田舎での中学生活
新型コロナウィルスの流行が収まらないこの頃、私は田舎にある親戚の家で、隔離生活中だ。
食事は親戚が持ってきてくれて、お手洗いとお風呂以外は部屋から出られない。
だけど元々不登校で引きこもっていたから、インターネット環境が整っていることもありこの生活に不満はない。
「夏子ちゃん、明日からついに学校だよね」
親戚の桜子さんは夕食を運んできたときに、そう言った。
隔離生活は今日で終わり、明日から登校することになっている。
この生活は都会から来た私が他の人にウィルスをうつさないようにと一応していることなので、療養生活では無い。そこで学校が始まるのなら、終わるのが当然だ。
「学校は不安です」
以前は学校での生活に息詰まって不登校になった。そこで今回もそうなる気はする。
「大丈夫よ。都会の子とは違って、ここの中学校に通うのは良い子だから」
「そうですか?」
今まで会ったことがないから、良い子かどうかなんて分からない。
「泉子ちゃんが今まで住んでいたところとは違って、ここはのんびりとしたところだから。コロナにかかる人もほとんどいなくてぴりぴりしていないし、大丈夫よ」
「そもそも桜子さんは、ここの中学校へ通う人のことを知っているのですか?」
どこに行っても人は人、それ以外の生き物にはなれない。小学校にいたような他人に意地悪をする子が、ここにいないわけがない。
「ううん、よくは知らないわ。でも大丈夫よ」
この言葉から安心できる要素が何もない。
桜子さんは笑顔だけど、それは作っているような気がした。桜子さん自身がここの中学校へ通う人のことを信用していないようにも見える。
そもそもここの中学校は日本いや世界でも珍しい取り組みをしているところだから、私みたいに下宿して通っている人もいるので、地元の中学生になる予定の子がいくら良い子でも関係ないから。
「ここの中学校では性別違和の生徒をおおっぴらに受け容れているという先進的で、色々な事情を持つ子もいるそうですから、どんな風か分からなくて不安です」
「そういう子は泉子ちゃんみたいに基本的には外から来た子で、元々ここに住んでいた子じゃないから、関係ないよ」
「ということはよそ者がいっぱいいるから、ここの子が良くても関係ないです」
田舎の閉鎖的な環境でないと逃げ道があっていいかもしれないけど、色々なところから来た人がいっぱいいるもの不安だ。
私は今まで不登校の引きこもりだったんだ、リアルでは色々な人とはあんまり関わりたくない。
「大丈夫。そういうよそ者とは関わらなくて良いから。ここに住んでいる人はそういうよそから来た中学生とはあんまり交流しないようにしているから、泉子ちゃんもそうすればいいよ」
「私もよそ者ですが。中学校に通うために下宿しているだけの、都会の人間です」
「泉子ちゃんは親戚だからいいの」
「はあ、そうですか」
田舎の閉鎖的なところに、げんなりしてくる。
私だってよそから来たのだから、他の人からすれば一緒だろう。それが親戚だからという理由で、地元の人間と一緒によそ者を排除していいわけがない。
「そうそう。学校へ行くときはこのマスクをつけていくといいわ。この集落ではこういうマスクをつけることが多いから、おすすめよ」
桜子さんは透明な袋に入った、布マスクを渡してくれた。
その布マスクは和風で、誰かの、特におばあちゃんの手作りって感じで嫌だ。こんなださいマスクつけたくない。
「家の中では不織布を使っているのに、学校に行くときはこれでいいんですか?」
今私と桜子さんは使い捨ての不織布のマスクをつけている。学校の方が色々な人と接触するのだから、不織布のマスクをつけた方が良いはずなのに。
「いいのよ。泉子ちゃんが都会から来たから不織布のマスクが必要だったけど、二週間隔離生活を行って、誰も体調を崩していないから大丈夫よ」
「不織布つけます。そっちの方が感染防止対策になります」
「この集落では外出するとき、みんなこのマスクをつけることになっているの」
こんなおそろいの強制は今してはいけないこととなっているのに。それを子供じゃなくて大人がするなんて、私はこれ以上会話することがめんどうくさくなってきた。
