俺は公人じゃない(いいえ、あなたは公人です) ~雑誌記者に狙われたなら
僕は頭を抱えていた。
週刊誌にスキャンダル記事を書かれ、炎上の真っ最中だったからだ。しかも、全く身に覚えがない内容。その記事ではある女性と僕がホテルで一晩を過ごした事になっていた。写真の女性は目元を黒線で隠しているので確証は持てないが、知り合いではないように思える。その写真には一応僕も写っているが、覚えがなく、多分加工をしたかAIで生成したかのどちらだと思う。実際、AI生成写真を疑う声もネット上にはあった。誤魔化す為にか、画質がかなり悪くされてあったのだ。
僕はいわゆるウェブ作家というやつで、出版社の知り合いの伝手でどういう訳か動画などにも呼ばれるようになって、いつの間にか“準公人”と雑誌記者達から見做されるようになってしまっているらしかった。それで今回ターゲットにされたのだ。
準公人はプライベートがある程度は制限されてしまう。具体的には、このようにスキャンダル記事の対象になってしまう事があるのだ。
僕にはそれが納得いかない。
僕は別に芸能人になるつもりはないし、動画に出演したのだって断り切れなかったからなのだ。自分から進んで“準公人”になった訳ではない。と言うか、今だって別に準公人になったつもりはない。
――ただし、
準公人とは、社会的に一定の影響力を持つ者の事を言うのだそうだ。だから、ウェブ作家になった時点で既に準公人と言えなくもないのだけど。
“ああ、理不尽だ。どうしてネットに小説を投稿していただけで準公人にならなくちゃならないんだ?”
そう思って僕は苦悩していた。
が、その時にふと思い付いたのだった。
“……あれ? それなら、もしかして”
何気なく散歩していると、雑誌記者が突然話しかけて来た。
「週刊〇〇の記者なんですが、少し取材させてもらって良いですか?」
僕はできる限り丁寧に頷くと、「名刺を見せてもらえますか?」と彼に言った。彼は手早く名刺を出す。取材をさせてもらえると思って喜んでいるのだろう。僕は思わず笑ってしまいそうになるのを必死に堪えていた。何を隠そう僕は取材を待ち望んでいたのだ。名刺を受け取ると僕はボイスレコーダーのスイッチを入れてこう尋ねた。
「なるほど。確かに、週刊誌の方のようだ。ところで僕の方からも色々と訊きたいのですが、まずは僕の方から取材をさせてもらって良いですかね?」
多少、面食らった顔をしていたが、折角のチャンスを逃してはいけないとでも思ったのだろう。彼は「構いませんよ」と返して来た。
「ありがとうございます。では、早速、取材をさせていただきます。
まず、あなたの所属する週刊誌は裁判で敗けて、記事の内容が間違っていると証明された事が何度かありましたよね? ならば、普通はその為の対策をするものだと思います。何か対策はされているのでしょうか?」
その質問を受けて記者は目を丸くした。
「対策と言うと?」
「ですから、そのようなデマ記事を載せないようにする対策です。記事の裏を取る作業を工夫するだとか、複数人で事実確認をするだとか色々とできますよね?」
記者は少し迷っているようだった。恐らく何も対策はしていないのだろう。
「していますよ」
「ほー なら、それを言ってみてはもらえますか? 証拠も欲しいです」
「直ぐにという訳には……」
記者は口ごもる。少し悩んでから口を開いた。
「体制を変えるような対策はしていません。が、注意喚起を促してはいます」
それを聞くと、すかさず僕はこう返した。
「つまり、今もデマ記事を載せている可能性はあるという事ですよね?」
「なんでそうなるのです?」
「デマを除く対策をしていないという事は、デマを載せている可能性があるという事じゃありませんか。何を言っているのです?」
それを聞いて流石にこの記者も僕が何をしようとしているのかを察したようだった。彼は口を開こうとしたが、させるものかと僕は続けて言った。
「ネットの動画からの情報ですが、中にはそのデマ記事の所為で自殺にまで追い込まれてしまった人もいるらしいじゃないですか。そんな悲惨で酷い事件を起こしているのに、具体的な対策は何もされていないというのはあまりに無責任な話じゃありませんか? あなたはそれについてどう思っているのでしょう?」
記者はそれには答えず、誤魔化して来た。
「あなたねぇ。今はあなたはスキャンダルの真っ最中でしょうが! そんな話はまったく関係がない」
「いいえ。関係があります。そのスキャンダル記事がデタラメである可能性があるのですから。さぁ、答えてください」
そう言うと僕はボイスレコーダーを彼に見せつけた。そして、こう告げる。
「言い忘れていましたが、あなたの名刺に記述されている内容はウェブ記事に掲載させてもらいます。確りと真面目に答えた方が良いですよ?」
それに彼は「はあ?」と大きな声を出した。
「何を言っているんだ? 俺は公人じゃないんだぞ!?」
その返答に僕は思わず笑ってしまった。そして、
「いいえ、公人です」
と、そう返した。
記者を目を大きくする。
「準公人の定義は、社会的に大きな影響を与えられる人物なんですよ。AIに質問をしてみてください。ちゃんとライターも準公人になり得ると答えて来ますから。あなたは記事の内容を通して、社会に強い影響を与えられるのですから準公人なんです。
分かりますかね? それは必要な事ですらあるのですよ。社会に強い影響を与えられる人を放置してはいけない。社会に悪影響を与えてしまうかもしれませんからね。これはそれを防ぐ為の必要な監視です」
それに記者は何も返せなかった。
「さぁ、答えてください。安心してください。僕は公平に記事を書くつもりでいます。あなたが真っ当に世間の皆さんが納得のいく返答をするのであれば炎上になったりなんかしないはずです」
記者はそれには返さなかった。代わりに絞り出すような声でこう言って来た。
「本気で言っているのですか? これはジャーナリズムに対する挑戦ですよ?」
「ジャーナリズム? そんなものに挑戦しているつもりはありませんけどね。あなたが事実に基づいた正しい主張をするのであればあなたの名前がネットに公開されたとしても、何ら問題はないじゃありませんか。何を怖がっているのです? それとも本当は自分の記事がデタラメだって知っているのですか?」
記者はそれには何も返さなかった。そして、何も言わずに背を向けると、そのまま逃げて行ってしまう。
「おや? 取材はさせてくれないのですか? 普段、あなた達は無遠慮に取材をして来るじゃありませんか。自分が取材をされる立場になったら逃げるのですか?」
その背中に向けて僕はそう嫌味を言ったが、深追いはしなかった。
後日、この件が記事になるかどうか、僕のスキャンダル記事に対する続報が出るかどうか見守ったが、何もなかった。僕の方はSNS上に
『取材をしに来た記者が僕の記事が誤りである可能性を認めました。必要があれば情報を追加します』
とだけ書いておいた。
もちろん、“もしこれ以上記事を載せるのなら反撃するぞ!”という意志表示だ。幸い、触れない方が無難と判断したのか、今のところは何も反応はない。
ネットが普及しSNSや動画などが簡単に視聴できる現代という時代では、スキャンダル記事は破壊的なまでに暴力になってしまっている。例えそれが誤報であったとしても、その人の人生を終わらせかねないのだ。
最低限、このような、身を護る工夫が必要な時代なのかもしれない。
芸能人の方が、雑誌記者に迷惑しているというエピソードを語っていたので……
少なくとも、本当は記者は安全圏から言いたい放題できる立場じゃないってくらいは教えてあげたいですね。