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第3篇 猫と私と市松人形

『本当にごめんなさいねぇ、私ったらてっきり明日だと思ってて』


 足元の市松人形が、呆然と立ち尽くす私に構わず、パタパタとした愛らしい身振り手振りで矢継ぎ早に話しかけてくる。


 これが……さっきの声の正体。

 鈴を転がすような、マダムのような、少女のような……。


 あまりのあり得ない事態に、処理落ちした私の脳がプスプスと音を立てて停止する。


 これは、何かのドッキリ?

 それとも、超精巧なAIロボット的な?

 最近はARとかVRとか、そういうのでなんか……。


 ……違うよねぇ。


 だって、朝ご飯はちゃんと食べた。お昼も署内の食堂で食べた。

 日替わりカレーが、やけに甘めの味付けだったことも、はっきりと覚えている。


 私が自分の正気を確かめるのに必死になっていると、市松人形は「あらあら?」と小首をかしげ、私のスーツの裾をちょいちょい、と小さな手で引っ張った。


『大丈夫? 顔色が悪いわよ。朝ご飯はちゃんと食べた?』


「あ、えぇ、はい……」


 などとしどろもどろに相槌をうつと、市松人形は心配そうに「う~ん」と考え込み、


『あっ! ここね、あなたの席だから、座ってちょうだい。さっきまで向こうでお茶を淹れてたの、あなたの分もすぐ淹れて来るわね』


 と、言うや否や、出てきた時と同じ小さな扉の向こうへと消えていった。


「えぇ……」


 嵐のような人(?)だった。

 促されたとおりに着席するが、向かいには先ほどの男性職員が、変わらずに日誌へ何かを書き込んでいる。


 これは、黙っていても良いのかな?

 何か話をした方が良いのかな?

 でも、さっき挨拶をしても無言だったし……。


 嵐が過ぎ去り、今度は重い沈黙が部屋の中を支配した。


 どうしたらいいのか分からずにまごまごしていると、背後から、ギィ……ィ……と古びた蝶番の軋む音がした。

 もしや他の職員かも!


 期待を込めてバッと振り返ると、そこにいたのは。


 一匹の三毛猫が、やけに堂々とした足取りでスタスタと歩いていた。


 ??????


 猫?

 署内に猫?

 保護の届け出で預かった子がここまで迷い込んできた……とか?


 三毛猫は私の方をちらりと一瞥する。

 ただの猫にしては、その視線には妙な貫禄があった。


 机の上にある猫用の爪とぎ……もしや、この子の?

 いやいや、職場にペットはまずいでしょ!?


 私の足元まで来た三毛猫は、こてんと首をかしげて『にゃ~ん』と一つ、可愛らしく鳴いた。


 抱っこをせがまれてるのかな?

 膝に乗せろってことかな?


 どちらかというと犬派なんだけどなぁ。

 でも猫も可愛いし……なにより、今のこの空気に耐えられない。


 自分の心を紛らわすために三毛猫を抱きかかえて膝に乗せる。

 柔らかい、そして温かい。

 膝の上でモゾモゾと心地よさそうに動き、香箱座りになった。

 ゴロゴロと喉を鳴らす音が部屋に響く。


 ……可愛い。

 少しだけ、強張っていた心が解けていくのを感じた。


『はいはいはい、ごめんあそばせ。遅くなっちゃって』


 パタパタとした軽やかな足音と共に、再び嵐が訪れた。

 先程の市松人形が、小さな体で一生懸命、お盆にお茶を乗せて運んでくる。その様は、まるで精巧なからくり人形のようだ。


 人形が、湯呑を私に渡そうとした時、私の膝にのっていた三毛猫を見て、ぱちくりと目を瞬かせた。


『あら、毛利さん! あなた、また猫のふりをして若いお嬢さんの膝でくつろいで! セクハラですよ!』


(毛利さん……? この子の名前は毛利というらしい。随分と古風な名前だ、猫なのに)


 私がそんなことを考えていると、さっきまで気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしていた猫が、ピタリと動きを止めた。

 そして、面倒くさそうに片目だけをうっすらと開けると


『いいじゃねぇか。こちとら聞き込みで疲れてんだからさ』


 やけに渋いダンディな、まるで洋画の吹き替えのような声が響いた。



 .....私の膝の上から。

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