「今まで不織布マスクをつけてきたから、それで良いです」
強い口調で話し、マスクを突き返す。
「あらそうなの。でも集落の中でいるときはこっちの方が良いわよ」
桜子さんはしぶしぶマスクを回収して、部屋から出て行った。
マスクを外して、運ばれてきた夕食を食べる。
今日の夕食はカレーライスと野菜サラダだ。今まで食べてきたカレーライスとは違って、辛みが強い上に野菜が大きいから食べにくい。
全部苦労しながらも食べて、スマートフォンを取り出す。
誰かと連絡を取ることはほとんどないので、いくつかの小説サイトと漫画サイトを見る。
明日から学校へ行かないといけない、その現実を忘れさせてくれるほど楽しい。
こんな幸せな生活が明日で終わる、その辛さはどうしようもないけど。
朝、起きて制服を着てから、親戚の人と一緒に朝食を取る。
こうやって他人と一緒に食事を食べるのは久しぶりだ。特にこの家へ来てからは初めてで、緊張してしまって味がよく分からなかった。
「行ってきます」
親戚に声をかけて、家から出る。
久しぶりに出た外は、私が今まで住んでいた町とは大きく違った。テレビでよく見る田舎よりももっと自然が豊かで、坂道が多いから歩きにくい。
そんな慣れない道で地図を見つつ、一人でバス停を目指す。ここからだと学校が遠いので、バスに乗る必要があるらしい。
「村島さんのところの子か、おはよう」
「おはようございます」
知らない人に挨拶されたので、適当に返事をして歩き続ける。
バス停につくまで何人も話しかけられて、かなりうんざりする。話しかけてきた人は昨日見た布マスクをつけて仲良しアピールしているのも、もやもやとする。
仲良しアピールをしなきゃいけない理由がどこにあるんだろうか? 私には理解できない。
「おはようございます」
バス停には男子中学生が一人いた。恐らく私と同じ学校に通う人だろう。
その人は私と同じく不織布のマスクをつけていて、仲良しアピールをしていなくて安心した。
「おはようございます」
私はその男子中学生の隣に立った。
それ以降は会話が無いまま、やってきたバスに乗る。学校前のバス停に着いてからは、他の生徒について学校へと向かう。
一学年一クラスみたいで、私は一年生のクラスへと入る。
「おはよう」
「おはよう」
教室には十人くらいの生徒がいて、楽しそうに話している人が多い。私はその中を黙ったまま歩き、黒板で自分の席を確認してから座った。
教室にいるほとんどの子は布マスクをつけていて、不織布のマスクをつけている子は少ない。このクラスの子と、私は仲良くするのが無理そう。
「みなさん入学おめでとうございます。ではこれから体育館へ向かいます」
入ってきた先生の支持で、体育館へと移動する。そこでも指定された席へと座る。
新型コロナウィルスの感染防止対策ということで、保護者と来賓は参加することができなくなっている。そのうえ在校生もいなくて、新入生と先生だけというさびしい式だけど、私にとってはどうでもいい。
先生も布マスクをつけている人が多い。ああ頼りにならなさそう。
「それでは休憩をした後で、皆さんに大事な話があります」
その言葉が終わった後、周りに座っていた人は席から離れた。私はお手洗いに行きたいわけでもないので、座ったまま。
「今から性別違和の生徒を紹介するんだって」
「どういう人なんだろうか?」
「分からない」
席に着いた人達の会話を聞いていると、在校生も体育館の中へと入ってきた。何人か席へと戻ってきてはいないけど、大事な話が始まった。
「皆さんは性的少数者、性的マイノリティについてご存じでしょうか? 我が校ではそのうちトランスジェンダーの人達を積極的に受けいれています」
校長先生が真面目な顔をして、話し始めた。
長い性的少数者に関する説明が終わった後、先輩らしき人が現れた。これから当事者の話が始まるみたいだ。
「西尾(にしお)柚葉、三年生です。トランスジェンダーで、現在は女子として生活しています。難しく考えないで、他の人と同じように接して下さい。一年生の皆さん、よろしくお願いします」
