れる感触に、慧は顔を上げた。

立っていたのは、クラスメイトであり、サッカー部のマネージャーでもある姫野ひめの 沙希さき


「あぁ、姫野か…ありがとう。なんでもないよ。」

慧は努めて笑みを浮かべたが、その顔色の陰りは隠しきれなかった。


沙希は、その違和感を見逃さない。

「本当に?悩んでることがあれば、私でよければ話してほしいな。」


沙希は慧に想いを寄せる女子のひとり。 

けれど慧は、その気持ちを知っていても、彼女を友人としてしか見ていなかった。


慧は一瞬だけ目を逸らした。

踏み込ませないための、わずかな距離。


「ちょっと…部活のことでさ。」


曖昧な答え。

沙希はそれ以上追及せず、柔らかく微笑んだ。


「そっか。もうすぐ予選だもんね。でも、慧なら大丈夫だよ。今のままで十分通用すると思う。」

そう言って、励ますように肩を撫でる。


慧の体が、ほんのわずかにこわばった。

けれど、彼はそれを隠すように、小さく笑う。

「ありがとな。」


その笑顔は優しい。

優しいけれど——遠い。


沙希には分かっていた。

慧の視線が、最近どこを向いているのか。

(…私を見てくれない。)


青山 彩心。

特別目立つわけでもない、ごく普通の女の子。


(どうして、あの子なの…?)

言葉にならない想いが静かに渦を巻いていた。


胸の奥に生まれるざらついた感情を、沙希は必死に押し込める。

羨ましい、なんて。

悔しい、なんて。

言葉にしてしまったら、自分が醜くなる気がしたから。


「無理しないでね。」

最後にそう言って、沙希は一歩下がる。

慧の心が、今ここにないことを知りながら。


***


——そして放課後。


昼休みの出来事を思い返しながら、慧は彩心の教室に向かった。

胸の奥で少しだけざわつく気持ちを落ち着けるように、足取りをゆっくりと確かめる。


強引に手を握ってしまったこと——

彩心に迷惑をかけたかもしれない、独占したいと思った自分の気持ち——

その全てを謝りたかった。

そして、混乱していた自分の心を整理し、少しでも穏やかにしたいと思った。


教室の扉を開けると、彩心は教科書を鞄にしまっていた。

午後の日差しが窓から差し込み、机の上や彩心の肩に柔らかく光を落とす。

その穏やかな光景に、慧は思わず足を止める。


(…どう伝えよう、ちゃんと謝らなきゃ…)


慧は少し躊躇いながらも声をかける。

「彩心ちゃん…」


彩心は振り返り、首を傾げた。

「慧くん…どうしたの?」

昼のことはもう気にしていない様子で、自然な柔らかさが漂う。


慧は小さく息をつき、肩の力を抜いて告げる。

「昼休みのこと…ちょっと強引だったよな。…ごめん。」


その瞳は、申し訳なさと少しの後悔を抱え、揺れている。

(守りたかった。でも独占したい自分もいた…)

胸の奥が少しざわつき、言葉に重みを乗せる。


彩心は、手を握られたときの温もりを思い出して、顔を赤らめた。

小さく息を吸い込み、指先の感覚を心に留める。

「ううん。慧くんが守ってくれて…嬉しかったよ。」


慧の肩が少しほっと落ちた。

その微笑みに、少しだけ自分を許すような安堵が混ざる。


「よかった…」

少し照れながら、慧は続ける。

「あのさ、週末、都道府県予選の試合があるんだけど、よかったら応援に来てくれない?」


彩心は一瞬、目を大きく見開いた。

初めて慧から直接誘われたことに、胸がじんわりと熱くなる。


(絶対、行きたい…!)

心の中で小さく誓うように、彩心はにっこりと笑った。


「うん!」

彩心は、思わず小さくジャンプするようにして返事をした。


慧も少し照れたように笑みを返す。

窓から差し込む午後の光が、二人の笑顔を優しく包み込み、教室は静かで、柔らかな時間に満ちていた。

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