9スレ目
「――――で――――動――」
「わかってるよ。ひとりでどっかいったりしないってえ。そもそも――ぼくが、ソレできないのは、きみもよくわかってるでしょ~……」
脚に掛けられた毛布をひらひらとさせる。女はその様子を見届けると、倉庫の扉を押し開けて出て行った。
ふー、と一息つく。
押し殺していた緊張感が一気に身体から抜け、筋肉が弛緩するのを感じる。
そのまま、ふわあーと欠伸をすると、倉庫の硬い壁にもたれかかって、くるまっている毛布を引き寄せた。
――屋敷の、自室の匂いがする。
姉の声を思い起こしながら、ダウナーは、右手の指2本を振った。
【速報】妹よ、姉と今お前を追っています
1.あなたは今だれかと一緒にいますか?
Yesなら→Y
Noなら→N
2.y
「これ、マジなんなのかなあ~……」
キーボードに手をかけながら、ダウナーはひとりごつ。
ついさっき、突然ステータスに現れた二つ目の画面――
『異世界通信』に、何度か返事をしてきた。
「でもこれ、あねきの文章じゃないよねえ~……」
多分、ぼくたち付きの、メイドのファルでもないだろう。
あねきが、こういう特殊なスキルを使える誰かに頼りでもしたのかな。
……姉はいつもそうだ。持ち前のコミュ力で、いつも誰かに囲まれている。
そんな姉が、自分などのために、今何かを頑張っている、ということに、ダウナーは後ろめたさを感じながらも、掲示板に新しく入力された文章にお、と目を通す。
18. まだ馬車の中?
「……降りた、よお……」
まだ返事を続けるべきか、逡巡の末、結局目の前のたくさんの文字の中で、「N」に触れる。
画面には「n」と表示され、そのまま書き込む、と書かれた領域に触れると、少しの間の後に、ボードに新しく行が追加される。
19. n
「コレ、どういうものなんだろぉ……」
持ち前の好奇心の高さから、ダウナーは昔からこういった新しいモノには興味を惹かれるタチだった。
昔から、その様子をほほえましく見ていた姉と父が一瞬頭によぎる。
20. 今は建物の中?
21. y
22. その建造物の大きさは2階建て以上?
デルタに連れられ、馬車から降りたときにちらりと見えた、空き倉庫の外観を思い起こす。
23. n
24. 屋根の色は分かる?
25. y
26. 赤 青 緑のどれか?
27. y
28. 緑?
29.y
――これ、ぼくのほうからも文章送れるのかな。
しかし、文字列にあるのはQとかEとか、普段見慣れない異国の言葉が並んでいて、これでどうやって母国語のヴィケール語を入力すればいいのかもよく分からない。
まあ……いいか。
別にぼくなんて頑張ったって。
あねきに勝てるわけじゃあないんだし。
ぼくは、もう頑張らなくていいんだ。
必死に姉が自分を探してくれていることは、よく分かっているつもりだ。
母は早くに亡くなったけれど、父も姉も、自分にはよくしてくれる。
――脚が悪く産まれた自分なんかに。
何をしても、姉以上のことをできたことはなかった。
スキルも、ぼくには手芸工作Lv.1なんていう引きこもりのスキルしか発現しなかったし、社交的で、次期ロード商会の経営者としての立場を確たるものにしている姉とちがって、ぼくがロード商会の娘としてやれていることなんてほとんどない。
職人の娘として生まれていれば、少し手先は器用だったから色々とやりようはあったかもだけど。
「今晩見つからなかったら、ほんとにもういいかもなあ……」
そんなことが頭をよぎる。
今だって、ぼくが充分に歩きさえできれば、すぐそこにいるドアから出て行くなり、なんだってできるし、どこにでも行けるはずなんだ。
だけどぼくは、一人じゃどこにもいけず、何にもできずに、こんな倉庫でひとりぼっちの現状だ。
でも、もう自分のことなんてどうでもいいというのに、ぼくは今こうして、ぼくを見つけ出そうとする質問に、yかnで答え続けている。
自分でも、戻りたいのかこのままどこかへ消えてしまいたいのか、もうよく分からない。
ずるずると毛布と壁にもたれかかりながら、また連投されていく質問に答えていっていた、そんな――最中。
ばん! と大きな音を立て、倉庫の扉が再び開け放たれる。
街灯の光が、真っ暗だった倉庫の中に差し込んできて、眩しさに目を細める。
ダウナーの眼が光に慣れると――そこには、馬車を隠し終わったデルタが立っていた。
◇
「これが、工業街アジャックスだよ」
「ほー、これが……」
市街に入るための検問を受けるため、掲示板からステータスボードに切り替えたオレは、馬車から降りて、門番にステータスを見せる。
門から市街の街並みを眺めてみると、確かに工業街らしく、煙やら鉄か何かを叩く音と、炭の匂いがここまでただよってくる。
ファルは青年の門番にかしこまられ、アルパーは若い門番にデレデレされているのを横目に、オレは近づいてきた、ひときわ筋肉のでかい門番にステータスをほれ、と見せた。
覗き込む門番が眉を顰める。
「――ニート? それに、なんだこの名前は――」
「アーバット・ユーと申すでやんす。ニートは地元で、無職をあらわすます」
「……無職? ……怪しいな」
あれ? よくない流れ?
「お待ちを! そこの者は、わたくしの連れです」
入門手続きを終えたアルパーが慌てて近寄ってきた。
「……あなたは……」
「ちょっと先輩! その方はロード商会の娘さんですよ!」
後輩と思わしき門番が、その筋肉隆々の門番をたしなめてくれたおかげで、オレはむむむ……とオレを睨む門番から解放され、入門許可が下りた。
「……ひー! 怖えーあいつ!」
再度馬車に乗り込むと、『掲示板』を起動しながら肩をさする。
「この街は、ウェイゲートと比べて特に貧富の差が大きく、ならずものも多いのです。私たちの街よりは、守衛も厳しくなります」
御者台で、すっと前を見つめたまま、馬を駆りはじめるファルが説明してくれる。
「ふーん……詳しいの?」
「……少しだけですが」
そのままオレは動き出した馬車に身を預け、胡坐をかいて掲示板を眺める。
「ある程度情報も集まったな……この分なら、走り回ってれば場所特定できるんじゃね?」
アルパーは、懐から取り出したメモ帳をめくりながら、掲示板で、ダウナーから返信があった情報を照らし合わせていた。
「平屋の倉庫ってことは……工房への資材置きかしら……」
「空き倉庫なんだよな? ってことは、なんか使われなくなった理由でもあんのか?」
「……そうね、最近武器需要が高まってきていて……そうか、鉄の資材置き場……!」
オレはアルパーと議論しつつ、掲示板を睨んでいたが、あることに気付いて口を開ける。
「おい、悪いニュースかも」
「な、なに!?」
「……返信が途切れた。ダウナーからの返事が来なくなったぞ」