先輩が短く自己紹介した後、すぐに別の人が出てきて同じような話をする。
トランスジェンダーの人が多いけど、ノンバイナリーなど他の人もいる。十人くらい話した後で、一年生の出番がスタートした。
「河上北星です。小学校の時までは女子として生活をしていましたが、これからは男子として生活します。ここの小学校出身で女子だったときから関わりが合った人も多いので、驚いた人がいるかもしれません。これからもよろしくお願いします」
さっきバス停で会った人だ、この人も性別違和なんだ。
桜子さんは性別違和の人達は全員よそから来た人って話をしていたけど、河上くんはそうじゃない。
あの同じマスクをつけて仲良しアピールしているような閉鎖的な環境で桜子さんが河上くんの存在を知らなかったとは考えにくい。田舎の閉じられた人間関係で知らない人がいるなんて、都会よりもあり得なさそうだ。
それに同じ中学校に通う人が近所にいたら、普通紹介するだろう。例え異性だとしても、関わることはあるだろうし。
なぜ桜子さんは、あんな風にここには性別違和の人はいないと言ったのだろうか? 私には理由が全く分からなかった。
どれだけ考えても答えは出ず、頭がぐちゃぐちゃしたまま残りの話を聞く。
全員が話し終わった後、教室へと戻る。そこでもまた性的少数者に関しての説明があり、それを聞き流していると帰宅しても良いことになった。
部活動の見学とかあるらしいけど、私はそれを無視する。基本的に全員部活へ入る必要があるらしいけど、そういうめんどうくさいことに初日から関わらなくて良いはず。
「美術部でーす。絵描きませんか?」
「吹奏楽部です。今なら全員コンクールメンバーです」
「家庭科部です。一緒に料理しましょう」
色々な部活が校門の近くで、宣伝をしている。
文化部が多くて、運動部がほとんどない。そこら辺がこの学校の特徴なのかな? 運動が苦手な私には関係ないから、どうでもいいか。
バス停近くは静かで、たまたまなのか誰もいない。私はベンチに座り、バスがくるのを待つ。
私が今まで住んでいたところも都会というよりも田舎だった。とはいえここに比べると、立派な都会だ。
ここにはチェーン店が全く無くて、よく分からない個人商店しかない。そして学校がある街中だというのに、遊びに行けるようなお店がなにもない。
こういうところで今から私は生きていく。
性別違和を抱えた生徒をたくさん受け入れるという画期的な活動をしている学校と、古びた田舎の街。それは学校と街にギャップがあって、大変かもしれない。
そんなことを想像しているとうんざりしてきたので、気分転換に空を見つめた。空だけは今まで住んでいたところと同じだった。
「学校ではどうだったかしら?」
親戚の家に帰ったら、桜子さんに話しかけられた。
「別に何もないです。普通に入学式だっただけです」
「そう」
河上くんのことが気になるけど、あんまり話したい気分じゃないから、桜子さんから離れようとする。
親戚だからと言っても他人なんだからあまり関わりたくないし、一緒に住んでいるだけで親しい関係じゃないから。
「お昼ご飯食べるから、手洗ってきて」
「かしこまりました」
洗面所でしっかりと手洗いをして、マスクをゴミ箱に捨てる。手を消毒してから食卓に向かうと、そこにはきっちりとお昼ご飯が用意してあった。
「学校どうだった?」
「普通に入学式があっただけです」
太郎さんも桜子さんと同じような質問をしてきたので、こちらも流す。
「友達できそうかしら」
「分かりません」
「誰かと話したの」
「特には話していないです」
学校では一言も話していない気がする。
性別違和に関する話があって、その当事者は自己紹介をしていた。それ以外の人はそれをする機会は無く、誰かと会話することもなかった。
学校の外では仲良しアピールをしている人達と河上くんと挨拶をしただけで、それ以外の会話をしていない。
「明日から色々な人と話せて、友達は出来ると良いわね」
「別にそうしなくても良いですけど」
友達がいなくても、別に私は問題無い。
