6スレ目
オレとアルパーが馬車に乗り込むと、ファルというメイドさん(かつ執事さん、かつ護衛、かつ馬車の御者←NEW!)はすぐに馬車を動かし始めた。
ひひーんという軽快ないななき声とともに、馬は一気に走り出し、町の石壁が遠ざかる。
今んとこオレTUEEEというか、異世界メイドさんTUEEEだけど大丈夫そ?
そのままぐんぐんと車体は前に走っていき、すぐにオレとアルパーが最初に会った場所も越えていく。
ファルの腕がいいのか、馬がいいのか。見識のないオレには分からないが、アルパーの言葉通り、脇道のないこの街道をずっとまっすぐ行けばいいんだろう。
緊張の中、街まで全力で走ったから、オレもアルパーも息が上がり切ってしまっていた。
オレはぜえぜえと肩で息をする。……こんな本気で走ったの、小学校の運動会ぶりな件について。
「……ここまで、ありがとうございました」
アルパーが息を整えてから口を開いた。
「通りすがりの貴方に、成り行きでここまで着いてきていただいて……」
「ああ、いいよ。ここまで来たら一蓮托生、妹さん見つかるまで付き合うさ」
これも本心だけど。
転生者としても、異世界初イベントなのに、
序盤も序盤でこれにて失敬! ドロン! するのは悪手だろ多分。実況してる神共も日和るな! ってキレそうだし。
「それに、まだオレのスキルが役に立つかもだしな」
右手を振って、青い画面を呼び出す。そのまま何とも無しに通信画面をスクロールすると、アルパーの視線はオレの右手に釘付けになっていた。
「先ほどもそちらを使ってファルに連絡をとったと仰っていましたが……」
「おん。これがオレのスキル……(認めたくはないが)……そうだ、お嬢さんも追加しとこう」
オレがキーボードをたかたか打つのを、彼女はおおー……と感嘆とも困惑とも取れる様子で見つめる。
「お嬢ちゃん、名前は……ロード・アルパー、だったよな。これでいいはず。ステータス画面を確認してみて」
少女は馬車に揺られながら、自分のステータスを開き、出現している見慣れない画面に「ふえっ!」 と驚いた様子を見せながらも、おそるおそるオレの見よう見真似で画面をタップし『異世界通信』を表示する。
「これが……しかし、本当に聞いたことのない伝達系スキルですね」
「あと、きみの方からも文字を打ち込める。その下に、出っ張ってるもう一つの画面あるだろ? そのキーボードが……」
「画面……きいぼーど?」
「あー、まあそれはいいや。そこ押すと文字が入力されて……そうそう。そのまま書き込むと、掲示板にそのまま表示される。文字通り、「仮想の掲示板」って感じ」
「そ……それは本当ですか!?」
「うん。あ、でもそうだ、一つだけお願いがあって」
オレは半透明のボードを手でがっしりと掴み、オレと彼女のちょうど中央、目線の高さまでぐっと持ち上げると言った。
「コレには、緊急時以外、基本的にはなにも書き込まないで欲しいんだ。どうしても書き込むことになった時は……固有名詞を出さないでくれ。人名は絶対ダメだ。地名も、できれば避けて」
「はい……? わ、分かりました」
「メイドのファルさんも、聞こえてた!?」
オレは御者台に向かって声を張る。
「承りました。理由は理解できませんが。いずれ、何故なのか伺えることを期待しております」
「ああ、助かる」
オレは一息つく。正直、このスキルをどう運営していくか、まだ決めてないからアレだけど……
今言ったのは、純日本人に伝わるように、滅茶苦茶簡潔に言うと『ネットリテラシー』だ。
世界中に公開されうる情報に、個人に結びつく内容を書き込んじゃダメ。これはマジで絶対。
しかも、だ。
ナヴィとかいう神様の言葉を思い返す。
『きみのチートスキルは、誰でも使えるインターネット掲示板。きみが許可した全ての人が利用できるけど、誰かが書き込んだ内容の削除・改竄は一切できないよ』
『削除は一切できない』。
これもまあ、ネットの基本といえば基本だ。
一度ネットで世界中にアップロードされた情報は、一度オレたちの手を離れれば、どうやっても削除できなくなる。
デカい川にコップのオレンジジュースをぶち撒いておいて、もう一回コップにオレンジジュースを戻せって言ってるようなものだ。つまり不可能。
正直基礎的なルールだ。異世界でもそこは変わらないらしい。
……せっかくのチートスキルなんだから、もっと使い勝手良くてもいいのにな!