「友達なんていりません。学校は勉強をするところです。一人で勉強ができますから」
そう言いきってから、適当にご飯を食べる。
今日のお昼ご飯はおつけものとおにぎり、それから野菜のたっぷり入ったお味噌汁。
いかにも田舎のお年寄りが作ったという感じで、ここへ来てからはよく食べている。ここへ来る前はこういった料理を食べることが無かったのに、今となっては食べ慣れた味だ。
「友達は大事よ」
「そうそう。あの中学校にはここに産まれてからずっと住んでいる子供達も通っているから、すぐに友達ができる」
「部活動に入ることも良いかも」
桜子さんと太郎さんがわいわいと話しているけど、それを全て私は無視する。
私は小学生の時に友達とのいざこざが元で学校が嫌になって通わなくなった。そこで中学校ではこういうことが起きないよう、一人も友達を作らないって決めたんだ。
その考えを理解しようともしないから、こういう無責任なことが言えるんだ。
「ていうことは朝出会った、この家の近くに住んでいるかもしれない河上くんとも仲良くした方が良いんですか? 毎朝や帰宅するときにバス停で会うでしょうし」
二人の楽しそうな雰囲気にイライラして、つい河上くんのことを言ってしまった。
同じバス停を使っているところから、この家の近所に住んでいるのは確かだ。それなのに話題に一度も出てこなかったってことは、桜子さんや太郎さんにとって関わりたくないことかもしれない。
「私が家族と一緒に住んでいたところでは、近くに住んでいる人のことをよく知らないのは普通にありました。ここでもそうなんですね。近くに中学生が住んでいるのも知らないなんて、都会並みのあっさりとした人付き合いしかないんですね」
沈黙を壊すため、あおるように私は話した。
ここが都会よりも人間関係が薄いわけでもないし、そう思われたくもない。そのような考えを桜子さんや太郎さんが持っているなら、このあおりは効くはず。
「河上さんの家とはあまり交流がないの。そこで子供のことはよく知らないわ」
「あそこの家はここの人達とあまり交流しなくて、おまけに性別違和の子供がおるから」
「よそから性別違和の子供が来るのはいいけど、ここからはちょっとねえ。そんな子ここにはいないはずなのだけど・・・・・・」
桜子さんと太郎さんは誤魔化すように、とんでもない話をし始める。
よその人達なら自分達とは関係ないってことでほっとくけど、ここに住んでいて少しでも自分達が理解できない考えを持っている人達はできるだけ関わらないようにして排除する。多分それ以外のなにものでもない。
そんなことをする人なんて、私は嫌いだ。
「良いですよね。そうやって自分の理解できないことを排除して生きることができたらっ。そうやって生きていけたら幸せですよねっ」
私は大きな声で怒鳴り、玄関へと向かう。
「ちょっとどこへ行くの?」
「もうこんなところに帰りたくないです。こんな他人を排除して終わりの家なんか」
鞄から不織布のマスクを取り出してつける。そして靴を履いて、走って家から飛び出した。
どこかへ行きたいけど、どこへ行けるとも分からないまま、闇雲に走る。
ああいう他人を排除するタイプの人は、いつか私のことも拒むだろう。いやそうじゃない私はあの人達に自分のことが受けいられるイメージが出来ない。
誰かのことを関わらないという形で排除する人達が、私のことを理解してくれるはずなんて絶対あり得ない。絶対に私のことを排除するはずだ。
家の多い場所へ行けば捕まってしまう。田舎ではあるけどインターネットは普及しているし、電話だって元々ある。
ここに住んでいる人全員が家を私が飛び出したことを知っていてもおかしくないことを考えれば、人気のない場所へ行った方がいい。
とりあえず森の中へと向かった。以前住んでいた時もこのような森は遠くから見かけていたから、少し馴染みはある。
このまま森から出られなくても良い。
親戚の家で生活して、学校へ行って。その生活が嫌だ。
親戚の家も、学校も私の場所じゃない。一人で誰とも関わらないで生きていきたいという私の気持ちを理解してくれる人なんていないし、この世界のどこかに私の居場所があるとも考えられない。