扱いが難しすぎる。これもうハズレスキルだろ。
そこまで考えた所で、ふとすべての始まりである、あの神スレを思い出した。
『【転生】安価でチートスキル決めて人間に異世界転生させる』、
確か最後、オレがさくっと転送される直前に――
155:聖女に転生して最強の治癒魔法使えるようになる
156:防御力∞魔力∞だけど攻撃力1になるスキル
《157》:《ネット掲示板を異世界に持ち込んで自由に使えるようになる能力》
「一瞬ズレてたら今頃オレ、防御力と魔力∞だったじゃねえか!!!」
「はえっ!? どうしました!?」
「いや、なんでもない。ただオレは、金輪際157という数字を許さない……!」
「は、はあ……」
アルパーが困ったように眉尻を下げる。美少女がやるとなかなか絵になるもんだな。
この娘の助けになることを、一つ目の異世界生活の目標としたけれど。
二つ目は、>>157の中身を一発ぶん殴ることだ。決定。
「しかし――ここまでのレアスキル、よくここまで埋もれていましたね?」
御者台から、ファルが声をかけてくる。アルパーも、その通りです、と相槌をうつ。
「すぐに離れた人に届く手紙として考えれば、そんなスキル……いくらでも利用方法も、悪用方法も思いつきます……」
ぶつぶつ喋りながら、アルパーは考えていたけれど、ばっ、と顔を上げるとオレに真剣な顔で問うた。
「あなた……何者です?」
キターーーー! 転生者、最初の難関!
ここでの対応は今後のオレの立場を左右するだろう。
しかしオレには、この状況に備えて、ここまで用意しておいた答えがある!
オレはゆっくりと口を開いた。
「実は、オレ――」
お嬢様が、ごくりと唾を呑み込む音が聞こえる。
「……実はオレ。記憶がないみたいで……」
……いや、分かってる。
やめろ、その目をやめろ。
言ってもこれしかないっしょお!?
事を穏便に運んでかつ、当たり障りなく今後を進行できそうな択。
ここで「異世界から来ました!」とか言ってどうする!? 信じられても信じられなくても面倒なことになるって!
全てを解決するたったひとつの冴えたやり方が、記憶喪失ルート、すなわち保留である。引き延ばし癖がここでも発動だ。
とはいえ、この世界についての知識はマジに無い以上、あながち嘘ってわけでもない。
「お嬢ちゃんと出会う直前あたりからしか記憶ないんだ。だから自分がどこで何をしてたとかもさっぱり」
「まさか……いえ、そうですか。ひとまず、信じるほかありませんものね」
「え、マジ? 信じてくれんの?」
拍子抜けする。すんなり理解してくれるじゃん。
「わたしには、貴方の言葉の真偽を判断する方法はありませんもの。それに、もしわたしに害意を持っていたのなら、貴方は今頃ファルの短剣に刻まれているでしょうしね。彼女はそういった相手には敏感ですから」
あっぶね……。もうちょいこのお嬢ちゃんに色目使ってたらオレここでタヒぬとこだったのかよ。異世界最初のイベントに必死になってて良かったー!
「あ、あと、そうだ」
少女がスカートを手で正し、馬車の小さい腰掛にしゃんと座り直して言う。
「わたしとしたことが。まだ、正式にご挨拶できていませんでした。――わたしはロード。アルパー・ロードです。気軽にアルパーと呼んでくださって構いませんわ」
「お、おう」
オレはたじろぐ。15歳でもしっかり教育を受けてんな。オレの世界の15歳とはえらい違いだ。
「そうだ、オレもちゃんと名乗ってなかったな。オレは――」
っとあぶねえ。記憶はないんだった。
オレは、読みは分かんないんだよな、とか言ってみながら、アルパーに自分のステータスボードを可視化して渡す。
「ARBAT YU――アーバット・ユー?」
「ここの読みだとそうなるんだな」
「変わったお名前ですね……アーバット様、とお呼びしてもよろしいですか?」
「ま、気軽にアーバットでいいよ」
アーバット・ユー。その響きを口で転がしてみる。悪くねえな。
「ではお言葉に甘えて……引き続き、よろしくお願いしますね。アーバット」
ぺこりと彼女が身体を曲げる。肩にかかっていた銀の髪が、さらりと揺れて、なんだかそれに見とれてしまう。
ちな、このオレ、アバトくんは引きこもりニートの、ネットと動画だけが友達さ! を地で行っていたわけで。
そんなオレがこんな美少女に微笑みかけられたりしたらそりゃあもう。
オレが日本で推してた歌姫キャラ(初音メグ)を思い出す。緑のクソデカツインテが可愛い彼女を思い出して、目の前で揺れる、つやっつやの銀髪を見る。
……まずい。
メグちゃん助けて! オレこの娘好きになっちまう!