だからこのまま人生が森で終わってしまっても良い。むしろそれ以外の方法なんて無い。
いつの間にか、空が暗くなっている。お腹も空いてきたし、少しだけじゃなくてかなり長い間歩いているみたいだ。これは夕方になっているから、四時間くらい森で歩いているかもしれない。
知らない森の中だから、座ることができる場所を私は知らない。それでも疲れを取るために、近くの木にもたれかかる。
こんな森の中をずっと歩くなんて、今までは考えられなかったことだ。
しばらくの間引きこもっていたし、ここ最近は隔離生活だった。そうなのに随分遠くまで移動できたみたい、親戚の家がこの場所からは全く分からない。
どこへ行けばいいのか、どういう道なのか分からないので、少し休んだ後また歩き始める。木や草がある普通の森らしいところを、ひたすら歩き続ける。
「ちょっと待ってー」
後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには私と同じ年くらいの少年がいた。薄暗い森の中なので、誰かはよく分からない。
「えっと誰?」
「同じクラスで近所に住んでいる河上北星。村島泉子さんだよね?」
その少年は朝バス停で出会った河上くんみたいだ。
「そうだけど。どうしてこんなところにいるの?」
「村島さんこそ。こんな森の奥、普通は来ないよ」
「私は散歩しているの、こういう森へ来たの初めてだから」
家から飛び出したことを、私はごまかす。
私が家を飛び出したときに河上くんの話をしていたから、こういうことが言いづらい。
「僕も散歩だよ。ここの森はよく来ているから」
「河上くんはここに昔から住んでいるの?」
「そうそう、産まれてからずっと住んでいる。実は先祖代々この集落に住んでいるんだ」
それほどここと縁があるのに、桜子さんや太郎さんが河上くんの家とあまり交流していないっていうのはおかしい。やっぱりここの人達は決められた人達しか認める事が出来ない、心の狭い人達なんだ。
「そうなんだ。私はつい最近ここへ来たから、知らなかった」
「この集落へ今まで来たことなかったの?」
「なかった。遠縁だしね、会う必要もなかったから」
元々太郎さんが母の従兄という血縁があるのかないのか分からない相手であり、親戚づきあいをほとんど私はしたことがなかったので、ここへ来ることは無かった。
「それじゃあこの村も初めて?」
「そうそう」
「この森も」
「そう」
「じゃあ森から出ようよ。いつまでも森にいると、迷うよ」
「別に良いよ。迷っても」
どこかへ帰りたいわけじゃないから、それでいい。
「村島さんが行方不明なことさ、防災無線で言ってたよ。それでさ、早く戻らないとまずくない?」
「じゃあ戻らない」
私は話を打ち切って、また走り出す。
戻ってもろくでもないことしか待っていない。ならばここは逃げるのしかない。
「ちょっと待って~」
河上くんが追いかけてくる。
そこで河上くんに捕まらないよう、さっきよりも早く走ることにした。
「あっ」
闇雲に走ったからか、木の根っこにつまずいた。
着替える暇がなかったので、今着ているのは当然のごとく制服であるセーラー服。
スカートがまくれて、ひざが地面に思いっきりぶつかる。
「大丈夫?」
「大丈夫」
手でひざについた土などを払う。あっ出血している、地面に小さな石も転がっていたからかな。
「消毒液と絆創膏。傷が悪化したら駄目だから」
「ありがとう」
河上くんに渡された消毒液で傷口を塗らしてから、絆創膏で覆う。
これからどうしようか。
ケガをしてしまった以上、このまま逃げ続けることは難しい。だとしても家へも戻りたくもないから、私はどうしたらいいんだろう。
「とりあえず僕の家へ来れば良いよ。それで家に帰るかどうか考えたら?」
「そうする。ありがとう」
手当を終えた私は、河上くんについて森を歩く。
河上くんは私と同じ年で、自分のことを肯定的に思っていない人達と一緒に暮らしているのに、落ち着いている。
そこが私よりも大人びていて、うらやましい。私もこんな風に、いつかなるんだろうか。